第37話 牢の中のふたり①
いつのまに気を失っていたのだろうか。
目が覚めると牢にいた。
身体がやけに
横たわったまま部屋の中をぐるりと見まわすと窓がないことから地下牢だと分かった。
太陽の光が入らず魔鉱石の光だけが部屋の中を照らすが、牢内だけでは無く牢の前の通路にも明かりを灯していることに気づく。
フライファエド家には魔鉱石の明かりをこれだけ贅沢に灯せるほどの財力などあったろうかと驚くが、こうして実際に明かりが灯っていることは事実だ。
先だっての戦闘といい、どうやら俺たちは
「隊長……、ゴルディッツ隊長!」
呼びかけられて、ようやく自分以外の人間がいることに気づく。
身体を起こそうとするが手足が上手く動かない。
無理をするな、とばかりに俺の身体に伸びて来た手には、いつも奴が
手袋とともにトレードマークであった羽根つき帽も失い、特注軍服もズタズタになった副官のフォッカーが泣きそうな顔をして俺をのぞき込んでくる。
服装のみならず、常日ごろには帽子の中に納まっているはずの青み掛った黒髪も泥まみれになって哀れとしか言いようのない姿だ。
「貴様も無事だったか。まあ、それは良いとして、お前なんでそんなにボロボロになってるんだ?」
「隊長、そういうことは、まず自分を見て言ってください」
言われて自分を見直すと、確かに酷いものだ。
剣が奪われているのはもちろんだが、軍服はフォッカーと同じに裂けたようにボロボロになっている。
それどころか全体が雪と泥にまみれ、汚らしい事この上なかった。
服は冬用に厚手の生地であったことが幸いして、完全に裂けてしまってこそいないが、これではボロを着た物乞いと変わらない。
この牢には俺とフォッカーの二人しかいないが、他の連中はどうなったのだろうか?
いくら負けたとはいえ、すぐに殺す、ということもないと思うのだが……
……負けた?
その言葉が頭に浮かんだとき、ようやく自分たちが負けたことを自覚した。
何故か今の今までその事実が自分の中に入り込んでくれなかった。
だが、認めなくてはならない。
そうだ、俺たちは負けた。
たったひとりの少女に完膚なきまでに叩きのめされた上で負けたのだ。
その事実が重くのしかかって来る。
数十人の兵士ひとりひとりが人形のように軽々と打ちのめされ、終いにはバチッという音と光を体に受けて全員がまったく動けなくなってしまった。
それから、奴らは俺たちをひとりずつ縛り上げられていったが、その扱いは決して丁重とは言い難いものだった。
指揮官である俺も特別扱いはされず、後ろ手にされた上に両足首を綱で結わえて引きずられていくうちに何度も地面に顔や頭を打ち付け、それで気を失ってしまったようだ。
どうせ捕虜にするなら歩けるようになるまで待ってくれてもいいじゃないか、などと厚かましい不満が心に浮かぶ。
もちろん浮かんだだけだ。
決して口にはしない。
俺たちは言いがかりをつけて土地を奪いに来た。
しかも徹底して侮辱した上で、だ。
これでは相手の怒りが相当なものであるのは当然だ。
降伏勧告をした上に戦闘の指揮を執った俺が生かして帰してもらえるなどとは思わない。
だが、言葉一つの間違いで今以上にフライファエド嬢を怒らせ、部下の命まで奪われたのでは死んでも死にきれないのだ。
ふと手に痛みを感じて、そこに目をやると甲の側に激しい裂傷があるのに気づいた。
頭の痛みに手をやると髪の毛が剥げたのか、ごわごわとした感触から血が固まっていることが分かる。
同時に薄い布製の手袋が額から滑り落ちた。
なるほど、フォッカーは自分の手袋を水に浸してタオル代わりにしてくれていたらしい。
こいつはときおり俺に毒を吐くこともあるが、ふと甘いところも見せる。
今回は後者のほうが出たようだ。
頭の傷はコインの大きさ程度のわずかな範囲だが、ここにはもう二度と毛髪は生えないと気づいて少しばかりへこんだ。
とはいえ、戦場で怪我は付きものだ。
これくらいなら無傷も同じである。
これから拷問を受ける可能性もあるが、今は指一本欠けることなく生きていることを喜ぶべきだろう。
或いはここで刑死するにしても遺体は綺麗な状態で返却してもらえるかもしれない。
妻と娘には棺の中ででもきれいな顔を見せて別れられないだろうか、と淡い期待が胸をよぎる。
それから身体の傷を調べ直して、“問題なし”と一息ついたとき、フォッカーが呟く。
「私たちは、どうなるんでしょうか?」
どうやら同じことを考えていたようだ。
だから、正直に答えてやる。
「俺一人の
死体の処理にも人手が必要だ。すぐに雪も深くなる。
そうなれば村人をむやみに労役に使う訳にもいくまい。
あちらも見せしめは最低限にしたいだろうと思うぞ」
安心させるようにゆっくり低い声で言ったつもりだが、フォッカーの不安げな顔色は晴れない。
それどころか首を横に振るといきなり痛いところを突いて来た。
「そうは言いますがね。こうも予想が見事に外れるとあんまり楽観できないんですよ」
それからついでの様に付け加える。
「何より隊長ひとりを犠牲にして帰るというのも納得しかねます」
「それでも相手の出方が不明となれば、お前ひとりでも逃げて欲しいんだがな」
「いえ、それがですね。
隊長が眠っている間に試してみたんですが、この牢屋、対魔法障壁が掛ってるようです。
魔法が発動しません」
「部屋全体に対魔法を掛けるとは、随分と金の掛った牢屋だな」
驚きに目をむいたその時、通路の奥から良く響く高い声がする。
「んぅ~、魔法が使えないのは牢屋だけじゃないよぉ~」
一瞬、妖精が人に姿を借りて現れたのかと
妙な息継ぎのある喋り方とともに姿を現した褐色の肌と銀の髪を持つ少女は、ただ美しい存在であった。
あっけにとられるとはこのような事を言うのだろう。
だが次の瞬間には、今以上に妙な事が起き始めたのである。
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