第42話 停戦交渉③


「ゴルディッツ殿には死刑を宣告しますが、執行は来年春の叙爵式の後とします。

 これはフライファエド家が王国法の執行機関として正当であることを求めての事です。異論は認めません」


 宣告を一気に言い切って、これで良いのか、とばかりに不安げに俺を見上げるエステルに、よくやったとの意を込めてゆっくりと頷いて見せると場の空気が一気に弛緩する。

 同時にひとりのすすり泣く声が執務室内に長々と響き渡った。


「お、温情、お慈悲に感謝致します……」

 床にへたり込んで泣きながらもしっかりと礼を言うのは副官アーデルトラウトである。

 彼女はこの宣告の意味をはっきりわかっていた。


 今から数名の兵士を戦闘結果の報告にゼンガーリンツの領都に帰したところで、年内に侯爵の詫び状をたずさえて戻って来ることはできない。

 数日後には降り出すであろうこの地の雪は主街道の所々を完全に覆い隠してしまうからだ。

 だが、春になって街道が使えるようになれば侯爵との連絡が取れる。

 そうなれば後は貴族家同士の話し合いで “不幸な誤解があった” として、誰の命も奪わずに手打ちが成り立つのである。


 無論、ゼンガーリンツ侯爵家はフライファエド騎士爵家に大きな借りを作ることになるが、いざとなれば高位貴族の政治力を使って金で解決することもできる。


 当然だが、それは彼ら62名の兵士が捕虜として春までこの地で生き抜くことさえできればの話だ。

 だが、逆に言うならそれさえ乗り越えたならば、ひとりと欠けずに無傷でゼンガーリンツ領に帰ることができるのだ。

 これが泣かずにいられようか。


 のろのろと立ち上がったアーデルトラウトにゴルディッツは自分の肩から引きちぎった指揮官章を差し出す。

 両手で恭しくそれを受け取った彼女は身体を180度回転させ、椅子に掛けなおしたエステルに対して再び深く頭を下げる。

「ただいま、わたくしことアーデルトラウト・デビアス・フォン・フォッカーが60名の兵士の指揮権を引き継ぎました。

 我々“ゼンガーリンツ北方派遣隊”はフライファエド家に降伏いたします。

 厚かましくも騎士、兵士としての名誉ある扱いを願い入れます」


「……善処しましょう」


 こうしてエステルの返答とともに降伏文書が交わされ、ようやく戦闘は幕を閉じることになったのであった。 



      ◇     ◇     ◇     ◇



 兵士たちに停戦交渉の成立を伝えるために屋敷の正面広場へと向かう。


 その中で俺は国綱にオルドスとコンビを組んでもらい、エステルの警護を任せることにした。

 オルドスは国綱と動くことを好ましく思ってはいるが、自分が国綱アイの行動を縛れるかどうか不安に思っているのも確かで、国綱アイへの指示がどうにも哀願じみていて少し笑ってしまう。

