第15話 スタンピードもあるのが異世界だよ。


 緊張から倒れこんだアステリア嬢を集落の中央にある大家屋ロッジの二階に運び、ベッドに横たえさせると俺は階下の客となった。

 それからようやくロッコ、ドリューのふたりとのお目見えをおこない。

 和気あいあいとした挨拶をわす。


 アイはお嬢様が目を覚ますまでそばに控えることとなった。


 それにしても初めてアイのマテリアルボディを見たときは思わずひっくり返りそうになった。

 が、本人曰く、

「アステリアちゃんとはポジネガ(明暗)の関係なのさ~」

 だそうだ。


 髪の毛の金と銀 肌の白と褐色 瞳の青と緑

 なるほど、そういえばそうなのかな?


 ドリューが茶を振舞ってくれるというのでいただく。


 ふつうの茶葉ではなく、現地の薬草などを乾燥させた飲み物のようだ。

 決して不味くはないが、本物の茶にあるほのかな甘味が感じられないのは残念だ。

 衛星写真で見ると、ここから南の森林部西側は少しばかり高さのある山脈になっていた。

 斜面の高低差を生かせば棚畑による茶の栽培も可能だろう。こいつは要検討だな。


 そんなことを考えながらハーブ茶の香りを楽しんでいると、窓枠の下側にひょこひょこと金や茶色のふわふわが舞っている、

 さっきの子どもたちが中を覗き見しているようだ。


 もちろん彼らの狙いはこんなおっさんではない。


「な、あの子いないの」

「ちょっと見えないな、オジンしかいないぞ」

「も少し待ってもう一度来ない? おなかすいた」

「何がオジンよ。あんたら失礼でしょ!」

「あなたたち、アステリア様の心配もしなさいな」

「もう、かえろうよ~」


 まあ、当然ながらほぼ国綱目当めあてだわな。

 哀れな少年どもよ。

 あいつ300%ぐらい美化して外面創りやがったからなぁ。

 300%…… んんっ?

 あいつが覚えてる訳はないんだが……


 だが、ああも元の顔に似ているのは何故だ?

 やや不安にはなるが、今は考えても仕方ないと思考を中断した。


 変わって別の事を考えると、オジン擁護ようごの声もあって少し嬉しいと思う。

 ふと、上の階からふたつの嬌声きょうせいが響く。

 どうやらアステリア嬢が目を覚ましたようだ。


 しばらくするとドタバタと派手な音がして、やがてそれが収まると後ろの階段からアステリア嬢と相棒が降りてくる音がコツコツと響いて来る。


「あ、降りてきたぞ。やっぱ凄い可愛い!」

「お嬢様とどっちが可愛いかな?」

「お前失礼だぞ。お嬢様と比べるなんて」

「じゃあ、おまえはお嬢様派だな」

「いや、どっち派とかじゃなくて……」


 どっちもお前らにはやらん、と思いつつ振り返ると手をつないで微笑む二人の姿があった。



     ☆          ☆



 昼食を済ませて一息ついたところで、背嚢はいのうに入れてあった革袋を取り出す。

 テーブルの上に置かれた皮袋の留紐とめひもが緩んでいたのか、ジャラリという鈍い音ととも自然とその口が開く。

 次の瞬間には中から大量の金貨があふれ出た。


かね~! かねぇ~! すぐぉ~い!」


 見苦しい騒ぎ方をしている褐色を上品な白色が抑える。

 不思議なことになぜか抑え方が上手い。

 後ろから肩を抱いているだけなのに、奴はふにゃふにゃになって抵抗しない。

 なあ、そいつ、おもっくそどついていいぞ。

 そのボディ、痛み知らずだからな、などと心の中で声をかけるが当然ながらアステリア嬢には届いていないのが残念だ。


 騒ぎがひと段落すると全員の視線が袋から俺に集中する。

 対する俺も左から順に皆の顔を見渡し、それから話に入った。


「一袋が100枚。それを10袋用意した。さっき計ったが、一枚当たりの重さもローレンヴェルツ王国の金貨や銀貨よりだいぶ重いな」

 1枚31.1g(1オンス)の金貨が1000枚で31.1kg。

 コルンムーメに積載された30t以上の硬貨やインゴットからみれば実に微々たるものだが、金銀の採掘技術の低いこの世界では、この程度の量でも俺たちの世界以上の価値を持つ。


 まあ、元の世界の場合は金貨1枚で大卒の初任給より少し安いくらいかな?

 銀貨は同じ重さで金貨の50分の1ぐらいの価値になるが、それも結構な額だよなぁ。


 ここの貨幣は金貨も銀貨も俺たちの硬貨と同じくらいの大きさだが金銀の含有量はそれぞれ20gに足りない程度だから、実際の価値は2倍ぐらい違う。

 次から使う分はコルンムーメの工作室でそれぞれをつぶして新しく作るべきだろうか?


