第32話 雪がふる頃に
この世界で
初雪が降った。
元の世界と同じに雪の日は何故か空気が清浄に感じたことに笑みがこぼれる。
雪の中で跳ねまわる国綱を見て、こいつが本当にAIなのか怪しむ……
それから3日が過ぎた9日の明け方、国綱にたたき起こされる。何やら南集落で動きがあったようだ。
ドローンからの映像を見ると、村人以外の男が数人、集落長の家で食事をとっている。
彼らは、はっきりと軍人と分かる出で立ちだ。
また、集落の広場では40~50人ほどの兵がキャンプを設置し始めている。
しばらく屋内の方を観察することにした。
◇ ◇ ◇
北の集落長の家の3倍はありそうな広間に南集落長と完全武装の兵士を含めて8人が長テーブルを囲んで向きあっている。
おそらくは侯爵家派遣軍の指揮官たちであろう。
隠密性を優先してドローンのカメラは真上から撮られている。
そのため個々の表情をすべて読み取るという訳にはいかないが、マイクの感度は良好である。
小さな囁き声も含めて醸し出される場の雰囲気などは余すことなく伝えてくれていた。
テーブルの上座には集団の長らしき男がどっかと腰を据えている。
その後方には護衛の副官らしき人物が控え、テーブルの両サイドには班長格の部下が3名ずつ座る。
最後の下座には南集落長のグリーが立ったままで控えていた。
「で、中集落の奴らがおかしいって?」
そう言って揉み上げから顎まで繋がった豪快な髭を持つ隊長が早朝からのエールを飲み干した後で会話の口火を切り、それにグリーが答える形で話は進んでいく。
ちなみにグリーは北集落長であるダスモンドや中集落長で村長のアマデオよりもずっと小柄で頭は禿げ上がっており、マリーの父親とは思えぬほどに目つきが卑しい。
それだからかは知らぬが、答える声にも相手に媚びる姿勢が明確に感じられた。
「はい、いえ、別に何がどうおかしいとかって、はっきりしてるんじゃないんですよ。
ただですね。その、なにやら、あの小娘に少し肩入れしているんじゃないか、と」
「そういう空気が感じられるって訳か?」
「はい、まあオーツの収穫が終わって祭りが終わるまでは、そんな感じもしなかったんですが、ここのところどうも様子がおかしくてですね」
(オーツ:オーツ麦・燕麦のこと。別名カラスムギ。初夏に植えて秋に収穫する)
「俺たちが乗り込む時が迫ったんで後ろめたいんだろうよ。
自分たちは同情的でしたってポーズを作って互いに気を紛らわしてるんだな。
ま、よくあるこった。気にすんな」
「なるほど、そうですか」
「ほかに変わった事は?」
話がひと段落したため気が抜けたのか、のんびりとした口調でグリーは答える。
だが、これこそが大きな問題となる話題だった。
「ああ、領主がなにやら旅の学生を2人、身請けをしたらしいです」
その言葉には隊長ではなく、彼の後方に立っていた副官が反応した。
「おい、そういう大事なことは早く言え、人員の変化は攻め手にとっては大きな違いだぞ!」
つばひろの帽子に隠れて怒り顔は見えないものの、その若い兵士がいきり立つのも当然だ。
声だけでもかなり怒っているのが分かる。
すこし怒鳴らせてはいたが、ようやく隊長は副官を制した。
「農夫に物見の大切さが理解できる訳も無い。指示が具体的でなかった俺の失敗だ。
許してやれ」
その言葉に
「多分、春になったら王都の学院に向かうのでしょうが、アステリア嬢を取り押さえる際によそ者がいるのはマズくはありませんか?」
「なに、そいつらにも怪我はさせんさ。捕まえた後の説得は御屋形様の仕事だ。気にするな。だが、そいつらが魔法士だと確かに不味いな。抵抗されたらそれなりに抑えなくてはならん」
隊長はそれだけ言ってグリーに向き直る。
「2人と言ったな、どんな奴らだ」
「あたしゃ、直接見てないんで聞いた噂だけですが、それでいいですかね」
流石に隊長もその言葉には苦虫を噛み潰したようになるが、気を取り直して先を促す。
「それでいいから話せ」
「へい。なんでも、若くてとんでもない大男と10歳ぐらいの綺麗な褐色肌で銀髪の娘っ子だそうです。どっちも奴隷にすれば高く売れるんじゃないんですかねぇ」
そう言ってグリーはゲへへと下品に笑う。
自分の提案に上機嫌だったグリーだが、副官が露骨に顔をしかめた後で殺意を含んだ目で自分を見たのに気づいて血の気が引いた顔で黙り込んだ。
それに追い打ちをかけるように隊長も、ひときわ低い声で言葉を発する。
「我が国では奴隷売買は違法だと知らんのか? 万が一にもお前がそれに手を染めているなら、俺に知られん内に手を引いておけ。仲介する奴隷商はもとより、売り手も買い手も見つけ次第その場で叩き切る。俺はそう決めているからな」
「い、今のは、ほ、ほんの冗談で! はい、奴隷になど関わっておりません。本当です!」
必死になって無関係を主張するグリーに一瞥をくれると隊長は静かに話を閉める。
「なら、それでいい」
その後、指揮官たちは外に控える兵に指示を出すためであろう、それぞれに部屋から出て行く。
広間には腰を抜かして尻もちをついたまま固まる
◇ ◇ ◇
「んぁ~、敵とはいっても、な~んかやけに善良な人たちですねぇ」
そっけない口調で国綱はこちらの同意を求めて来たが、映像を見た限りは異論のつけようもないので素直に頷いておく。
「まったくだ。これじゃ怪我させにくいな」
「うにゅ! ケガなんてとんでもない!
ボクにころすなと命令したからには、レイも一人のこらず無傷でつかまえないといかんのですよ」
「ハードル高いな、おい!」
「んゅ、高すぎるハードルはくぐりやすいのですぞ!」
「トンチかよ……」
ともあれ、会話を聞く限りにおいて
若い副官の言っていた“情報を得ることは重要だ”という言葉に異論はない。
だがそれと同じくらいに情報漏洩を防ぐことの方も重要だと付け加えたい。
国綱の報告では相手方の総数は士官を合わせて62名である。
奴は、“お出迎えだ”と飛び跳ねながら、エステルの部屋へと走っていく。
その後ろ姿を見ながら俺は少しばかり、ホッとしている自分に気づいた。
奴がまだ人の善意や優しさを理解できているという事実を再確認できて安堵したのだ。
国綱は戦闘用AIだ。
だが、完全にプログラム体だけの存在という訳でもない。
その中に少しだけ、人間を持っている。
もちろん、俺がそう信じているだけかもしれないが、恐らくはそのはずだ。
前の世界での逃走中に奴は自分の能力として充分に可能であることを盾にして、追跡艦の
それに対して俺は、現認できる追跡艦をひとつでも沈めた場合、軍が更に追手を増強する恐れがある。
それは逃げ切るための手段としては悪手にしかならない、と提案を却下してきたのだ。
しかし、本当の理由は違う。
現在の戦闘艦はかなり省力化が進んだ。
だが、それでも標準型である400メートル級戦闘艦には少なくとも300人からの乗員が詰めている。
それをこともなげに“沈める”と言い切る国綱に俺は恐ろしいものを感じたのだ。
正確に言うなら、奴自身に恐れを抱いたわけじゃない。
鬼丸国綱という存在を創り上げてしまった、奴の中の
それから、俺自身が自分の中に“悲しい”とか“寂しい”とかいう感情がまだ残っていることに気づいて酷く驚いたのも、その時のことだった。
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