第36話 敵襲②


「エロ医務イム、エロ債務サイム、我は求め訴えたり、エロホン、イッサツ、カッテクーレ!」


 国綱が頭の悪い呪文を唱え始めるとドローンのプロジェクターによって空中にエフェクトがかかる。

 奴の周りに現れた円形の魔法陣文様が青とオレンジの光を振りまきながら輝き始めた。

 まあ、見た目は派手だがほとんどはハッタリである。


『そう、忍者ハッタリ君である』


「うるせぇよ!」


『んゅ、でござる』


 ドローンやナノマシンによる成果を魔法と認識してくれることを期待して展開させた魔法陣だが、狙い通りに敵方はこの目くらましに食いついてくれた。


 国綱を囲む10名の兵士たち。

 その中でひとりだけ胸元に飾り房を付けた長とおぼしき騎士が叫ぶ。

「ま、魔法が来るぞ! 火を警戒しろ! マントで顔を覆え!」


 判断は早いし対抗策を部下に伝える口調もしっかりしている。

 指揮官としてはなかなか良い。

 だが、合格点はやれない。


 自分たちの力を大きく上回ることが明確な敵が何らかの攻撃準備を始め、それによって自分たちに何が起こるか、まったく分からない。

 また、その準備行動を阻止する事もまったく不可能である。

 そんな時は素早く距離を取るべきだ。できれば全力で逃げるのが一番良い。

 それが何よりの正解なのだ。


 とは言っても、今更逃げられないのだから判断ミスもへったくれもあるまい。


 バチンと小さな音がすると、腕やマントを正面において魔法を警戒していた10名の兵士たちは糸が切れた操り人形の様に“くたり”と地に落ちた。


 こうなると流石のゴルディッツも平静ではいられないようだ。

 残った兵を密集体形にしてこちらの様子を窺う。

 ドローンによる中継で二階の広間に映し出されたゴルディッツと副官の会話はフライファエドの家人たちにも筒抜けである。

 場が一斉にわっと沸いた。


 対照的に狼狽するのはゴルディッツと副官を始めとしたゼンガ―リンツ侯爵軍である


「何がおきているんですか?」


 副官の問いかけに、やや投げやり気味に答えるゴルディッツだが、正面の国綱から目をそらすことは無い。


「魔法剣士であるお前にわからんことなら俺にもわからんよ。

 だがこのままでは俺たちそろって御屋形様に合わせる顔が無い事だけは分かるさ」


 それから自分の迂闊さを呪うようにうなった。


「それにしても、フライファエドの小娘があれほどの魔法士だと知っているものは誰か一人ぐらいはいなかったのか?!」


 そこでふとあることに気づいたように副官の若者に尋ねる。


「なあフォッカー、そういえば南集落長のグリーはどこだ?」


「後方に控えていますが?」


「あいつにあの娘の魔法について聞いたか?」


「もちろんです。ですが、あ奴は “あの小娘の魔法は小さな火をともせる程度だ”としか言っておりませんでした」


「……なあ、俺たちは奴にたばかられたと思うか?」


「まさか! そんな頭のある男だとは思えませんね」


「同感だ。だが、こうなれば奴の無能にも少しばかり救われるな……」


「と言いますと?」


「殺しても気がとがめん」


 広間に流れたゴルディッツの声は俺たちのいるバルコニーにもよく響いた。

 奴の声が耳に届いた途端、侍女のマリーは狂喜して、今にも踊り狂わんばかりに飛び跳ねる。

「何がどう使えるかは知りませんが、仰る通りですよゴルディッツさん!

 その無能、とっととっちゃってください!」


「マリー、いけません! 仮にもお父様ですよ!」


「お言葉ですが、お嬢様。

 あれが少しでも父親らしいことをしてくれていたら私も多少は気がとがめたんですがねぇ」


 ゴルディッツの友人のごとき侍女は、自分でも信じていない“実に残念だ”の気持ちを両肩をすくめることで表現し、その後は心底愉快そうに笑う。


 さて、今の国綱の攻撃はドローンによるものではない。

 それよりもずっと小さなナノマシンの放電で生み出された衝撃スタンだ。


 もちろん130万ボルトの放電を一基のマシン単独で行うと機体内部の回路も焼き切れてしまってその場で崩壊するが、ナノサイズのマシンの残骸が見つかるはずもない。

 やられた方が後で身体を調べたとしても何が起きたのかまるで理解できずに、その場に佇むだけだろう。


「さて、残り39人」

 脳内でのつぶやきではあるが、それでも微妙なニュアンスは通じる。

 どうやら国綱は俺が予定通りに進めることを迷っていると気づいたようだ。


『んにゅ? 全員捕まえる予定じゃ無いよね?』


 そう、数人は残して侯爵へのメッセンジャーになってもらうつもりだったのが、そうもいかなくなったのだ。

 自棄になった生き残りがグリーを殺しでもしたら、せっかくの不殺計画が台無しだ。

 だから、その理由を素直に伝える。


「うん。さっきのゴルディッツの言葉がな……」


『……? 

 あ~、もしかしてマリーっちのおとうさんがしんじゃうとかなんとかいう話かな?』


「そうだ」


『んぅ? 死ぬのはダメなん?』


「……お前、少しは人命について考えろ!」


『と、言われましてもわたくし戦闘用AIでしてでして』


「ま、まあ、お前の存在価値レゾンデートルを否定する訳じゃないんだがな」


 さて、何と言ってこいつに不殺を説くべきかと悩むが、目の前にいるエステルの憂い顔を見ているうちに自然と解決策が思い浮かぶ。


「なあ、あんまり人の生き死にを無視すると、せっかくできた友達に嫌われるぞ」


『!』


 これは効いたようだ。

 ならば、とばかりに追い打ちをかけてみる。


「それに、お前はこれからその体で生きていくんだろ? なら今以上に人間的な考えを身につけないとまずいんじゃないのか?」


『な、なるほどだよ。じゃあ、ボクの中のプログラムの変更が必要かな?』


 思わず、“それは良い考えだ”と言おうとしてやめる。

 下手にプログラムを弄り回して、こいつのアイデンティティになんらかの影響があったらと考えると少しばかり怖い。


 何事も慎重に進めなくては……


「ま、少しずつ勉強していってほしいかな」


『うぃ! んでは、残りもかたづけますぞ!』


「ああ、頼む」


 脳内で奴との会話を終えた次の瞬間、門の外に少しばかりの閃光が走った。




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