第45話 もうひとりの従卒
「捕虜たちに何の仕事をさせるか。こいつは大きな問題だよなぁ」
会議の前に部屋で独り言のように俺が呟いた言葉を
それは自分が考えるのだ、とばかりにアイディアを出してくるが、これが本当に
「んにゅ、あんねぇ、穴ぁ掘らせるぞ」
「で、どうすんだ?」
「掘り終わったら埋め戻させるんだぞ!」
「は?」
「春までこれを繰り返すぞ~!」
「春まで半分が生きていると良いよなぁ! 却下だっ!」
有名な精神破壊用の旧ソ連の拷問じゃねーか! こいつの頭の中、どうなってんだ?
「うゅ~、謎の回転棒を地面に突き刺して、それを集団で回させるぞ~」
「何のために?」
「意味は無いんだぞ!」
だからッ! 意味のあることをさせろ、と言ってんだよ!
「んゅ~、水に付けた小麦粉を力いっぱい練らせて、まな板に打ち付けさせるんだぞ」
「単なるうどん作りだろ!」
「意味あるぞ」
「ありゃ良いってもんじゃねぇ! 毎日うどん食わす気か! あいつら香川人か!」
繰り返す。本当に碌でもない……
だが、その会議の前に、もう一つ解決しなくてはならない問題があった。
そのために今日は領主館の敷地の端にあるひとつの家を訪ねる。
もう少し早く来たかったのだが、オルドスからの助言で延び延びになっていたのである。
ここは
彼は2か月前の
ケガをした当初は命も危ぶまれ、エステルもメイドたちともに看護に付きっ切りだったようだが、今では随分と回復しているようだ。
また念のため艦の医務室から抗生物質や栄養剤も引っ張り出して使わせている。
オルドスからの報告を聞く限り、すでに心配はないだろう。
ただ、馬上戦闘を得意とした彼にとって足を失ったことは自分の価値を半分以上無くしたも同じであり、一時は自殺も企てている。
その時は彼が妻と揉めて騒ぎになっていたところを隣にある自宅にいつもよりも早く帰ってきたオルドスに見つかり、目論見が失敗するなどして今に至っている。
その当時よりは落ち着いてはいるそうだが、完全に克服するにはまだまだ時間が必要であろうというのがオルドスの目立てだ。
つまりは俺や国綱との対面が延び延びになっていた理由がそれなのである。
ローガンの家にやってくると、ふたりの若い女性が出迎えてくれた。
ふたりは、それぞれオルドスとローガンの妻だそうで、俺もアイも彼女たちに会うのは初めてだ。
彼女たちは、フライファエド家の郎党ではあるが家人ではないので、本館に出入りすることは殆どないのだという。
前回のパーティぐらいには来てほしかったが、ローガンが今の状態では、互いに助け合って生活している彼女たちに、そのような心の余裕は無かったのだろう。
より若い方で、ローガンの妻だという女性に案内されて家に入ると、椅子に座り杖に寄りかかっていた細身の男がジロリという感じでこちらを睨む。
オルドスが筋肉質でパワフルなタイプだとすれば、このローガンはスピードを重視して戦うタイプであったのかもしれない。
だとすれば片足を失ったことは普通以上に
ともかく挨拶をする。
「訳あってひと月ほど前からアステリア様に世話になっているレイ・オオタカ・エマーソンだ。
レイとでも呼び捨ててくれ」
「客人だと聞いている。それにこちらは貴重な薬を始めとして日々の贅沢な“まかない”まで恵んでもらっている身だ。
流石に呼び捨てるという訳にはいくまいよ。なあ、レイ様」
たっぷりと嫌味と敵意を含んだ声が返って来る。
過去にこの手の対応を受けたことがない訳でもない。
また、ローガンが何を狙って俺に敵意を向けているのかについても、“もしや”程度の予想ではあるが、心当たりがない訳でもない。
そのため今は“彼の敵意を受け流すべきだ”と考えたのだが、その俺を置き去りにしたまま怒号を発した男がいた。
「無礼だぞ、ローガン!
レイ様はアステリア様の命の恩人だと言ったはずだ!
それに“外国の”とは言え、
貴様は分をわきまえろ!」
そう、オルドスである。
こいつは先だってのパーティ以来、何故か俺や国綱をエステルに次ぐ「フライファエド家の一員」と
おかげで行動しやすいのはいいのだが、なんだか少し怖いぞ、と感じるのも事実だ。
あと、俺と国綱が魔法を使えると信じているので、それがそのまま貴族としての承認条件にもなってしまっている。
科学技術を魔法と誤魔化してきたが、なるほど、こいつが俺に従う最大の理由はこれかも知れんな。
真面目な奴だからなぁ、などと関係のない事を考えて一瞬呆けていたのだが、次の瞬間、いきなり目の前に土下座姿の女性が現れた。
いわゆるスライディング土下座というやつである。
「お、お、お許し、く、ださい。い、今、この、ひ、ひとはふつうじゃ、ないんです!」
錯乱して最後の言葉だけを叫ぶように訴えるのは、さっき案内してくれたローガンの妻だという女性だ。
いまは頭を下げてしまっているため顔は見えないのだが、ずいぶんと若かった印象がある。
20代の初め頃だったのではないだろうか?
そういやオルドスの女房も若かったな。
う~ん、こいつらどうやって、こんな若い子を騙したんだろうな?
「うぃ、そりゃ失礼だぞぃ!」
いきなり心を読まれて驚くと腰の高さから国綱が俺を見上げて人差し指をチッチッチッという感じで左右に振って見せる。
言ってる事は正しいのかもしれないが、ちょっとイラついたので、ぶっきらぼうに反論する。
「なら、インターフェイスを悪用して人の心を読むのは失礼でないとでも?」
だが、こいつの口げんかの強さを甘く見過ぎていた。
「んゅ~、な~に
ボクはAIだよ。緊急事態でもないのに人間様のプライバシーを損ねられる訳ないでしょ!」
ゴルディッツ相手の煽り文句を数段グレードアップした文字使いで返してきやがった。
あと、内容も正当性の塊で返す言葉も無い……
だが、それなら何故? と問いかける前に、
「にゅ~、ボクの相棒は顔に出過ぎなんよ~!」
と優しい声色で厳しい事実を伝えてくる。
「ホントかよ?!」
「ほ~んと、ほんと、AI嘘つかない!」
「マジ?」
「マジ、マジよ~ん」
などと二人で掛け合いを続けていると、ふと視線に気づく。
そうっと振り返ると、そこには……
どうすればいいのかわからない、と言いたげな三対、六つの瞳が俺たちを茫然と見ていたのであった。
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