第6話 ただほど高いものはないと申しまして

 ただで何かを手に入れようとしたバチでもあたったのでしょうか?

 まさか、こんなことになるなんて……。


 遺跡内部で崩落が発生するなど聞いたこともありません。

 いえ、私の短い人生経験の中で聞いたことがなかっただけであって、実際には”ある”ことなのでしょうね。

 こういうおごりも今の状況を生み出した一因なのでしょう。


 屋敷から1刻半(3時間)ほど歩いて、ようやく森の入り口前の集落にたどり着きます。

 集落でいちばん大きな農家で宿を借り準備を整えましたが、農家のあるじは私たちがわずか3人で森に入ると知ると、危ないのでやめた方が良いと、しきりに止めてきます。

「貴族家の当主として必要なことなのですよ」

 と説得すると、何か言いたそうにしながらも結局は黙って送り出して下さいました。


 ただ、その際にロッコとドリューのふたりが農家の主を見て、何とも言えない顔、そう、何かをあきらめるような顔をしたのが気にかかりましたが、なんら根拠があるわけでもないので問いただすことも出来ずに、なんだかもやもやとしながらを進めます。


 しかし、いよいよ遺跡に入るのです。

 私が辛気臭い顔をしていては、二人にも移ってしまいます。

 元気よく行きましょうと気持ちを切り替えました。



 初日は丸1日かかる道のりでしたが無事に遺跡に到着。

 2日目に意気揚々と遺跡内部に乗り込んだまではよかったのですが、遺跡に入って1刻(2時間)を過ぎても何も見つかりません。


 ロッコもドリューも一旦引き返しては?と提案してきたのですが、焦りがあったのでしょう。もう少しだけと無理を言って奥へ奥へと進みました。

 その結果、いくつかの角を曲がったところで遺跡の罠が発動。


 通路を隔てる扉によって、ふたりと分断されてしまいました。


 そこからは出口を探すことばかりで上になどに目がいなかったのでしょう。


 注意していれば崩落しそうな通路を避けることができたかもしれませんが、そうはならずに、見事に天井の崩落に巻き込まれた結果、この区画に閉じ込められてしまいました。

 ふりかえると不味いことばかりした気がしますが、落ち込んでもいられません。

 これからのことを考えなくては。


 ふたりは大丈夫でしょうか?

 私は貴族の嗜みとして魔法が使えますので、灯火(ライト)を使って暗闇でも行動できますが、ふたりは火種になるものを持っていたでしょうか?

 ドリューは若いですからまだ良いにしてもロッコはもう結構な歳になります。

 身体は頑丈だと笑っていましたが目はどうなのでしょうか?

 わたしが無理を言ったばっかりに……。


 崩落地点からも大分歩きました。そろそろ体力を回復させなくてはなりませんね。

 一休みすることに決め、腰を下ろすと同時に胸元で手を組みながら神に祈ります。


「天空神オージェス。わたくしの忠実な従者をお守りください。

 ふたりが無事でありますように」


 目を閉じ深く祈ります。

 自分自身がどうなるか分からぬ不安をごまかすように、深く深く祈りをささげていました。

 ふと、周りが明るくなったように感じて目を開きます。

 遺跡の機能が発動したのでしょうか?


 しかし、普通は遺跡が動いて明るくなる時は天井や壁が光るものだと聞いています。

 それなら、この明かりはちょっと違いますね。


 と、爪先ほどの小さなぼんやりとした光が、ふわふわと宙に漂っています。


 少し怖く感じて身を引いたその時。


『んっ、あの~、今、お困りですか?』

 光が喋りました!!


「ひっ!」

 思わず叫んでしまいます。


 そして静寂……


 今のは私がおかしくなったがために聞こえた幻聴でしょうか。

 じっと光を見つめます。


 この光の正体はなんなのでしょうか?

 さっきは本当に喋ったのでしょうか?


