第16話 シカらないでください


「んぅ~。接敵までの予想最短時間は62分02秒。

 森の中を進んでるからかな、案外到着は遅いねぇ~」


 1分ほど機械音声で大騒ぎした後に国綱は元に戻ったが、警報については解除されることはないようだ。


「おい、相棒! どういう事だ?!」

「も一回、さっきの警報モードに入るぅ?」

「うん、スマンかった。つまりは、あの通りってことだな」

「だぉ、だぉ!」


 一応、俺は納得したものの、周りではアステリアを始め、ロッコ、ドリューを加えた3人が、ついでに窓の外のちびっこ6人までもが蒼白となった顔面に、

『理解不能』

と書いて突っ立ってしまっている。


 これから集落民を避難させなくてはいけない以上、今起きている事獣の集団暴走を彼らにも分かりやすく知らせる必要がある。


「モニタアップ」


 短く命令コマンドを入れる。

 途端、極小2cmドローンによってリビングの後方に森林の景色が立体映像として映し出された。

 実物大での投影なので目の前には巨大な木の幹が、足元には生い茂る雑草が、いまあるそのままに映し出される。


 立体映像どころかカメラすら知らないこの世界の人間には室内の奥半分がいきなり森になった様に見えたのだろう。


「うわぁ~!」


 窓の外から子どもたちの歓声が上がった。

 彼らは俺が魔法使いだとでも思ったようだ。


 だが、その歓声は次の瞬間には悲鳴へと変わる。


 眼前に現れたのは全部で6頭の全身が長い毛に覆われた巨大な四つ脚の獣の群れであった。

 最も小さな個体でも、肩までの高さは軽く3メートルを超えるのではないだろうか?

 天井までの高さの問題もあって、手前で蹄を掻く個体に至っては、肩から上は全く見えていない。


 全体が確かめられる奥手の小さな個体にしても、頭部のつのを含めるならば、全高5メートルを超えていても、おかしくはないだろう。


 頭部からやや斜めに生えた二本の平たい板状の角は分厚いだけではなく前後の端が鋭く尖り、形状としては斧に近い。

 あの角があの高さから振り降ろされたなら、人間など縦に真っ二つになるのは間違いないだろう。


 そこまでの狂暴性が無くとも、あの図体では突撃だけで小さな家屋程度はバラバラになるだろうし、数頭の集団が人間を踏み潰していったなら、そこには小さな骨の跡形すらも残るまい。


 その獣たちがいくつかの小集団を作っては森の中を疾走し、ひとつの集団が画面外に消えると次の集団が現れる。

 そうして50~60頭を超える巨大な影たちが目の前を横切っていった。


 それらが過ぎ去った後は彼らの半分ほどもない、とは言っても仔牛ほどのサイズは十分にあるであろう様々な魔獣たちが続く。

 そのほとんどは一見して兎のような、或いはネズミのような生き物たちであった。


 獣たちがまともな状態で走っている訳ではないことは、数匹の大型獣が大木に激突し、それをへし折りながらも前へ前へと進んでいくさまから分かる。

 まさしく異常事態だ。

 

「相棒、先日ドローンでの攻撃方法は教えたよな? できるか?」


「んぅ~。実は対応できるドローンでの狙撃はもう開始してるんだぉ~。

 でも、森の中だからドローンに貫通力を生む加速がつけられないんだぉ!

 それに大型のやつは上手く貫通できても、まるで効いてるようには思えないんだよぉ~」


 つまり弾丸を大口径化して、平野部で対応しなくては排除できないという事か。


「最初に映った大型の個体についてのデータを!」


「ん~、肩口までで計測した体高は平均が3.7m程度。体重は平均2.4トン強。速度は時速にして最速50km以上と予測されるねぇ。それとドローンの衝突時衝撃から皮膚硬度は地球のサイと同程度と判定されてるよ


「おい。充分バケモノじゃねーか! あれ肉食獣なのか?」


「うんにゅ。これ、多分シカだよ」


「シカぁ? なに馬鹿なこと言ってんだ?! シカがそんなにデカく……、デカく、うん、デカく…なるなぁ……うん」


 そう、思い出した。

 地球原産のヘラジカがまさしくこのサイズ、このスピード、この皮膚硬度、そしてこの突進性ではなかったか?

 なにより野生動物の危険性は肉食、草食の違いなどなんら関係ない。

 カバはライオンを楽に咬み殺す。怒り狂ったキリンが首を振り回すとき、普通乗用車程度なら軽く数メートルは吹き飛ばされてしまう。

 いや、サイズだけでいうなら肉食獣より草食獣の方が断然にデカいのは常識だ。


 この星にいる魔獣とやらは、そこからどれほど進化しているのだろうか?


