第14話 手順は大事だよ~♪

 小鳥たちが鳴いています。

 子どもたちの声がします。


 朝早くから家の手伝いで井戸から水をくみ上げているのでしょう。

 どちらが速く釣瓶つるべを巻き上げられるか、と競う声がほがらかに響き渡ります。

 窓から入って来る声色こわいろを数えると、おそらくは男の子が3人、女の子が3人。彼らはとても仲が良いようです。


 レイ様と分かれた翌日の夕方には私たちは無事に森の入り口にある北集落にたどり着き、集落の中央に置かれた大家屋ロッジで一晩を過ごすことになりました。

 この家は中集落、南集落から集めた木材切り出し人員が夏から秋にかけて寝泊まりする宿泊小屋コテージでもあり、二階には私たち領主用の賓客ひんきゃく室も備えられています。


 ここからなら屋敷までは3時間ほど。


 ならば、昼過ぎに出立しても十分な余裕があります。

 今日はゆったりと過ごせそうですね。  


 集落長は私たちが無事に戻ってきたことを大変喜んでくれましたが、喜ばれるほどの成果は上げてはいないのが辛く感じる所です。

 いえ、もちろんアイ様やレイ様と知り合えたことは単なる魔道具を手に入れるよりずっと素晴らしいことだとは思います。

 しかしながら、やはり金策の道筋をアイ様たちにゆだねているのは何か違う気がするのです。


 さて出立の時刻も近づいています。ブーツはどこに行きましたかね、などと準備を進めていると、何やら表が騒がしくなって来ました。

 先ほどの水汲みの子どもたちがずいぶんと騒いでいるようです。


 と、下の階から集落長がロッコを呼んでいる声がします。

「あの~ロッコ様。表にどこぞの御貴族様がいらっしゃいまして、御領主様はいないか、と尋ねておりますです」


「貴族?」

 こんなところに誰が、といぶかしむとドリューがこぶしを手のひらに打ち付けました。

「もしかして、レイ様たちではありませんか?」


 転げ落ちるように階段を下りて、はしたなくも大きな音を立ててドアを開きます。

 そこにいたのは、旅装に身を包んだふたつの影。

 ひとりは若くとても背の高い男性。身長は190cm以上ありますでしょうか?

 貴族男性の平均身長より20cmは高く、体全体がひと周り逞しい感じです。


 先だって使者として訪れたフロイド卿も逞しく感じましたが、この方と比べると小さく細く感じてしまうほどです。

 平民としては平均より大きいはずのロッコやドリューなどでも160cmを超える程度ですので、この方の大きさとたくましさは際立っています。


 更には、その見事な体格に加え、軽装の皮鎧と皮のマントは見たことも無い装飾に彩られ触れずとも一級の拵えであると一目でわかりました。

 ただ、腰にはナイフとおぼしきものだけが革の袋に覆われて下げられており、長剣らしきものはと言えば、これもまた革袋にしまい込んで肩ひもで背中に担いでいます。

 あれでは柄さえも見ることはできません。

 私どもから見ると実に不便そうに感じますが、おそらくは精霊様の特有の剣の扱い方なのでしょう。


 頭髪に目を向けると、見事なまでに黒く艶やかで目立つことこの上ありません。

 東方にいくと黒髪は珍しくは無いそうですが、この方の場合、瞳も黒いのですね。

 やや細く流れるような涼し気な中に鋭い印象を与えて隙を見せない目の色だと感じました。

 凛々しく品性を感じさせる顔立ちは、体格の見事さも相まって、ただそこにいるだけで王侯貴族ですら怯みそうになるほどに思えます。


 反面、もう御一方の少女は精霊であるアイ様でしょうか? 

 こちらは、ずいぶん小さく可愛らしいお姿です。

 日頃から小柄だと言われる私よりも更に小さく、美しい銀髪に輝くような緑色の瞳、そのお顔立ちは幼く見えながらも、しっかりとした意思を感じさせるものがあります。

 その瞳を正面から見たならば、誰も彼女を侮ることなどできないでしょう。


 彼女は、そのお顔立ちだけでも充分に目立ちますが、控えめな色合いながらも一目で高級品だと分かる色鮮やかな南国風の衣服の端々から覗くその素肌は滑るような光沢をもつ淡い褐色で、いかにも外国からきましたと全身が主張をしているかのようです。


 一言で言うと、唯々美しいとでも言いましょうか……


 これは子どもたちが騒ぐのも当然です。

 私のような田舎の騎士爵風情とは格が違う、と一目で分かってしまうのです。

 

