第44話 冬が始まります②


 ここ数日、食堂の主は私とレイ様、アイ様の3人でしたが、今日からしばらくの間はもうひとり増えることになります。

 そのもう一人であるアデル様は、お母様のドレスを身に着けてテーブルに付きます。

 本人は軍服でいいとおっしゃっていましたが、レイ様が、

「あんな不潔な服をいつまでも着させているわけにいくか!」

 と怒鳴った結果、お母様の服を管理していたメイド長のヒルダに命じて普段着用の服を一式揃えてもらうことになりました。

 ヒルダは “お嬢様より先に捕虜に袖を通させるなんて!” と怒っていましたが、なんとか説き伏せました。


 お母様のドレスを誰かが着ているのを見るのは初めてですが、紺碧色のとても綺麗なドレスです。

 いずれは私も似合うようになりたいものです。


 ウィルに案内されて席に付いたアデル様ですが、まだ緊張しているようで一礼した後は、黙ったままです。

 こちらから何か声を掛けなくては、と思っていると、先にアイ様からお声がけがありました。


「んぅ! そいえばさ~、アディちゃんって何歳いくつなの?」


「あ、アディちゃん?!」


「んゅ? ダメ?」


「あ、いえ、お好きに呼んでください。もちろん、アステリア様も、レイ様もです」


 いきなり“アディちゃん”などと呼ばれて少なからず動揺したアデル様ですが、すぐさま居住まいを正して、質問に答えます。


「えっと、お尋ねの件ですが、年が明けて深雪月(2月)が来ると19になります」

 

「ほよ~、まだ十代なのね。じゃ、ボクと同じ部屋でもいいかな?」


「はい?」


 話がわからない、という顔で私を見てきたので、食事の後で、と思っていたことを先に話すことにしました。


「ゴルディッツさんには既に話してありますが、アデル様は士官であり女性でもありますので宿舎ではなく、こちらの本館に部屋を取ってあります。

 アイ様とご一緒というわけには行きませんが、」


 そう言葉を切ってチラリとレイ様を見ると、頷いて後を引き取ってくださいます。


国綱アイ、お前は未だしばらく俺と一緒の部屋だ! 好き勝手できると思うな」


「うにゅ~! そりゃないぞ~! おっさんひどいぞ! 横暴だぞ!

ボクの計画が~!」


「その計画が問題だと何度言えば、」


 そこからはふたりで揉め始めましたので、わたくしはアデル様に向き直ります。


「戦闘は終わりました。お客様として歓迎します」


 私の言葉に感じ入って下さったようで少し涙目になりながらお礼を言ってくださいました。


「ありがとうございます。よいお友達になれるように努力します。

 ただ、ですね。あの~、アイ様ですか? あの方は一体?」


「ま、まあ謎ですよね。今はひとまず私達を導いてくださる高貴な方、とだけ」


「こ、高貴、ですか?」


「はい!」


 私が断言した後で、ハレムだのおっさんは嫌いだの、妙な単語も聞こえますが、あの素直さもアイ様のかわいらしい魅力の内なのだとわかってもらえる日が来ると信じています。

 

 と思っているうちに食事が始まりました。


 さて、言うのも今更ですけど、お二人が来てから食事の質がすごく上がったんですよね。

 本当に今日のお食事も、とても楽しみです。


 前菜は温野菜のサラダでした。

 ブロッコリーと人参、それに小さく切ったジャガイモという珍しい根菜を使っています。

 これらに厚切りのベーコンを重ねてゴマのドレッシングで頂きますが、ゴマを混ぜ合わせるために使うマヨネーズというベースドレッシングが絶品で癖になります。

 寒い中で仕事をしてきたので前菜から暖かいというのは嬉しいですね。


 ジャガイモは来年の春から領地でも作ることになりました。

 凶作に強く、あっという間に増えるので主食の代わりにもなるのだそうです。

 北集落が積極的に取り組んでくれると約束してくれましたのでホッとしています。

 それからマヨネーズは食べ過ぎると肥満の元だと言われましたので、気をつけないといけませんね。

 アイ様から、年が明けたらマヨネーズを大きな街で売ろうと言われています。

 上手くいってほしいという不安と、これだけおいしいのだから大丈夫、という期待が入り混じってドキドキ、ワクワクといった感じがしています。

 

