第34話 君の瞳に故意してる?


 ゴルディッツが帰ると俺たちは少しの準備をして2日後を待った。

 昨夜から降り積もった雪を反射して朝日がひどくまぶしい。


 あちらの動きや行動の予定は監視用ドローンでこちらに筒抜けなので、特に緊張の中に待ち受けるという事も無い。

 館の全員が普通に生活し、敵襲の3時間前にミーティングのため大広間に集まっただけだった。


 全員が集まったところで、あるものを見せて戦いの方針を示す。

 既に話を通してあったエステルとオルドス、そして侍女のマリーの3人だけは複雑な顔をしつつも平静を保っていたが、その他の全員は驚きのあまりパニックになった。


「お、お嬢様がふたりいる――――――――!」


 特に大声を上げて皆の驚きを代表したのは最年少メイドのリーンであった。

 彼女はまだ11歳の子供である。

 本来なら許されない事だが、ぶしつけにも同じ顔のエステルが2人で並んでいる真ん前に近づき、左右の顔を交互にきょろきょろと覗き込んだ。


 慌てたメイド長のヒルダが文字通りに首根っこをひっとらえて家人の列に引き戻す。


 その様子を見て2人のエステルは同じ顔を見合わせて笑った。


 異様な光景だが当然ふたりの内のひとりはアイこと国綱の変身である。


 こいつのマテリアルボディとは即ち“疑人体”である。

 つまりは文字通りに偽物の肉体だ。

 人工細胞と微小電子機器ナノマシンを融合したサイバネティクスの結晶体は見た目も芸術品だが、中身はそれ以上に高機能である。

 様々な能力のひとつとして、外見を完璧に変えるぐらいの事は朝飯前にこなしてしまうのだ。


 とは言え、ふたりの見分けが全く付かないのも困るので瞳の色だけはエステルの青色ではなく国綱オリジナルの緑色にとどめておいた。

 だから冷静になって良く見れば、違いはすぐに見つけられる様になっている。


 予想通り家人の全員がすぐにふたりを見分け、彼らの主であるエステルも安堵したところで話を続ける。


「家令のウィル、従者のオルドスの他にも何人かは知っているし、館のみんなも薄々は気づいているだろうが、実は俺と国綱は魔法使いだ。

 この変身を見ても分かる通り、特に国綱は普通より数段上の魔法使いと言っていい」


 そう切り出して、まずは全員に国綱がこの国の一般的な魔法使いである“魔法士”よりも上位の存在である“魔導士”であると説明する。


「そういう訳で、国綱の変身の魔法を使って奴らにはちょいとばかり痛い目に会ってもらう」


 俺が宣言すると屋敷全体が“わっ”と沸いた。


 今や嘘に嘘を重ねているが、もうどうでも良い。

 この世界で国綱を安全に生かすにはこのフライファエド家の権勢を盤石にして、その家名の下にこいつの身分を保障させるしかないのだ。


 もちろん、こいつの身体を傷つけられる奴がいるなんて俺は思っちゃいない。


 肉体的な強さはこの惑星上のどの生物より上だろう。

 何より、こいつの本体であるAIプログラムは惑星周回軌道上4万kmにあるコルンムーメ内部の有機コンピュータにあるのだから、仮に地上のマテリアルボディが粉砕されても微塵も痛みを感じることはない。

 必要なら改良された次のマテリアルボディを地上に降下させればいいだけだ。


 神話の神の子の復活の様に。


 だが、本当の問題はそんな事じゃない。


 国綱は戦略・戦術AIとして生まれたため本質的に戦闘を求める傾向がある。

 善悪ではなく戦略・戦術学習プログラムを搭載する以上、これは仕方がない。

 反面、今までは俺が人間相手の戦いを避けてきたことや国綱の持つもう一つの特性としてのお馬鹿な人間性もあって、戦闘について特に過剰な欲求を見せてはいない。


 だが、仮に、だ。


 数度のあるいはただ一度の戦闘によって、こいつの“心”がまるで戦場で壊れてしまった人間の様に常に戦いを求めるようになった場合、どうなるだろうか。


 今の能天気な国綱であってくれるのだろうか?


 無機質な戦闘の機械となって人間の命令を粛々と受け入れるだけだろうか?

 いや、それどころか逆に人間を戦いの駒と見做してこの世界全体を戦乱の渦に投げ込んでもおかしくはない。


 俺はそれを恐れている。 

 だから国綱に殺しはさせない。

 博士との契約の問題だけではない何かが俺を動かしている。


 例え作り物であっても、あの緑の瞳が濁るようなことになって欲しくない、と心の中の何かが俺にささやくのだ。


 国綱を暴走させない為には今まで以上に人間的な生活を続けさせなくてはならない。


 そのためにもフライファエド家には安泰でいてもらうしかないのだ。





「……様、……レイ様?」


「あ、ああエステルか、すまん。ボーとしてた」


 あわてて苦笑いでごまかすが、それに対してエステルは素直な笑顔を返してくれた。


 国綱のすね蹴り攻撃に音を上げてアステリアを最初に“エステル”と呼んだとき、声がぎこちなかった為だろうか、少し驚かれた。

 それでも彼女は顔を真っ赤にしながら微笑んで返事を返してくれた。

 それ以来エステルと呼ぶことになったのだが、未だに少しぎこちないかもしれない。


 考え事に入り込んで呼ばれているのに気づくのが遅れるなど、傭兵時代にはまずありえなかった事だ。

 連邦研究所や軍から逃げ切ったことで少しばかり気が緩んでいるようだ。

 引き締め直すべきだと思ながらも、エステルと一緒に笑って同じ方向を見る。


 俺たちの視線の先にいる国綱の周りにはフライファエド家の家人が群がって、瞳の色以外のエステルとの違いはどこかと、間違い探しに盛り上がってワイワイとにぎやかだ。

 当の国綱も見られることにまんざらでもないようで、エステルの顔でツンとおすましして見せた。

 それを見たエステルが必死になって俺に妙な言い訳を始める。


「わ、わたし、あんな顔しません! ほ、本当です。レイ様、信じてください!」


「ああ、わかってる大丈夫だよ。でもああいう顔も可愛いんじゃないかな?」


 なだめるために言ったのだが、真っ赤になった彼女は俺に一礼して、そのまま顔をあげることなくきびすを返すと、小走りに部屋を出ていってしまう。

 後を追うマリーが俺の方をかるく振り返り、わずかに口角を上げたが果たしてあれは何なんだろうか?


 ともあれ早く戻って来てくれないと準備の話が進まないぞ、と少しだけ焦った。




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