 例えば『精霊様は私の前から動かずにいてくださいよ。約束ですよ』と言った感じである。

 まあ、国綱も突出するにしても度がすぎることは無いと思う。

 それに、いざとなれば脳内ブレインインターフェイスでの命令オーダーもできるのだ。心配し過ぎることも無いだろう。


 広場に出た俺たちは捕虜たちから見ても分かるように上下関係を示すための隊列を組む。


 まず国綱が露払いとして少し前を歩き、次に俺とオルドスが前後になってエステルを守るように進んだ。

 その後ろを手枷を付けたゴルディッツとアーデルトラウトが着いてくると、最後にロッコが後方を警戒する形で殿しんがりを務める。


 そうして表広場をゆっくりと進む俺たちを最初に見つけたのはドリュー達、庭師見習い3人組であった。

 彼らはほとんど半泣きで駆け寄って来たのだが、列の中央に俺の顔を見つけると後は抗議の嵐である。


「いくら縛られてるからって、俺ら3人で60人の見張りはひどいですよ!」

「ずっと睨まれてたんですよ!」

「いつ縄を切って襲いかかってくるかと思うと、もう、恐ろしくて恐ろしくて!」


「いや、すまんすまん。でも、あの縄は絶対に切れんよ」


 いやまったく、いくら簡易とは言え複合炭素繊維製の拘束ひもが人間の力で切れてたまるか、である。


 しかしながら彼らにとって紐は紐以上のものでは無い。

 違いがわからない以上、尖らせた口吻こうふんはなかなか平たくならなかった。


「そうは言っても………」


 そう食い下がるドリュー達に対して、俺は彼を納得させる分かり易い一言を繰りだす。


「それにな。アイがずっと見張ってたんだよ。侯爵の部屋のアレ覚えてるだろ?」


「あっ!」


「つまり、いざとなればあの電撃がバチンって訳だ」


「なら、最初に言ってくださいよぉ!」


「あれ、言わなかったっけ?」


 ふくれっ面になる3人をなだめつつも、ライトを付けて芝地を照らすように命じる。

 これはアイに遠隔操作でやらせても良いのだが、彼らにも仕事を与える必要があるのだ。


 広場全体を高い位置に設置した4つのライトで照らすと捕虜たちが大きくどよめく。

 これほど明るい魔石ランプなど見たことはない、という声がチラホラとする。

 これもそのはず、こいつは揚陸艦ふねからもちだした野営陣地用のライトだ。

 この世界の製品とは光量の桁が違うのだからして、彼らが驚くのも当然だろう。


 それにしても屋敷の裏の森に隠した爆撃機からのレーザー送電だからか、やけにパワーがあるなぁ。

 ホント、無駄に明るいわ。少しばかり放電でもしとけ、とも思う。


 さて、その明かりの中、手枷をつけたままではあるが、俺達に挟まれるように指揮官と副官が近づいて来ると、まず兵士たちは大きく安堵のため息を付き、それからゴルディッツの無事に涙する者まで出てくる。

 “意外と”というべきか“やはり”というべきか、ゴルディッツは兵士たちからの人望が厚いようだ。

 彼の無事な姿によって、へし折られていたはずの兵士たちの気分が高揚しているのが、はっきりと伝わって来た。

 しかし同時に、彼らの中から、この場での処刑も在り得ると警戒する声が聞こえる。


 やはり彼らも今回の戦いは無理筋の押し込み強盗的な行為だと知っており、負けた以上、隊長への懲罰は即時死罪をも含めた厳しいものになる、とわかっているのだろう。

 彼が館から生きて帰ってきたことですら信じられない事であり、同時に不安な事でもあるのだ。


 その後、ゴルディッツの死罪執行を延期したままの停戦合意が成立ったことを知った兵士たちは降り出した雪に身体を震わせながらも喜びに沸いた。


 だが、冷静になってみると春までの数カ月間、自分たちはどのように扱われるのかが気にかかる。

 分隊長と思しき何人かの兵士は遠目に見える納屋に目を向けて、「あそこか?」「でかいが、全員は無理だろ?」などと言った後に、「軍用布はどれくらい持ってきてる」「テント用の麻布はあまり多くはない」「十人長6名が集まればすぐに物資の確認ができる」などと次善策をすぐさま相談し始めた。


 彼らはよく訓練されており、危急に際しても混乱せず常に正しい対応策を考えることができる良い指揮官と、その話し合いを静かに辛抱強く待つことができる兵士達である。

 普通に戦えばゼンガーリンツ侯爵軍は間違いなく「強く逞しい軍隊」であることが、彼らの会話と態度だけでも十分にわかった。


 だが、彼らは運がなかった。

 相手が悪かった。

 未だに何故、どうやって自分たちが負けたのかを理解できない者も多いだろう。


「ちょっと……、かわいそうだな」


「は? あ、あの、な、なにか仰いましたでしょうか、エマーソン殿?」


 アーデルトラウトが俺の小さな独り言に気づいた。 

 どうやら部下たちの話し合いに何事か不興を買う言葉があったのか、と恐れたようだ。

 酷くへりくだっては、おどおどと問いかけてくる。

 あと、こいつは俺をファミリーネーム家名で呼ぶのでなんだがへそが痒くなる。

 傭兵時代には上司や雇い主からファミリーネームを呼ばれることはいくらでもあったが、ここ数年それも無いため、なんだか昔に戻ったようで落ち着かないのだ。

 とは言え、馴れ合うよりは良いと流れに任せた。


 先程の執務室での一幕では、国綱とこの女のお陰で張り詰めた空気が一気にギャグ空間になってしまった。

 場を引き締めるにはこの誤解もちょうどいいだろう。

 だから俺は首を横に振ってわざと朗らかに答える。


「いえいえ、ミス・フォッカー。実に良い兵士達だ、と感心していたんですよ」


「あ、ありがとうございます」


 弾むような声色で答えたアーデルトラウトだが、そのまま終わらせる気はない。

 俺はあえて彼女の背中に氷柱を投げ込むような低音で続きを声にする。


「願わくば、良い捕虜でもあって欲しいものですね。

 せっかく死者をゼロに抑えているのですから、今後もそれが続いて欲しいのでは?」


 これは効いたようだ。

 卑屈に丸まっていた背筋がピシリっと伸びて直立不動で返事を返す。


「も、もちろんです。

 全員を生かして故郷に帰すのが私の役割です!」


 Goodだ。

 それでいい。せっかく兵士たちが矜持を失わずに居るのだ。

 彼女にも誇り高くあってほしいと思う。


 だから、ドリューに命じて彼女の枷を解くと、右手に持っていた布包みを開いて中身を彼女に差し出した。


 俺の右手に水平に持たれたそれを見てアーデルトラウトのみならず、いよいよ激しくなる雪に少なからず声を発し始めていた彼女の部下たちまでもが一瞬にして固まる。


「そ、それは……」


 そう、俺の手にあるのは彼女の剣である。

 美しく象嵌ぞうがんされたサーベルをくことは一般兵士がショートソードを腰に差す事とはまるで意味が違う。

 それは彼女が騎士であり士官である事を示す、重要なアイテムでもあるのだ。


「見ての通り、あなたの剣ですね。お返しします」


「な、何故!」



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