「レイ様にアイ様でいらっしゃいますね」

 そう叫んで表に飛び出すと、そのまま膝を折り、……と、たくましいてのひらが膝を折りそうになったわたくしの手を取ってそのまま引き起こします。


 そうして、立ち上がったわたくしの前に、その美しいふたつの影こそが膝を屈してこうべを垂れたのです。

 場が静まり返りました。


 先ほどまで騒がしかった小鳥たちまでもが、空気を読んだかのように静まり返っています。

 まるで、この場所そのものが一幅いっぷくの絵画になったかのように感じました。


 頭を垂れたままで、男性は口上を述べ上げます。

「フライファエド家御当主にして、ローレンヴェルツ王国より騎士爵をたまわるアステリア・フライファエド様におきましては御機嫌うるわしゅう存じます」


「あっ……」


 精霊様おふたりをひざまずかせている、という恐ろしさに声も出ない私。


 その時、どこからか「だいじょうぶだよ。がんばれ!」とささやく声が聞こえます。

 そのお声は確かに目の前でひざまずき俯くアイ様のものです。

 当然、お顔も見えないのですが、なぜかアイ様が一瞬笑ったのが確かに分かりました。


 ふと、まわりを見渡すと、集落の人間のすべてが表に顔を出して、わたくし達に目を向けています。数人の赤ん坊を除いた十数人の大人たちと六人の子どもたち、そのすべての目がわたくしを審議しているのです。

 彼らが教会に集まった他の集落の者たちと接するとき、今のわたくしをどう話すでしょうか。

 その内容によっては今後の領地経営に大きく響くことでしょう。


 迂闊でした。ここはもう戦場だったのです。


 わたくしがわたくしの領地で王以外の者に膝を屈する姿を見せてはならない。

 お二方はそれを教えてくださっているのです。


 ……となれば、やるべきことはひとつしかありません。


おもてを上げなさい」

 堂々と令を下し、それから下問となります。

「何者ですか?」

 問いかけながらも、内心は恥ずかしさで真っ赤です。

 だって、さっき、レイ様、アイ様って大声で呼びかけたばっかりなんですから。


 しかし、それを無かったことにして、お二方の挨拶は続きます。


 まずはレイ様が低く安堵感のあるお声で答えてくださいます。


「お目汚しながら、わたくしはレイ・オオタカ・エマーソン。そして、こちらが」


 と、右側に視線を移して言葉を止めると、それを引き継いでアイ様もお声を発します。


「アイ・クニツナ・オ・ニーマールと申します」


 先に遺跡で聞いた時以上に可愛らしく、透き通った涼風のような声に場がどよめきます。


「我ら二名、極東の小国に住むものなれど、先代アウグスト様からのお誘いを受け、この地に遊学に訪れました。

 しかして先日、アウグスト様がご逝去あそばしたと聞き、大変驚いております」


 ここでレイ様はしばしの間、黙り込みお父様に弔意を表してくださいます。


 たっぷりと20を数えるほどに黙礼を捧げ、それからいよいよ本題に入りました。


「さて、アウグスト様のご逝去に尽きましては深く哀悼の意を示させていただくものでありますが、りとて、このまま帰国する訳にもいかず、出来得ることならば現当主であらせられますアステリア様に身元を引き受けて頂きたく、我らふたりしてお願いに上がりました。

 お受けいただければ、一学生いちがくしょうの身分ではありますが閣下に誠心誠意お仕えさせていただく所存にございます」 


 これは一昨日に話し合った通りの内容です。

 お二方を配下にするにしても手順はとても大事です。

 身元不明者をいきなり配下に置けば、王国への反逆すら疑われかねません。

 結局ふたりは、お父様との約束でこの国を訪れた学生であり、その後見をわたくしが行う、ということになりました。


 こうして身元証明の対価としてレイ様たちは私に力を貸して下さり、私の指揮下で商売を進める、という事になったのです。

 

 ですから、ふたりの言葉に対して、私は鷹揚に頷いて滞在の許可を与えなくてはなりません。

「許可する。お二方とも我が領地での生活を楽しむがよい」


「「有難き幸せにて」」

 ふたつの声がそろって、農家の中庭に急遽きゅうきょおこなわれた謁見えっけんの儀は終わりを告げます。


「では、ここからは気楽に」

 ホッとしたわたくしとしては、そう言うのが精一杯です。


 一歩前に進むと、後はそのままレイ様に向かって倒れこんでしまいました。



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