第33話 決戦は石曜日


 驚いたことに、この世界にも曜日はある。

 少し違う点は日曜から土曜に当たるものが、それぞれ聖、風、火、水、木、石、土となっていることだ。

 つまり日と月と金がなくなり、それぞれ聖、風、石が代わりを務めているわけだ。


 地球とはなんのかかわりも無い世界なのに何故かよく似ている。

 人類って奴はどこでも似たような概念を生み出すものなのかね。


 そして本日は10日の火曜日である。


 6日に初雪が降り始めてから4日目、降雪の合間を縫うかのように彼らはやってきた。


 とは言ってもいきなり軍勢で押し寄せてきたわけではない。

 くだんの隊長殿が軍使として屋敷を訪問したのである。


 兵卒を平服にして先ぶれを出し、自身の訪問を伝えた後に騎士にふさわしい礼服を着用しての来訪だった。

 これだけを見れば彼らのエステル捕縛後の姿勢は楽観視できるものだ。

 おそらくはある程度、丁重に扱う予定であるとは思う。


 だが、その丁重さは果たして貴族としての扱いを保証するものだろうか?

 彼らの目的を考えると、俺にはとてもそうだとは思えなかった。


「立ち合おうか?」


 念のために、護衛として対応に加わるかを問うとエステルは気丈にも首を横に振る。


「我が家にはウィルとオルドスもおります。

 初めからレイ様のお手を煩わす訳にはいきません」


 なるほど確かに、いきなり俺がしゃしゃり出たのでは、家令のウィルはともかく従卒のオルドスのメンツは丸つぶれだ。

 従卒というのは即ち護衛でもあるのだから外部の騎士を相手にするにあたって彼の頭を跳び越えるような行いは面目に関わる。


 先だって俺は領民を相手にしてエステルの立ち位置を確認するための小芝居を主導させてもらった。

 だが、あれはあくまで集落長たちが何を考えているのか、どうしても掴めなかったオルドス自ら俺に役割を譲ってくれただけである。

 いくら俺が精霊の身内とはいえ、領民に睨みを効かす役割を担ってきた彼にとっては内心、忸怩じくじたるものがあっただろう。


 この話し合いは確実に茶番だが、それでもこれ以上は彼の役目を奪う訳にはいかない。


 という言う訳で、今回はドローンを使って隣の部屋から彼らの会話を見張らせてもらう事になった。


 応接室に通された隊長は自身をガーソン・ゴルディッツと名乗った。

 騎士身分ではあるが彼は騎士爵ではない。

 侯爵によってじょされている陪臣騎士である。

 これは、中央に行けば平民と見なされてもおかしくはないほどの低い身分にすぎない。


 ならば本来は国王直臣の騎士爵であるエステルに対しては跪いてでも礼を示さなくてはならないが彼はそんな素振りすら見せなかった。

 どうやら最初に危惧した通りの流れになりそうである。


 応接室は小さなテーブルを挟んで独り掛けのサヴォナローラ椅子が向かい合わせに置かれている。

 そこに腰掛けたゴルディッツはエステルが入室しても礼を示すどころか、座って足を組んだまま立ち上がろうともしない。

 速い話がエステルは単なる土豪であって王国の騎士とは認めないぞ、というシグナルを送ってきたのだ。

 いや、それどころかその身分についてはっきりと口に出してきた。


「黒森の西一帯の“地主”であられるアステリア・フライファエド殿にフェルダーン地方領主ゼンガ―リンツ侯爵より来年以降の納税の命令を伝えに参りました。

 また、南集落の長より貴家が地代以外にいわれのない労役を課して来ると訴えがありまして、それが事実かどうかの取り調べを行いますので、ひとまず家長は領都ベルガモンに出頭するようにとの通達もあります」


 予想していたこととはいえ、あまりの無礼な言葉にエステルとオルドスの顔は怒りで赤らむ。

 それでもエステルが声を荒げずに対応できたのは立派と言えた。


「ゴルディッツ殿は何か勘違いをなさっておられるようですが、この地は代々、我がフライファエド騎士爵家の領地であり、南集落の民は我が領民です。徴税も労役の普請も領主の命令として正当なものです」

 そう毅然として言い返したまでは良かったが、次のゴルディッツの言葉で思わず激高してしまったのはやはり幼さからのものだったのだろう。


「フライファエド騎士爵家はアウグストス殿の死亡をもって断絶されておりますな」


「陪臣風情が無礼な! 口を慎みなさい!

