第13話 よ~くかんがえよ~♪


「仕官……、ですか?」


『うん。やっぱり”仕官”になるのかなぁ?』


 昨晩、私の前に現れたレイ様のともしびは翌朝の再会と何らかの助力を約束して去っていきました。

 その言葉にようやっと安堵して一夜を過ごした私に、翌朝、再び訪れたレイ様の灯は何故か小さな白い球になっていました。


 さて、その指先程の大きさの白い球であるところのレイ様が、

「落ち着いてきいて欲しい」

 と前置きをして発した一言は、警告があって当然と言えるほど衝撃的過ぎる内容でした。


 なんと、レイ様はアイ様共々、わたくしに使えたい、と伝えてきたのです。


 これにはロッコもドリューも驚き顔を隠せていません。

 それから何やら考えていたようなロッコは、おずおずとですがレイ様と会話する許可を求めてきます。


「あの、お嬢様、私もレイ様とお話をさせていただけませんでしょうか?」


「失礼のない様にお願いしますよ」


「もちろんでございます!」


 膝を折ったロッコは昨日まで以上にうやうやしく、わたくしに答えを返します。

 領民が私を信用していないという話をするのは流石に辛かったと思います。

 聞く方は、りなん、でずっと楽でしたけどね。

 (然も在り難=そりゃそうだ)


 これからのわたくしの領地経営の能力への不安も去ることながら、騎士爵を得た私が、先に使者として訪れて下さったフロイド・マーデリン卿、ひいては王弟殿下を頼って王都に逃げ出すとの噂が流れ、その結果、領民たちが二派に分かれて争っていると聞いたときは少し悲しくなりましたが、それもやむを得ない話なのでしょう。


 お父様は元々、養子としてフライファエドの名を引き継いでこの地に入りました。

 ならば娘の私が父の死後により条件の良い他家の名前を求めて余所の地へ行ってしまうのでは、という不安が領民にあっても仕方のない事だと思うのです。


 お父様が無理をして最後まで魔獣を相手に踏みとどまったのも、そこら辺に原因があるのかもしれません。

 こればかりは、わたくしも今後の行動で示すほかありませんね。


 そんな考え事の最中、ロッコは昨日助けられたことに謝意を示し、レイ様である白い玉に向かって深々と頭を下げます。

 わたくしとドリューも、それに併せて頭を下げました。


 本来の儀礼としては家臣が頭を下げるときに主君であるわたくしがそれに合わせるのは、貴族としての威厳に関わるのだそうですが、レイ様やアイ様との間にそういう壁は設けたくありません。

 下げたい頭は素直に下げます。


 そうして、ロッコがレイ様に問いかけを始めます。

「失礼ながら、いくつかお尋ねしたいことがあります」


『うん。当然だな。かまわんよ』


「ありがとうございます。まずは、仕官の理由ですな」


『ああ、確かに! まずはそれだよな』


 そう言ってレイ様が話す内容には更に驚かされることになりました。

 数日のうちにレイ様、アイ様の両名がの姿をとってこの地を訪れてくださるのだそうです。

 それにあたってお二人はこの地で誰もが納得できる身分が欲しいと説明してくださいました。


『まあ、いざとなれば別に身分など無くとも構わんのだが、放浪者として奴隷みたいな扱い受けるのもなんだしな。実際、近隣の国では奴隷制度もあるそうじゃないか。万が一にも浮浪者狩りに会って売り払われそうになったら、こっちも抵抗するしかなくなる。そうなると、まあ、……わかるよな?』


 奴隷制度は北方諸国連合の数か国に残る悪習です。

 その習慣の余波を受けてわが国でも奴隷売買に関わるものが跡を絶ちません。

 レイ様の御懸念はもっともなことだと理解しながらも、ロッコは報復のお力の凄まじさを思って頬をひきつらせます。


「崩落した通路を削り取ったあのお力ですな……」


『やっぱり見たか?』


「お許しを……、夜明けとともに中に入らせてもらいました」


『いや、それは仕方ないさ。ただ、今しばらくは黙ってて欲しいな』


「心得ました」


『他には?』


「これは問いかけというより、お詫びでございますが……」


 ここで言い辛そうに間を置いたロッコは、おもむろにわたくしを振り返ります。

 意味がつかめずに首をかしげる鈍いわたくしに、ロッコは腰の後ろに回した指で輪っかを作って見せました。


「あっ!」


 思わず声が出ます。同時に顔から火が出そうになりました。

 こんな大事なことを忘れていたなんて!

 とは言え等閑なおざりにする訳にもいかない話です。

 顔が真っ赤になっていることを自覚しつつもうなづかざるを得ませんでした。


 わたくしの頷きを得てロッコが話を進めます。


「つまり、正式な仕官という事でしたならば、お断りせざるを得ないのではないか、と」


『なぜ?』


「……恥ずかしながら、当家はあまり裕福とは言えません。

 ですので、余分な人手を抱える余裕は……」


『あっ! ……そうか、すまん。気が回らなかったなぁ』


「いえ……」


 二人の間に気まずい沈黙が流れます。

 ですが、それも長くは続かず、レイ様が申し訳なさそうに言葉を繋いで来ました。


『いやいや、言い方が悪かった。仕官、とは言っても形だけでいいんだ。

 給金などを貰うつもりは一切ないんだよ。

 第一、昨晩言ったろ。金策には協力する、って。

 ここで商売する以上は、仮初かりそめにでも身分が必要ってだけの話なんだよ。

 フライファエド家の内情は昨日の話で少しは理解してる。

 領内に滞在させてもらえるだけで充分だよ』


 レイ様の言葉に、わたくしは心底驚きます。


 高貴な精霊様がわざわざ人の形をとる理由がわたくしの金策のため?

 しかも商売をする。


 とんでもない事です。

 これには、わたくしだけではなくロッコとドリューの二人もあっけに取られて立ちすくみます。


「あ、あの! な、何故、そこまでしていただけるのでしょうか?」

 ようやっとわれに返ったドリューが、当然の疑問を口にしました。


 それに対して主君の許可も無しに口を開くという無礼を咎めることもなく、レイ様は軽やかな口調で答えて下さいます。


『アステリア嬢は俺の相棒の友達だからな、できるだけのことはするさ。

 ドリューも奴のことを、そのうちには”アイちゃん”って呼んでやってくれよ』



 

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