第31話 パーティ
ミニパーティーと銘打ってエントランスにソファとテーブルを大量に置いた後、グラスや小皿などをメイドたちに用意させ、それから全員に好きな場所に自由に座るように声をかけた。
主も使用人もごった混ぜに座って良いということだ。
この世界では絶対に有り得ない声掛け、あるいは命令である。
当然、誰もがまごついて、すぐには腰を下ろすことができない。
だが、エステルがメイド長のヒルダの手を引いて自分の隣に座らせると、従者であるオルドスも気を利かせて庭師のスード爺さんの肩を押して先にソファに座らせ、その周りに庭師見習いで雑役夫の若手3人ドリュー、バーン、クルトに先に座るように促していく。
ずいぶんと面倒見のいい男だ、と感心したが、実はオルドスは日頃はこういう事を決してしないのだと後々で知ることになる。
なぜなら彼とローガンは爵位こそ無いものの、王から直接叙任された直臣の騎士であるからだ。
つまり、本来なら王都の騎士隊で中隊長、あるいは全騎士隊の隊長に収まっていてもおかしくなかった人物であり、彼らの持つ勲章と合わせて宮廷内の位階を示すなら騎士爵級の法衣貴族と捉えてもおかしくない存在だと言う。
つまりは、ほとんどアステリアと同格の存在である。
だから、本来はこの小さな騎士爵家において庭師や雑役夫と肩を並べて食事をする身分では絶対にない。
彼らがこの家で従卒ごときの地位に従っていることも、先代との深いかかわり故なのだそうだ。
当然、彼の行動には家人の誰もが驚いた。
だが、すぐさまこれが新たな領主であるエステルの、この館における、あるいは一族郎党内における流儀だと理解して次々に腰をおろしカップに手を伸ばし始めたのであった。
楽しい時間が流れる。
とはいえ、そこは封建社会らしく自然と男性陣と女性陣に分かれて座ることとなり、それぞれで違う楽しみ方がふたつのテーブルに現れることになった。
まず男たちにはコルンムーメに積まれていたワイン、ウィスキーを振る舞ったのだが、標準品でもこの世界においては最高級品を軽く上回る味であり、それら高級酒の味を知るウィルとオルドスが驚きに目をむき、話を聞きながら初めての味を楽しんだロッコやスードは「長生きはするものだ!」と涙目になりながらも結構な量の杯を重ねた。
若い庭師見習い三人組も最初は恐る恐るだったものが、「酒はいくらでもある」と俺が言った後は
酒を提供した俺の方はといえば、次回はモルトやシングルスコッチを用意しようとか、コアントローなどのリキュール類も楽しんでもらいたいな、などと思わず笑みが零れていた。
つまみに出されたミックスナッツやビーフジャーキーもさほどの高級品でもないのだが、これまた奪い合うように手が伸びて7人の男どもの胃に流れるように収まっていった。
一方、女性陣には紅茶とジュース類の他に甘味を振る舞った。
ショートケーキやマカロン、クッキーなどが並べられると文字通りに黄色い歓声が上がる。
「綺麗です。これ本当に食べ物ですか?」
「いい匂いですね。甘い香りで頭がクラクラしますよ」
「ジュナは、お酒も飲まないのに酔ったみたいになってるわ」
「あらレアだって顔が赤いわよ!」
「お嬢様、まず、私が毒見を致します」
「あれ? マリー、あなた、お嬢様の毒見を日頃ちゃんとしてましたっけ?」
「あ~、バレたか~!」
「待ちなさい、みんな! まず、どれが食べたいか、ひとりずつ言う事! 一度にふたつはダメですよ~!」
「さすがはメイド長、頼りになります!」
「この飲み物おいしそう。色が付いてるのに透き通った感じで不思議!」
「まだ、手をつけちゃダメですよ。お嬢様が先ですからね!」
「これ、オレンジジュースって言うんですか?」
「んぅ、そう。 でも、こっちのサイダーもうまいぞぃ! ってエステル~、はやくはやくぅ」
因みに、コックふたり組は女性陣の中で小さくなっていたものの、甘みにはありつけたようだ。
◇ ◇ ◇
酒や甘みを中心に宴が進み、これまでの苦労やこれからの不安と希望を語り合う中、国綱が地球の19世紀オペラの人気曲を歌い出すと、盛り上がりは最高潮に達した。
最新鋭AIとしては大した仕事でも無いのだろうが、地球の言葉をこの世界の言葉に翻訳した上に、プロのオペラ歌手を上回る声量と技術で歌い上げる能力にはわかっていても舌を巻いてしまう。
また、国綱お気に入りのアニメソングも大好評で、これをアンコールに3回も歌わされた国綱は、
「ボクはレコードじゃないんだからさぁ」と困惑している。
どうも、この世界の人々は気に入りさえすれば同じ曲でも何度も聞きたがるようだ。
階段の上段に腰掛けた俺は、皆の笑顔を見ながら今はいないエステルの父アウグストスという人物について考える。
アウグストスについてエステルから直接話を聞いたことは無い。
だが、この屋敷の家人を見るに、かなり善良な人だったと思える。
また、相当に剣の腕の立つ人物であったのも確かだろう。
あの
あんな化け物を相手に剣一本で相討に持ち込めるなど普通はありえない。
何しろ毛皮が一度はチェーンソーを弾いたのだ。
刃を通常の鉄鋼からルナニウム鋼に変えてようやく切り分けられたが、この世界の人々はあれをどうやって解体していたのだろう、と悩んだほどである。
ああ、そういえばここ十年ほど現れたことのない魔獣だと言っていたな………
