第3話 足りぬ足りぬは金が足りぬ
フライファエド家の領地は騎士爵家としては無駄に広いものです。
そのほとんどは領地の東側を占める広大な森です。
森林域の正確な広さは分かりませんが、おおよそ50リュー四方(200km×200km)を下回ることは無いと思われます。
開発できたならば大きな財産になるのでしょうが、今はまだ大型魔獣の出没に怯えながら細々と木材を切り出すだけです。
お父様は、その森の入口で死にました。
魔獣が出ると言っても、過去10年の間はネズミやウサギが魔力をため込んだフラッシュラットやホーンラビットという小型の魔獣ばかりで、危険と言えば危険なのですが、よほどの油断が無ければ怪我をすることも無かったのだそうです。
しかし、その日父に襲い掛かった魔獣は過去10年来、見たこともない大きな魔獣だったそうです。
鹿が変化した魔獣で、
鹿とは言ってもやはり魔獣です。
従者の二人はほとんど陽動に当たるのが精一杯。
結局はお父様と魔獣の一騎打ちとなってしまったのだそうです。
一時間近い戦いの末、お父様は魔獣と相打ち、従者のうちの一人であるローガンは右足を切断する大けがを負いました。
お父様の奮戦があったにせよ彼ら従卒たちが居なければ伐採作業にあたっていた村人たちにも大きな被害が及んでいたことでしょう。
今後もふたりには篤く報いなくてはなりません。
それにしても金策です。
まずはわたくしと従者4名の旅費、叙爵の際に着用する鎧と
売値は金貨にして60枚という大金です。
フライファエド領の年間の税収は金貨100枚前後ですが、これらは既に家人の給金を始めとして館や馬の維持、村からクーンツ伯爵領までの道路の整備、水車の修理、橋の修繕などで使い道はほぼ決まってしまっています。
ですから、出入りの商人が用意した金貨の束に思わず生唾を飲み込むという無作法をしたことも許されると思うのです。
ただ、後から父親の命の値段に舌なめずりしたような気分にもなってしまって……
貧しいと心根まで卑しくなるものなのでしょうか。気がふさぎそうになります。
気を取り直しましょう。
さて、その金貨の使い道ですが、まずは叙爵式で着用する鎧が金貨34枚と銀貨40枚、佩用する剣が金貨10枚となります。
安く抑えたいとは思いましたが貴族としての体裁も必要です。
それなりのものを揃えるとなると痛い出費となってしまいました。
残る15枚のうち5枚を旅費にあて、2枚をローガンの怪我の治療費に当てます。
忘れてはならないのがクーンツ伯爵家への礼金です。
これは叙爵式典での振る舞い方や王都に到着後の行動計画、また法衣の方々への支払いについての授業料と私が留守中に領に危機があった場合に最低限の兵を出してもらうための保険金となります。
大事をとって金貨5枚を納めることに致します。
これで残りは金貨3枚です。銀貨にすれば150枚。
いえ、ウィルが税収をやりくりして金貨4枚と銀貨12枚を引き出してくれましたので、残りは金貨7枚と銀貨12枚ですね。
あと、必要な出費が、王弟殿下へのお礼の品、フロイド卿の屋敷へ挨拶に向かうに際してのお土産。
王都で使用する馬車代は省いて歩きましょう……という訳にもいきませんね。
相手に無礼となる場合もあります。
それから、式典終了後のパーティで着用するドレスと髪結い、化粧代。
その前に法衣の方々へのお心づけが必要でしたね。
法衣の方々にはひとり銀貨20枚程度が相場だと聞きましたが、人数が30名をこえるそうですので……。
ええ~い。とにかく足りないものは足りないのです。
あと金貨13枚と銀貨26枚。
計算した結果、最低でも残りそれだけは必要だという事になりました。
まずは、わたしのお小遣いを削ろうとしたのですが、ウィルに止められました。
銀貨3枚では焼け石に水。お守り代わりにでも持っておくべきだと。
ならば、その上での金策です。
小型の魔獣を狩るにしても、剣を振ることのできる従卒の二人は今はまともに動くことも難しい有様です。
足を失ったローガンは当然ですが、もう一人のオルドスも腕と足を痛めており、怪我が治るまでは今少しの時間が必要です。
非常時には領民から兵を募りますが、今回はあくまで領主の金策ですので労役ということになってしまい、給金は支払えません。
無理を言えば集められるのでしょうが、万が一にも労役中に領民から怪我人を出してしまっては、賠償金だけでいよいよ我が家は「詰み」でしょう。
という訳で、わたくしと馬丁のロッコ、庭師のドリューの3人で「遺跡」に入ることになりました。
マリーが「わたしも付いていきます!」と大騒ぎしましたが、わたしは自分のことは自分でできるのだと説得しました。
何よりも日頃は温厚なロッコが彼女をにらみながら、
「何かあったとき、やってはいけないと知っていつつも女をかばおうとしてしまうのが男だ。
その結果としてお嬢様を危険にさらすことになった場合、お前は後悔しないのか?」
と言われしぶしぶながら、あきらめてくれました。
実はウィルやロッコからは本来は私が行く必要も無い、とも言われたのですが男爵家や子爵家のような、血の高貴さで君臨する貴族当主ではないのです。
騎士爵程度の貴族なら自身が前に立たずしてどうして領民に当主であると示せましょうか。
このことについてはかなり揉めましたが、私は引く気はありません。
年配のロッコは今でこそ馬丁ですが昔は他家で従卒をしていたそうですし、ドリューはまだ二十歳と若く少々優しすぎるのが玉に瑕ではありますが、お父様に剣を習っていた家人の中では随一だとオルドスも納得してくれました。
ふたりとも頼りにしていますよ。
森へ入って北東へ5リュー(20km)ほど進んだ大木の根本。そこに遺跡はあります。
遺跡は実に不思議なダンジョンです。
ダンジョン内部の通路を進んでいくと左右いずれかにドアが現れます。
室内には不思議な設備がおかれていますが、基本は据え付けですので持ち帰ることはできません。
しかし、時々ですが、テーブルの上や壁に備え付けられたクローゼット内部から魔道具を手に入れることができるのです。
一番多く見つかるのは魔石を使って光る魔道ランプです。
物凄く明るくなるそうです。
稼働品なら金貨10枚は堅いでしょう。
後は、浮き上がって重い荷物でも軽々と運んでくれる動力ボードやアッと今に水をお湯にしてしまう魔力ポット、自由に動き回って部屋を綺麗にしてくれるペット型の掃除機など、色々なものが見つかります。
お父様は過去に見つけた魔道具を全て売り払ってしまい、我が家には何一つ残っていません。
一度、「魔道ランプだけでも、あれば便利なのに」と不満を言ったところ、
「燃料になる魔石も高いんだよ」
と反論を許さない一言をいただきました。
なるほど魔石のことをすっかり忘れていました。
ただですね、他の領地での話ですが、腕を失った者ならば誰にでも装着できる義手が見つかったこともあるそうです。
それも魔石の燃料を必要としない、実に優秀な品です。
手に吸い付くように一体化して、生身の手と何ら変わらずに動くのだそうです。
義手があるならば義足が見つかることもあるかもしれません。それがあればローガンも、と思ってしまいます。
過度な期待は良くないとは知っているつもりなのですが……。
遺跡までの道のりが安全だとは言いませんが、遺跡にはなぜか魔獣は近寄りません。
また内部は広すぎて全部を調べてはいないのだそうです。
なにより不思議なことに、調べたはずの場所でも再度訪れると魔道具がおかれていることもしばしばある、という事です。
これです。これに賭けるしかありません。
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