第41話 停戦交渉②
ドアに向かって歩を進めた途端、何かが俺の左足をがっちりと抑え込んで前に進むのを
急に足首まで固められたため、思わずつんのめって倒れそうになったが辛うじて踏ん張った。
「おい、なんだ!」
驚きとともに視線を真下に向けると、そこには膝を折った国綱が両腿と両腕を使って、
俺の膝下にガッチリとしがみ付いている。
「な、何をしてるのかな~、
やわらか~く問いかけたのだが、奴は半眼上目遣いで俺を責め立てるように睨むだけだ。
「だから! 何なんだよ、お前は?!」
「んゅ、おかしい……」
「は?」
「んぅ! だ~か~ら~! おかしーのっ!」
大声で叫ぶ国綱にエステルまでもが椅子から腰を浮かせて俺の足元を見る。
今や室内の視線はこいつひとりに集められてた。
「なにがおかしいってんだ! そこどけよ!」
嫌な仕事はさっさと終わらせたいと言う気持ちが先立ったのか、いつになく刺々しい口調で俺は國綱を抑えようとする。
この状況では当たり前だが、嫌な予想が立ってしまう。
もしや、コイツ、戦闘が終わったんで妙に人の良い人間部分が表に出て来たんじゃなかろうか、と。
そして、その予想は見事に当たり、奴は静かに
「んぅ~、あのねぇ! レイはこの作戦の重点の最初に“殺さない”って言ってたよねぇ?」
くそ、やっぱりそこを突いてきたか。
だが、それがどうしたとばかりに開き直って見せる。
「ああ、言ったよ! 確かに言った!
だが、こうなった以上、仕方ないだろ! それにアレはお前に与えた戦闘条件だ!
こいつは戦後処理の問題だし、命令権者である俺には当てはまらん!」
「んっ、レイはそんなこと言う人じゃないでしょ~? 約束はちゃんと守るよね~?」
「守りたくても守れねぇんだよ!」
「それ嘘だ……」
「べ、別に嘘なんか……」
ふと気づくと、室内の視線が俺に集まっているのに気づく。
オルドスやロッコは身を乗り出すように俺を見ている。
姿勢を崩さずにいるウィルですら、その目は期待に満ちている。
更に事務机から完全に立ち上がったエステルなどは、胸の前に両手の拳を添えて何度も頷いては俺になんとかして欲しいと無言の圧力を加えてきた。
くそが!
と、次の瞬間、右足までもが左足と同じように拘束される。
ゼンガーリンツ軍の副官であるアーデルトラウトが国綱よろしく俺にしがみついてきたのだ。
手枷があるので手を回せないから仕方ないのだろうが、自分の脚を俺の脚に絡ませて抑え込んでくるのはやり過ぎだ。
絶対に年頃の娘がやっていい行為ではない。
だが、彼女はそんなことは全く気にしていないようだ。
「お願いします。お願いします。お願いします!」
必死で訴えてくるその瞳はもはや狂気じみたものすらあった。
「なんでもしますから、隊長を見逃してやってください。お願いします!」
「ば、馬鹿! フォッカー! お前は引っ込め!」
流石にこの状態にはゴルディッツも黙っていられなかったのだろう。
枷をつけたままの手でアーデルトラウトを引き剥がしにかかるが、彼女の足はガッチリと俺の右足を挟み込んで動かない。
「フォッカー、離せ!」
「お願いします、お願いします、お願いします!」
「うそつきぃ~!」
もう滅茶苦茶である。
なんだか面倒臭くなったのは否定しない。
だが、この状態は形式上でも真面目に戦闘を進めていたふたつの貴族家の停戦交渉にふさわしい光景には思えないのだ。
だから、
「お前ら全員、静まれぇい!」
大声一喝で身体からふたりを引き剥がし、エステルに向かって歩いて行く。
床に転がったふたりのうちのひとりであるアーデルトラウトを支えるゴルディッツが大きくつばを飲み込んだ音が響く中で、俺は彼の延命策をエステルに耳打ちしたのであった。
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