常食、常用の獲物と言う訳ではないのか。
そんな、恐らくは初見とも言える刃を通すのも難しい魔獣を相手にして十分互角に渡り合ったのだから、先代アウグストスはまったくもって凄い剣士だったと言えるだろう。
それだけでも、つくづく惜しい人物を亡くしたものだと思う。
そこまで考えた時、階段を上がってくる人影に気づく。
目を向けると件のアウグストスの、そして今はアステリアの従者となったオルドスであった。
短く刈られた髪は淡い灰色。
細面だが柔和なグレーの瞳も合わさると、やや顔つきの迫力に欠ける。
この顔でゆっくりと村人に聞き込みをしていたのなら、まあ甘く見られても仕方ないだろう。
だが、剣の腕は確かなのに農民に舐められても激怒したり暴力に訴えるなどしたことがないというなら、相当に自制心が高い男だとも言える。
もとの世界でも長身で通る170センチ台半ばを超える身長。
逞しい身体だが、やや絞られ気味と言えるだろうか。
もっともそれは、この世界の食事情の悪さからくるものだろう。
さらに逞しくなれたはずだったのに、おしいなと思う。
同時に、30代なら
オルドスは俺に向かって階段を上がっては来たものの、自分の視線が座り込んだ俺の肩を超える高さまでは足を運ばず、俺を見上げながら右手の拳を胸に当て深く一礼をする。
その姿は騎士の佇まいにふさわしいものであり、不意打ちの彼の行為に思わず
「オルドスさん、どうしました? そんなに
俺の言葉に彼は首を横に振る。
「前々から言っていますが、私達ごときに敬語は不要です。
精霊様と、その監督者ともいうお方に、そのようなことはさせられません」
「そ、そうかい。わかった。だが、あんたは騎士だ。時には最低限の礼儀くらいは示させてほしいな」
「はい、ありがとうございます」
「で、俺になにか?」
「はい、まずはお嬢様の命を救ってくださったことに感謝を。
愚かな私は、二度も主君を失うところでした」
「………」
「それから……」
そう言って彼は半身になって左手を広げ、その手のひらで階下を指し示した。
「先代様を失ってから誰もが塞ぎ込んでいました。日頃の料理を楽しませて頂いていることも合わせて、今、皆がこんなに楽しそうに過ごせているのもアイ様とレイ様のおかげです」
彼の芝居がかった動きに少々面食らったが、こいつは本音なのだろう。
真面目な彼に恥をかかせてはいけない、と素直に礼を言う。
「そ、そうか。そう言ってもらえて嬉しいよ」
俺がそう返すと、彼は嬉しそうに頷く。だが次の瞬間、何かを切り出そうとして、口ごもった。
「あ~、どうしたのかな? なにか言いたいことが?」
「はい、もう一つお礼を言わねば、と………」
「と、言うと?」
「オーグ、いえ、アウグストス様のことです」
「先代様の、と言うと?」
ちょっと訳がわからない、と考えたそれが顔に出たのだろう。
オルドスは当然とばかりに大きく頷く。
だが、次に瞬間には
驚いて思わず立ち上がってしまったのは俺だが、それが逆にふたりに主従関係があるかのように見させてしまう結果となった。
「オルドスさん、立ってください」
「いいえ、立ちません。アウグストス様は、ローガンは、そして私は、あなた様に救われました」
「?」
「あなた様は私自身が声に出したくとも出せずにいた事実を、はっきりと言葉にしてくださいました。
領民を守って戦い、そして死んだ。身体を失った。
それは騎士の義務だと言われればそれまでです。
葬儀の席でも無い限り、いちいち声に出すべきことでは無いのでしょう。
しかし、私は何度でも叫びたかった! 少しでも多くの人に知ってほしかった!
我々の名誉がどこにあるのか!
私、私たちはあの言葉に救われたのです………」
彼が言っているのは、北集落の連中との一連の出来事の際に、俺が玄関前の広場で奴らを怒鳴りつけた一件だろう。
それに気づくと迂闊な返事が出来ない。
少しの間、静寂が場を支配したが、それも長くは続かなかった。
「分かった、オルドス。せめて顔を上げろ」
あえて口調を変えて彼に命令する。
まあ、傭兵時代と同じで、こっちの方が楽だな、とも思う。
それから、ようやく顔を上げた彼に向かって右の拳を突き出した。
「それは……?」
まったくもってわからないという顔で、右膝と右手を
「こいつは、な。お互いの気持ちが通じた時にやる儀式だ。
俺と同じように拳を出しな」
「こ、こうですか?」
ゆっくりと階に置かれていたオルドスの右拳が掲げられる。
「いいか、俺が拳を突き出したら、お前さんもそれに合わせて軽く拳をぶつけるんだ。
ああ、軽くったって、気が抜けてちゃいけない。互いに気合が入るようにな!」
そう言ってから突き出された俺の拳に向かって同じようにオルドスの拳が突き出される。
吹き抜けの空間に、ふたつの拳がぶつかる、ガツンという音だけが響く。
その時、俺たちふたりはようやく階下ではしゃいでいるはずの家人たちの声がひとつも無くなっていたことに気づいた。
ふと下を見る。
誰もが立ち上がって俺たちを見上げている。
エステルと目が合った。
彼女は微笑んで手のひらを打ち始める。
それに合わせて大きな拍手が鳴り響いた。
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