第43話 冬が始まります①
「あなたは士官です。この場にいる捕虜たちを統括する存在でもある。
ならば帯剣するのは当然でしょう。
なによりこれは我が
そう言って剣を差し出したレイ様の手をじっと見るアーデルトラウト様ですが、その戸惑いはわかる気がします。
本来なら負けた彼らは武装解除されるのが当然であり、それは士官と言えども例外はないのですから……
しかし、今回は私たちフライファエドの面々は皆、レイ様のやり方に従うことにしました。
その理由として、まずは戦の作法に最も詳しく、かつ領兵を統括する立場のオルドスがレイ様の流儀に従うことに納得したということがあります。
しかし、それよりもなによりも私たちの誰もがレイ様を信じていたからこそ、こうなったと思うのです。
アーデルトラウト様が私を見ます。
受け取って良いのか、という確認であることはわかったのでゆっくりと頷きました。
それを見て安堵した様にレイ様から剣を受け取ったアーデルトラウト様は、そのまま私の方を向くと剣を水平に掲げたまま膝を着いて深く一礼します。
「ありがとうございます。フライファエド卿。
騎士の名誉を守って下さった事に感謝し、ゼンガーリンツ士官として貴家の信頼に答えたいと思います」
「期待します。それと私のことはアステリアと」
私が名前呼びを許すと、立ち上がった彼女の顔はホッとしたように緩みます。
「では私のことはアデルとお呼びください」
その時、私はアデル様が思いの外、若い方なのだと気づきました。
恐らくは、まだ10代なのではないでしょうか?
そう気づくと執務室での一件もなんだか微笑ましく感じてしまいます。
年上の方に失礼とは思いつつも、ついつい思い出して笑みが漏れそうになってしまいました。
そんな私の気持ちを知るべくもなく、アデル様もニッコリと笑みを返してくださいましたので、申し訳ない気持ちがますます強くなってしまいます。
「さて、お互いに気安くなられたところ申し訳ありませんが、兵たちを宿舎に移動させましょう。
このままでは私達まで凍死しそうですからね」
停滞していた場を動かすために、レイ様が全員に声をかけます。
「宿舎?」
「テントではないのか?」
「我々全員を?」
ゼンガーリンツ兵たちの戸惑う声が聞こえます。
まあ、私が彼らの立場でも戸惑うでしょう。
アイ様とレイ様は戦闘後のことまで考えて、この戦いの準備を終えていたのですから。
そうして捕虜を引き連れて本館の裏手に回ります。
そこで、捕虜たちが見せられたのは、60名の兵たち全員を収めてもまだまだ余裕のありそうな巨大な宿舎でした。
レイ様が仰るには、これはレイ様の国で一般的に使われている大型の組み立て式兵舎なのだそうです。
組み立て式と言っても先日、本館の両脇に取り付けてくださった水洗式の厠のような頑強な建物です。
当然ですが侯爵家の兵士でも初めて見る造りなのでしょう。
ほぼ全員の声が驚きに満ちているのがわかりました。
「これが本当に兵舎の大きさなのか?」
「まるで闘技場に
「石造りにも思えるが、そうでも無いような?」
「これは鉄? いや、馬鹿な! これほど大量の鉄など……」
「それにしても窓に入っているのはガラスか?」
「あれほど大きな一枚ガラスなどあるのか?」
「あれがガラスなら凄い技術だな。一枚でどれほどの儲けになる?」
内部に入っても驚きの声は止まりません。
「温かい!」
「それに明るい!」
「なんて明るさだ!」
「中庭で使っていたランプもそうだが、どっちも魔石ランプにしては明るすぎる!」
「天井の板が光っているようだがあれがランプなのか?」
「恐らくそうだろう。お館様の執務室の天井にあるのを見たことがある」
「しかし、めったに光らせないと聞いたぞ」
「魔石の消費量が大きいらしいからな」
「それを俺たち捕虜の宿舎に?!」
「この温かみを保つために使っている魔石を含めたらどれだけの消費量になるんだ?!」
一旦、彼らの驚きが収まると、ドリューたちが手分けして各小隊長に宿舎の使い方を指示していきます。
しばらくすると、「あひー」「うぉっ」「ふん~」などと面白い声が聞こえてきます。