 フライファエド家はわたくしアステリアが12代目の当主として国王直臣を引き継ぐことが決まっています!

 またフロイド・マーデリン男爵を通じて国王陛下の証書も下賜されています!」


 エステルの怒りもどこ吹く風のゴルディッツは涼しい顔のままに言葉を返してくる。

「ほう、ならば、その証書、是非とも拝見したいものですが?」


 だが、ここでエステルの後ろに控えるオルドスがようやく口を開く。

 もとは王都でも名うての剣士だっただけあって静かながらも怒りを漂わせると、その迫力は尋常ではない。

 誰の目にも体中から青い炎が立ち上っているかの様な錯覚が起きるほどであった。


「平民風情のゴロツキに王家の紋章を見せる筋合いなど無い。

 迂闊に表に出した途端、魔法で燃やされでもしたら、それこそ目も当てられんからな。

 我らは来春、証書をもって王都の紋章院で爵位継承式に参列する。

 侯爵殿ゴロツキの親玉へは、当領内への口出しなど今後は控えられたし、と伝えよ」


 そう吐き捨ててゴルディッツを睨むが、睨まれた側も引く素振りを見せ無い。

 ついには宣戦布告ともいえる一言を発してエステルの身柄を要求してきた。


「明後日にフライファエド嬢をお迎えに参ります。後は領都にて我が主人とお話しください」


 対峙するゴルディッツとオルドス。

 画面越しにも空気が凍ったように感じられるほどの殺気が張り詰める。


 座ったままのゴルディッツにやや不利にも思える相互の態勢だが、オルドスはエステルの斜め後方に控えているため、まずは彼女の安全を優先させる必要がある。

 決して優位とは言えない。


 そのままどちらかが先に抜刀するか、と思われた次の瞬間、彼らの意識に割り込むようにエステルが静かに返事を返した。


「ご招待はお受けしかねます」


 間一髪である。

 双方の呼吸が外されたことで、ひとまず殺し合いは避けられた。


 ふっと息を抜きながらも油断なく言葉を返すゴルディッツ。


「お言葉ですが、フライファエド嬢には必ず足を運んでいただきます。

 また2日後にお会いしましょう」

 それだけ言うと椅子から腰を浮かせてオルドスの間合いから逃れる。


 それから軽く一礼をすると、そのまま部屋を出ていった。



      ◇      ◇      ◇



 わずかに開いたドアから首を出して、去っていくゴルディッツの背中を見ていたであろう国綱が顔をくるりと回して俺に問いかけてくる。


「んぅ~、どすんの? すぐにでも全員つかまえられるけど?」


 隣室で様子を窺っていたものの、奴が出ていくまで特に出番がなかったのは何よりだと安堵していた俺の心情を無視してやる気満々の国綱。

 まずはこいつを抑えなくてはならんな。


 よって、しっかりと向き直り、子どもを諭す口調で説明を始める。


「いや、この戦いには大事なふたつの要素があるんだ」


「ころさない、ころされない!」


 ちゃんと覚えているぞ、とばかりに自慢げに宣言する国綱がおかしく感じてしまう。

 だが、そんな気持ちを悟られぬように俺もすまし顔で話を進めていく。


「それ入れると4つになるな」


「じゃ、残りのふたつってなんなん?」


「ひとつは俺たちの正体を“できるだけ”秘匿すること」


「んぅ、もう一つは?」


「最低限のギャラリーを揃えてエステルの力を見せつけることだな。

 そして、こいつは絶対に必要なことだ」


「ふゅ、ぎゃらりい?」


「北集落では上手くエステルの力を見せることができた。

 だが、中と南にはまだ見せられていないからな」


「あぅ、そか! むらびとこぞりてだね」


「それを言うなら、な」


「あんま、かわんない」


「間違いを誤魔化す小学生か、お前は!」


 “ぴゅ~ぃ”


 そっぽを向いた国綱の下手糞へたくそな口笛が耳元を通り過ぎる。


 ふと視線を感じて振り返ると、オルドスを従えたエステルが開いたドアの前に立ち、少し困ったような顔をして俺たちを見ていた



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