 意識にあやふやな計算が入り込むうちに話は進む。

 ロッコは金貨の造形に感心することしきりだ。


「なにより鋳造が素晴らしいですな。刻印が全く潰れていないのも驚きです。

 それと、意匠は植物ですか?」

「メープル(楓)とロータス(菊)だな」

「ふつう、金貨には国王の顔などが入るものだと思うのですが?」

「ま、それはうちの文化だと思ってくれ」


 金貨の美しさの話に飽いたドリューが本筋に話を引き戻す。


「で、結局これをどうなさろうと?」


「全額無利子でアステリア嬢に貸し出そうかと思う」


「「「「「「「「ええっ!」」」」」」」」


 なんか目の前の人数以上に声が重なった気がするが?

 え、窓の外のあいつら昼めし食いに帰ったんじゃなかったの?

 いつのまに戻ってきたの?


 ともかく話を進めよう。


「くれてやってもいいんだが、そいつは良くない。何故かわかるな?」


 何故か踊ろうとする褐色を取り押さえながらアステリアが静かに答える。


「はい、そのようなものは最早貴族ではありません。単なる物乞いです」


「よろしい」


「しかし、この金貨1000枚、いえ、この重さなら実質2000枚分はあるでしょう。 

これをどのようにして返せばいいのか見当もつきません」


「いい方法あるでぇ、ねぇちゃん。ボクのハーレムに来るのが正解じゃろがい!」


 セリフに被せるように俺は立ち上がって、アホ褐色の頭を少しばかり強めにはたく。


「地球じゃないんだ。封建社会で通る範囲のジョークにしろ!」


 ロッコも露骨に不安げな顔をしているが相手が精霊《偽》様とあっては、そうそう注意もできない。

 代わりに俺が強く言うしかないのだ。


 だが、ネタにされた当人はいたく御機嫌だ。


「アイ様は自由奔放ですね」


 そう言ってアステリアはくすくすと笑う。

 出来の悪い妹をかばうようにすら感じる。

 実際、国綱がいくらハーレムと言っても、結局は女の子同士の戯言ざれごとなのだから、あまり厳しくしないで欲しいとまでいうのだ。


 まったく甘すぎる。


 そして、その問題児はというと


「んぅ!エステルが笑うとボクも嬉しい!」


 と御機嫌ごきげんであるのだが、


「エステル?」


 誰のこっちゃという俺の疑問は顔にも出たのだろう。

 アステリア自ら説明してくれた。


「エステルはわたくしの愛称です。親しいものにだけ呼ぶことを許しています。

 お父様がいなくなった今、そう呼んで下さるのはアイ様だけですけど……」


 と、少し寂し気な笑みが痛々しい。


 そして、案の定だがデリカシーの無い相棒は余計なことを言う。


「んんっ! なら、レイにも許したげてよぉ!」


「えっ! それは、わたくしとしては嬉しいことですが、レイ様はどうでしょうか?」

 そう言ってアステリアことエステルはこちらをちらちらと見てくる。


 こういう時は本当は嫌がってるときなんだ。俺は知ってる。俺は女心には詳しいんだ。


「そのうちにな」


 そういって名前についての話は流した。


「とりあえず、借金をどうやって返すかは、この領地を調べて、どんな商売が可能か考えてからだな」


「は、はい」


 見通しが付かないことを不安に思ったのか、アステリアは顔を伏せてしまう。


 彼女がもう少し楽観的になるためには、どんな時も俺たちが味方だと理解させるしかないんだが、その味方の度が過ぎると、今度は単なる甘えになってしまう。

 さじ加減が難しいよなぁ。


 そう思った時だ。

 すねに強烈な痛みが走った!


「おおお~~っ! な、な、なんじゃこりゃぁ~!」


 どこかの殉職刑事みたいな声が出る。マジ出る。すっごい出る。


 転げまわって気づいたが、どうやら国綱アイに一撃を食らったらしい。

 ふんす、と鼻息も荒く俺を見下すその目はまるで生ゴミでも見るかのようだ。


「お、お前、なにをやっとんじゃ~!」


「んにゅ~? レイが悪いんでしょ!」


「はぁ~!?? 俺が何したってんだ~!?」


「自分で気づけ、ばかぁ~」


「AI三原則はどうなってんだよ!?」


「んぅ、より危険度の高い方の救援が優先されるの!」


「理解でき~ん!」


「んっ~、危険度ってのはね~。あれ、……あれ、危険度、……」


 なにやら国綱の様子がおかしい。

 と、思った瞬間だ。


 ビューィ! ビューィ!


 鼓膜を破るほどの警戒音が鳴り響く。

 続いて、その声が無機質な機械音声へと切り替わった。


『予測危険度、中程度! 危険度C以下にあらず! 総員警戒! 総員警戒!

 東方40kmより敵性因子接近! 速度は時速にして25キロから35キロと変動的。

 因子予想数、最少500。最大個体の破壊圧力は1㎡当たり最低10トン以上、最大50トン以上を予測。

 この現象を自然生物による集団暴走スタンピードと断定する!』


『繰り返す、予測危険度、中程度!』




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