第7話 誘導すると言うど~

 流石に精霊様をちゃんづけで呼ぶのは恐れ多いので、結局はアイ様と呼ばせていただくことで納得していただきました。

 御本人は『いまはまだ信頼関係が足りないが、いずれは!』などと大きな独り言を言っておられましたが、いくら待ってもアイ様を”ちゃんづけ”で呼ぶのが日常になる時は来ないと思います。


 き、来ませんよね……。 いろんな意味で自分が心配です。




 さて、ふたりを遺跡の外まで誘導するのは可能だとアイ様が保証してくださいましたので、私はふたりを説得してアイ様の指示に従っていただくように命じなくてはなりません。


 でも、どうやって命じれば良いのでしょう、と悩んでいると流石は精霊様です。

 見事な解決策を示して下さいました。


『んぅ、あのね。202号機……じゃなくて、ボクの分身をふたりの前に送るから、ボクに向かって話しかければ、ふたりにも声が届くよ』


「本当ですか!」


『ホントホント。では、早速やってみそ!』


    ―――おっさんかよ―――


「はい? あの、今どこからか、別の方のお声が?」

 私の疑問にアイ様がすぐさま答えてくださいますが、同時に誰かを𠮟ってもいるようです。


『レイ! 静かに!』

『んぅっ! アステリアちゃん!ごめんね、仲間が余計なこといってるだけだから!』


 その言葉がふと気になって尋ねてしまいます。

「ほかにも精霊様がいらしゃるのですね?」


『ううん。レイは精霊じゃないんだよ。んぅ~、まあ、そのうち紹介する。

 とにかく今はふたりと会って話ができるようにしないと』


「あっ、そうでしたね」



 わたしの前に現れた時の様に、いきなり目の前に現れては驚くだけだろう、ということで、通路の遠くから明かりを灯して次第に近づいて行くことになりました。


 さっそく気づいてくれたようです。


『ムッ?! ドリュー、気をつけろ! あの光が見えるか?』


『はい、あれは松明ではありません。

 といってアステリアお嬢様の灯火魔法でもないようです。

 しかし、遺跡には魔獣は出ないという話ではなかったのでは?

 アステリアお嬢様は御無事でしょうか……』


『落ち着け、魔獣とは限らん。ともかく、だんだん近づいて来るな』


『油断なきように』


『ふん。当然よ!』


 最後のロッコの声と同時に” シュッ!”っという鞘走りの音がふたつ。

 ふたりがそれぞれに剣を抜いたのでしょう。


 これはよくないです。

 いくらアイ様がのんびりしたお方だとは言え、敵対的に出た人間に攻撃を加えないとも限りません。

 急いで止めなくては。


「ロッコ、ドリュー、聞こえますか?! 剣を引きなさい!

 この光のお方は精霊様です! ご無礼があってはなりません!」


 光に向かって話しかけると、一瞬の間があって、それからウォ~という歓声があがります。


『ああっ! この声はアステリア様! 御無事でしょうか!? お怪我はありませんな!?』

 真っ先に返事をしてくれたのはロッコです。

 彼は私を自分の孫みたいに見てるところがありますので、大声になっても声はいつでも優しいのです。


『われらが付いていながら申し訳ありません』

 あれ、ドリュー、もしかして泣いてませんか?

 駄目ですよ。男が簡単に泣いたりしちゃいけないって、お父様によく叱られてたじゃないですか。


「ともあれ、ふたりとも無事で何よりです」



   ☆           ☆



 アイ様に誘導していただき、私達がそれぞれにたどり着いたのは崩落した天井のある通路の両側でした。

 つまり、崩落した瓦礫で互いが阻まれていますので、まだ合流は出来ていません。

 それでも不安が少ないのはアイ様自身の輝きで通路が隅々まで照らされているからでしょう。

 今、アイ様の光は最初にお会いした時のような弱弱しいものではありません。

 地の底のはずのダンジョンがまるで昼間のようですね。


「やはり、ここからしか出口はありませんか?」

 一生懸命、地上への抜け道を探したのですが、結局は見つからずにここに戻ることになってしまいました。


『んぅ。従者のふたりだけなら、すぐにでも地上に連れ出せるんだけどねぇ』

 相変わらずのんびりとした口調でアイ様は、ふたりの脱出を優先させるように提案してきます。

 もちろん私も、そうして助けを呼んでくるのが一番だと思うのですが、

窮地きゅうちにおいて主君を見捨てて我先に逃げ出す家臣がいるとお思いですか!』

 とロッコが叫べば、ドリューも泣きそうな声で

『アステリアお嬢様はまだ、12歳になったばかりではありませんか。ひとりでこんな暗闇に残せません』

 とかたくなです。


 とは言え、このままでは共倒れになってしまいます。

 流石に物分かりが悪い、そう言おうとしたとき、会話に割り込んでくる声がありました。


『なあ、どうして助けを呼びに行けないんだ』


 確かこの声は、


『んっ、もう~。どうしてレイが出てくるんだよぉ』


 そう確か、アイ様のお身内で精霊ではないレイ様と仰った方ですね。

 でも、今の言葉は、どういう意味なのでしょうか?


「あの、今のお言葉は?」


『割り込んでスマンね。俺はその精霊の相棒というか、まあ、お目付けみたいな者だ。

 さて、従者の御二方に問いたい。何故、村の人間を応援に呼ばない?』


『……』


 ふたりは答えません。

 一体、何が起きているのでしょうか?


『もう一度、訊くぞ。森の入口からこの遺跡までは5リュー(約20km)程度だな。

 つまり丸一日歩けば森の外に出て一番近い集落に出る。

 確か4家族程度が固まって住んでいたよな。

 そこで道具と男手5名程度を集めて戻ってくるまで、急げば2日を切ることも出来るだろう。

 それだけあれば、成人よりも体力がないアステリアお嬢様といっても充分に持つよな?

 反面、お前さんたちがここに留まれば留まるほど全員が助からなくなる可能性は高まっていくことになる』


 ここでレイ様が言葉を切ったのは、ふたりに圧力をかけるためでしょう。

 目の前にいないふたりの緊張が私にも伝わり空気が張りつめます。


『分かるか? だから聞いているんだ。なぜ助けを呼ばないのか、と』


 問いかけが再会されましたが、その内容はしだいに危ういものになってきました。


『お嬢様ひとりを残せないというなら、お前たちのうち一人は残ればいいだけだ。

 俺には全員死ぬのが前提で、お前らふたりが行動しているようにしか思えんのだが?』


 誰かが大きく息を吸ったような音が聞こえました。


『お、お嬢様を死なせるつもりも、我々が無駄に死ぬ気もありません!

 しかし、しかし村に応援を求められぬ理由もあるのです!』

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