 それにしても予想を超えるおいしさです。

 思わず、じっくりゆっくりと味わっていましたが、ふと気づくと、アーデルトラウトさんが空になった自分のお皿をじっと見ているのに気づきました。

 私の視線を感じたのでしょう。

 顔を上げると真っ赤になって、


「と、とてもおいしいです。おいし過ぎて少し早めに食べきってしまいました。

 ……すいません、はしたないですね……」


 ものすごく申し訳なさそうにしています。

 あ、わかります。今、彼女は盛大に勘違いをしています。

 何故なら少し前のわたくしもそうでしたから、すぐに気づきました。


 レイ様も同じように気づいたのでしょう。


「ああ、今日は疲れただろうから、前菜くらいは早々と食べてまうよな。

 ウィル、彼女のメインを先に出してもらえるかな?」


「ボクも~!」


「……国綱こいつにも、よろしく」


「はい、もちろんアイ様にはいつも通りの量で」


 一礼してメイドの二人に指示を入れると、すぐさま給仕サーブが入ります。


「え、前菜? メイン? あ、今夜は正式な会食でしたか?」


 アデル様は、さっきまでは前菜で食事が全部だと思い込んでいて、今度は今夜の食事が通常とは違う会食だと思っています。

 ですので、主人としてお客様に恥をかかさないように気を配らなくてなりません。


「いえ、アデル様。今日はいつも通りの普通の夕食です。

 我が家では少し前から食事情がよくなりましたので、遠慮しないでどんどん召し上がってくださいね」


 そういうとアイ様も相槌を打ってくださいます。


「そうそう、鹿肉と猪だけなら10年分くらいはあるからね」


「えっ、10年?!」


 アデル様がビックリするのも当然です。

 きっとアイ様ならあの魔獣たちの肉も10年間無事に取っておけるのでしょうが、普通はそんなこと出来ません。

 行き違いの無い様にアデル様には補足を入れておきます。


「じゅ、10年分はともかく、この冬はお肉に不自由は無いと思います」


 さて、メインはミルクで煮込んだ鹿肉のシチューと鶏肉のバターソテーです。

 特にシチューは香辛料のしっかり効いたお肉と、その味のしみ込んだジャガイモ、カブ、それにお豆までもがたっぷりです。

 これはお肉が凄く増えたこととレイ様と一緒に味付けを新しくしたこと以外は、コックのフリッツの昔からの得意料理です。ぜひ楽しんでくださいね。

 そう思うと彼女の感想にも期待してしまいます。

 ところがそのメインディッシュを前にしてアーデルトラウトさんの手が止まってしまいました。

 スプーンやフォークに欠けでもあったのでしょうか?


「どうしました? もしかしてカトラリーに不具合でも?」


「い、いえ、あの、ですね」


「?」


「あの、た、たいちょ、いえ、部下たちは……、何を食べているのでしょうか?

 私だけがこのように良いものを頂く訳には……」


 絞り出すような声で、彼女は自分だけ良い待遇を受ける訳にはいかないと訴えますが、その心配はレイ様によってあっさり打ち消されてしまいました。


「いや、うちでは庭師もメイドも皆、同じものを食うんだよ。

 そこで給仕サーブをしているウィルやジュナ、レア、リーンもそうだし、番屋にいる馬丁のロッコだって同じものを食う。

 君の部下にも同じものを出すようにいってあるから、下手すりゃ俺たちより先に食い終わってるんじゃないかな?」


 レイ様がそういうと、いかにもとばかりにウィルが大きく頷き、捕虜たちの食事がすでに終わっているだろうと知らせます。

「レイ様の仰った通りに、彼ら自身に食事の運び入れをさせましたので、さほど手もかかりませんでした」


「うん、ありがとう。明日の朝の食事までは私の方で準備しますが、明日中に彼らの中からパンを焼ける人間、料理のできる人間を選んでおいてください。

 フリッツに頼んで彼等にもパン窯とキッチンを使わせてもらうことにしましょう」


 そう言ってウィルに指示を出したレイ様は視線をアデル様に向きなおして、とても柔らかな笑顔で食事を勧めます。

 その時、ちょうど私とレイ様の前にもメインとなるミルクシチューと鶏肉のソテーが出されました。


「さあ、メインもしっかり食べましょう。でも、デザートには私が作った甘いものが出ますからその分は胃袋をあけておいてくださいよ!」


 ああ、なんという事でしょう。

 その言葉を聞いた途端、私の頭の中は“甘いもの”で一杯になってしまいました。


 レイ様が作る甘いものは、なんでも美味しいですが、特にプリンは絶品です。

 そうですか、今日はレイ様が手ずから作って下さったんですか!

 もしかしてプリンですか?

 プリンですよね?


 前にいただいてから5日は経ってます。


 お願いします。プリンであって下さい~。





   ◇     ◇     ◇     ◇

あとがき


 お読みいただきありがとうございました。

 続きを読んでみたいと思って下さったらハートやお星さまで応援してくださるとうれしいです。

 応援が次回分を書き上げるモチベーションになります。

 よろしくお願いします。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る