 またも光が揺れます。

 そして、


『んぅ、あの~、今、いいですか?』

 先ほどより小さな声ですが、確かに問いかけがありました。

”地獄にオージェス”とはこのことでしょう。


 何でも構いませんとばかりに、やや食い気味の返事をしてしまいます。


「は、はい。いいです。いえ、大丈夫です。あっ、でも大丈夫じゃありません。

 つまりですね。話は大丈夫で、私達は大丈夫じゃないといいますか……。

 えっと困っています。お願いします! わ、私の従者ふたりが大変なんです!」


 相手が何者かは分かりませんが、声からは決して不穏な空気は感じません。

 ならばお願いです。このまま消えないで、と願いながら助けを求めます。


『んんっ~。あのですね~。

 今、お話した従者さんって、銀髪のゴツイおじいさんと栗毛で垂れ目のお兄さんですかぁ?』

 何故か喋り初めに息を継ぐような癖のある声は、確かにロッコとドリューの特徴を上げて私に確認を求めてきました。

「は、はい。はい、そうです。ふたりをご存じなんですか?」


『はい~。ご存じですよ。ふたりとも今は無事ですね。

 ただね。アステリアちゃんを探して彼らも奥に進んでるんですよね~』


「えっ、でも明かりはどうしてるんですか?」


『荷物の中に短いけど松明を用意してたみたい。でも、そうそう持たないよ。

 彼らも迷子なのは変わらないし、このままだと遭難だね。

 んぅ~っと、ふたりはこの階からひとつ下の通路にいるよ~』


 ど、どうしましょう。やっぱり二人は私より危険な状態だったんですね。

 どうにかしなくてはいけません。


 それにしても何者なのでしょうか?

 私の名前も知っていた上に、暗闇でもはぐれたふたりの位置や今の状態を正確に捕えているようです。

 つまり、人間以上の力を持つ”超常の何か”です。でも分かっているのはそれだけです。

 ただ、この声は私に向かって「困っているか?」と問いかけました。

 ならば決して悪い存在ではないと信じたいです。


 恐らくば精霊様ではないかと思うのですが、助けていただけるのでしょうか?


「あの、精霊様でしょうか?」


「んっ……、そうだねぇ、身体がないんだからそうだよねぇ。

 うん、そんなものだと思ってくれるといいよ」


「あの、私たちをお助け下さるという事で宜しいのでしょうか?」


「うん! もちろんだよ!」


 なんと! 二つ返事で助力を約束して下さいました!

 何といいますか、やや軽い感じがしないでもない精霊様なのですが、気難しいよりはずっといいです。

 一先ひとまずはホッとしました。


 では、次に聞くべきはお名前です。

 こうして人語を解するという事は、もしや名のある高名な精霊様かもしれませんね。

 スプライト様?、ウンディーネ様?、あるいはシルフィード様でしょうか?

 緊張しつつお名前を尋ねます。

 しかし、後から振り返ると、ここから話がとんでもない方向へと流れていくことになったといえるのでしょう。

 

「あ、あのですね。あなた様を何とお呼びすればいいのでしょうか?」


『んぅ! ボ、ボクの名前!?』


「はい。よろしければ是非お名前をお教え頂きたく願います」


『そ、そうだよね。まずは名前を呼び合わなくっちゃ、”友達”とは言えないよね!』


「はい? と、友達、ですか?」


『えっ……、と、友達になってくれないの?』


 露骨に悲しそうな声になりました。これは不味いです。

「いえ、友達ですよ。勿論もちろんですとも! ワタシタチトモダーチ!」


『わ~、やったぁ~。思ったよりうまくいったよ~。

 レイ、聞いてるレイ? ねっ、うまくいったでしょ。 

 え、オープン回線は不味いって? あ、そうだね』


 精霊様とお友達……

 あまりの衝撃に意識が遠のきそうになりました。


 そのせいでしょうか?

 お互いに最後が何やらおかしくなりましたが、気にしてはいけないのでしょう。

 会話を続けます。


「それで、何とお呼びすれば?」


『んぅ。ボクの名前はね。”アイ”だよ。気軽にアイちゃんって呼んで欲しいなぁ』


「アイ様でいらっしゃいますね」


『……』


「あの~、アイ様? どうなさいましたか?」


『……』


「アイ様、いらっしゃられないのでしょうか?」


「……(コホッ) アイちゃん(笑顔)いますか?」


『はいはいは~い。アイちゃんですよ~。何の御用ですか~!』



 どうやら結構手ごわい相手のようです。


 

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