斧鹿ベルティッシュ


 不意にアステリアの口から発せられた震える声。

 恐らくはこの鹿と思われる生物の名前なのだろう。

 その呟きには恐怖以上のなにかが感じられたため、黙って次の言葉を待つ。


「木材伐採中の領民を守って、お父様が相打ちとなった魔物だそうです。私は実物を見たことはありませんでしたが、こんなに恐ろしいものだったんですね」


「魔獣、という奴か?」


 俺の問いかけに彼女は頷きで返す。俯いたままの肩は小さく震えていた。

 口にするにも辛い名だろうに、領民の安全のために勇気を振り絞ったのだと思うと、その肩の震えが尊いものに感じる。


 肩に手を添えた。


「お父上は立派だ。剣一本であれだけの巨体に立ち向かうなど、常人に出来ることじゃない。彼は責任を果たしたんだ!」


 俺の言葉に反応して上を向いたアステリアの瞳がうるむ。


「強敵と相撃って倒れたにせよ。その結果、民を守り切ったことも事実だ。

 そう、高貴なる義務ノブレス・オブリージュは果たされた。誇っていい。

 いや、誇らなくちゃならないんだ!」


 彼女はゆっくりと頷く。従者の二人は黙ったままに彼女を見つめる。


「今度は我々の番だ。勇気は及ばぬまでも、俺たちにはあれを止めきる力がある。

 なら、君はお父上の意思を継げ。命じるんだ。俺たちを使って民を守り切れ!」


 最後の俺の声を待つかのように、彼女は力強く答えた。


「はい!」

 

 

       ☆          ☆



 まず、窓の外にいた6人の子どもたちを二階に上げる。

 さっきまで魔獣が映っていた室内に入るのを最初は怖がったが、魔法で映し出したまぼろしだというと素直に階段を登る。

 そのとき、一番最後を歩く小さな男の子が泣き出したのを、先に階段を登り始めていた年長の男の子と女の子がそろって引き返してなだめたのに驚く。

 この子たちは、とても素直に互いを大事にしながら育ってきたのだろう。

 国綱とアステリアがその光景をうらやむように見ていたのが印象に残った。


 子どもたちの安全を確保すると、次は集落の大人18人に避難を訴えるために男3人で手分けして走った。

 口上は次の通りだ。

大家屋ロッジのリビングまで大急ぎで集まってくれ。御領主様からの大事な知らせだ』

『来年の年貢にも係わる話だ。聞き逃すと損だぞ!』

 ロッコもドリューも声の通りが良くて助かる。


 いきなり魔獣の集団暴走スタンピードの話などしない。

 パニックになれば、十数人と言えど収拾がつかなくなる。

 その配慮からの呼びかけである。


 まずはうまくいったと思った。領民は三々五々とゆったり集まってくる。

 畑の作業は、もう少し日が傾いて涼しくなってからだ。今は心身ともに余裕がある。


 このように集団を集めた際に最も怖いのはパニックである。


 大家屋ロッジは魔獣の襲来に備えて一番頑丈に創られていることは集落の誰もが知っている。

 静かに入れば、何の問題もなく全員を収容できる事もだ。

 だが、パニックが起これば閉鎖区間では容易たやすくけが人が出る。


 せんだっての魔獣の襲来で領主が死に、従卒は足を失ったという事実が恐怖と共に心に焼き付いてしまっているだろう。

 村で一番頑丈に作られた家屋である。

 丸太をふんだんに使った構造から見てそう簡単に潰されることはない。

 広間に入ったら黙って静かに待てば良い、ただそれだけのことだ。


 だが、パニックに陥った農民たちには、それすら至難の業になるだろう。

 それが最も気がかりだった。


 当然だが、このようなパニックはプロの傭兵にも起こる。


 ある戦闘でほぼ死ぬことは避けられないと知った俺と仲間たちは現状の精神状態を確認するために一桁の足し算に挑戦したところ、これが全然できなかった。

 どう頑張っても3+4の答えが誰からも出ず、パニックは余計にひどくなっただけだったのだ。

 深刻なパニックとは、それほどに恐ろしい。


 まあ、その時はその馬鹿げた事実に呆れ果て、狂ったように大笑いすることで俺たちはパニックから抜け出せたのだが、農民たちはそうはいかないと思うのだ。








     ◇       ◇        ◇


お読みいただきありがとうございます




明日はお休みします。


再開は月曜日21時となります。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る