おや、どうやら便座を使いましたね。
なんだが楽しくなってきます。
また、別の方向からは、
「このベッドの跳ね具合はいったい何なんだ?」
「ブランケットもやわらかすぎる!」
「上掛けのシーツまでとんでもなく清潔だぞ!」
何を聞いても何を見ても捕虜たちは、これは何事かと
口元を抑えて必死に堪えます。
そうしているうちに兵舎内では水も自由に使えると知って彼らの驚きの度合いは更に高まります。
「井戸、ではないのか?」
「水道というのか?」
「なぜ、
「いや、まて! こっちに捻ると湯まででるぞ!」
しかし、この驚きも決してピークではありませんでした。
何を見ても慌てふためく彼ら全員を入り口近くの広間に集めると、アイ様が声をかけたのですが、その内容に彼らは唖然となったのです。
「んぅ、君ら全員、臭いからね。奥のシャワー室を使って風呂に入りなさいよ。
湯船が共用なのはゴメンだけど、そんくらいは我慢してよね」
「そうだな。今日は仕方ないにしても、明日以降、風呂に入らない奴は飯抜きだな」
後を追うようにレイ様も言葉を付け加えましたが、それによって彼らはついに声が出なくなってしまいました。
「どうした? なにか不満でも?」
訝しむレイ様の声に飛び跳ねるようにアーデルトラウトさんが反応します。
「い、いえ、不満など、とんでもありません。ただ……」
「ただ? なんだ?」
「なぜ、ここまでしていただけるのでしょうか、と不思議に思っているのです。
我々は自力でキャンプを張って冬を越すものだと覚悟をしていました。
体力の有る無しによっては半数が死ぬことがあってもおかしくはないだろう、とも。
それだけのことをした、という自覚はあります」
すると、広間の隅にいて、ここまでずっと口をつぐんでいたゴルディッツさんも、ようやく声を出します。
「こいつの言うとおりです。
こんな立派な寝床を準備していただくだけでも過分です。ならば、あとは数名が狩りをする許可をいただければ自分たちで食料を調達するべきだと思っています。
しかし、あなた方の言葉では貴重な燃料を消費して風呂に入れとまで仰る。いや、それどころか食料まで配給していただけるような口ぶりです。
いったい何故、ここまで?」
そこで、レイ様は私を振り返りました。
少し恥ずかしかったのですが、ここで、約束通り尊大に頷いてみせます。
それから咳払いをひとつして、私が答えることになりました。
レイ様が捕虜の前に私を連れてきたのはこの為なのだそうです。
誰が彼らに温情を施したのか、兵士たち一人ひとりに顔を見せて明確にしておくことが大切だと言うのです。
「わたくしが本領の領主であるアステリア・フライファエド騎士爵であります」
62名の捕虜全員が一斉に跪き頭を垂れたまま私の言葉の続きを待ちます。
レイ様の言葉では、彼らは貴族としての私の振る舞いに期待しています。
ならば、そのように動かなくてはなりません。
出来るだけ重々しくなるように意識し、彼らに面を上げるように命じてから言葉を続けます。
「あなた方の命を守るのは我が家の流儀であると思ってください。
戦が終わった以上、捕虜は一兵卒に至るまで安全を保証されなくてはなりません」
実はこれはレイ様、アイ様の流儀なのですが、今後は我が家の流儀にもなります。
甘いと言われようが良いのです。
少なくとも今は武力でも資金力でも“それ”ができるのですから、通させてもらいます。
とは言っても、
「敵を甘やかし舐められるだけでは、またも領を狙われる原因になります」
というオルドスからの言葉もあって、彼らにはたっぷりと仕事をさせることにしました。
「しかし、本来の敵に我々の糧秣を
ですので貴殿らには冬の間、相応の労働をしていただきます。
命の危険のある仕事や無理な労働でないことは約束しますが、理由なく仕事を逃れようとするものがいた場合、その責は指揮官に帰すものと思ってください」
「ハハッ!」
彼らの声がそろいました。
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