第2話 そして彼女は途方に暮れる

 本日、わたくしアステリア・フライファエドは12歳の誕生日を迎えました。

 とはいえ、誰から見ても決して「めでたい」と言える状況にはないと思います。


 領主であるお父様が亡くなった後、この村が後3年もつかどうか、誰もが危ぶみました。

 お母様は私を生むときの産褥さんじょくすでにお亡くなりになっており、男子の世継ぎはありません。

 となると、残されたのはようやく12歳になった小娘が一人。


 家令はいるものの、すでに高齢ですので無理がきくものではありません。

 また、彼は元々が行商人ですので貴族社会に詳しいわけでも無く、無理も言えない状態です。

 (ウィル、あなたに不満があるわけ無いでしょ。身体を労わってほしいだけよ)


 後見となる親族はおらず、近隣の領主は先代であるお父様に敬意を払っておりましたものの、他領の経営に親身になってやれるほどの余裕はどこにも無いというのが実情です。

 生前のお父様から聞いた話では、私が生まれる前に大陸全土を疫病が荒れ狂い、近年ようやっと、いずれの国も領地も復興出来始めたのだ、と言える段階になってきたのだそうです。


 フライファエド家の爵位は建前上は当代限りの騎士爵です。


 とは言え、慣習上ならば当主が急死したにせよ、跡継ぎの男子を立てれば、

『先代騎士と共に現地を平穏のうちに治めた功績を認める』

 という名目で翌年には新当主が騎士に叙爵じょしゃくされます。


 しかし、私は女です。

 その慣習はあてはまりません。


 お父様はまだ若く、30になったばかりでした。

 急死でもなければ女の私でも叙爵じょしゃくできるように、あるいはどこかから婿むこを取るなり手を尽くせたでしょう。

 まあ、私も12歳になりましたので許嫁いいなずけぐらいは探し始めていたとは思いますが、何を言っても今更いまさらですね。


 仮に叙爵されなくとも土地そのものは代々フライファエド家のものであり、王家と言えど勝手に奪うことはできません。

 しかし、騎士爵が継げないという事は単なる土豪どごうになり下がることであり、領主として王国の法をもって土地を差配さはいすることはできないということです。

 これは本当にまずいのです。


 我が家は王家の直臣騎士であって、貴族によって叙任じょにんされた騎士ではありません。

 寄親よりおやであるクーンツ伯爵家とも軍役によって結ばれた寄親・寄子関係であり、いくら伯爵家でもフライファエド家の独立性を無視はできませんでした。

 でも、こうなったからには伯爵家の下についてでも家を存続させなくてはなりません。

 後見してもらえるならば自前の領地がある以上、伯爵家お抱えの騎士として地方貴族の身分は保証されるでしょう。

 但し、後見金として毎年かなりの礼金をはずまなくてはならず、実質は伯爵家に納税することになります。


 私は9歳から11歳までは伯爵家に預けられ、ご息女であるメルツェデス様の下で礼儀作法や貴族としての常識などを学ばせてもらいましたので、伯爵家との関係は良好だと思います。

 しかし、それでも貴族というものは他家に対しては決して甘い顔を見せては下さりません。

 メルツェデス様 いわく、他家との関係であるのは”取引”でしかなく、常に利益を引き出さなくては自分たちの領民を守れないのだ、と。

 また、その他にも本来なら教えては頂けないようなことまで、数多く教えていただきましたが、伯爵様に知られたらメルツェデス様のお立場は大丈夫なのでしょうか?


 ……その心配は今はおきましょう。


 ともかく、村の中でなんらかの問題が起きてこじれてしまった時に、騎士ではない豪族ごうぞくフライファエド家の調停では法的な裏付けがないため、本当の意味ではいつまでも決着がつきません。

 また隣村との水争いなどが起きた場合はどうあがいても貴族や代官の治める土地の領民の言葉が優先されるでしょう。


 法的に相手と対等にあるためには寄り親の庇護ひごを更に強く求めなくてはならず、そのために上納すべき税は唯々ただただ重みを増すばかりとなることは目に見えています。

 こればかりは私が軍役を余分にこなしたところで大きく変わることもありますまい。


 更に言うならば、その軍役にも金銭の不安が付きまといます。


 3集落120人ほどの貧しい村です。

 来年からは冬を越せない子どもがどれだけ出るのだろう、と棺に納められるお父様を見ながら震えが止まりませんでした。


 領地を王国にお預かりいただき、私が騎士爵位のある婿を迎えるまで直轄地にしてもらえるのなら一番良いのですが、一旦召し上げた土地を只で返す程、国も甘いとは思えません。

 臣下に褒美として与える代官の地位と土地は、いくらあっても無駄にはならないのですから。


 葬儀が終わった後、ともかく王都で騎士見習いの許可だけでも受けなくてはなりますまい、と出立の準備を進めていたある日、私のうれいは唐突に終わりを告げます。


 いえ、新たな憂いが生じた、と言うべきだったのでしょうか?

 お父様がなくなって、ひと月を過ぎた頃、そのお方は屋敷を訪れて参ったのです。


 王都より弔問ちょうもん客があるとの先触れがあったことだけでも驚いたのですが、フロイド・マーデリンと名乗った高齢ながらも堂々たる体躯の騎士様は王弟殿下直々の弔文ちょうぶんを読み上げた後、「アステリア・フライファエド嬢、新春の騎士叙爵式典へ出仕しゅっしされたし。当節とうせつにおいては国王陛下より爵位をたまわれますぞ」

 と、ついでのようにさらりと付け加え、王家紋章の刻まれた証書を広げて見せたのです。


 あっけにとられながらも王紋おうもんを示され慌てて膝まづく私に、使者であるフロイド卿は

「お父上は王都の学院において王弟殿下の先輩であられたそうですな」

「今回、アステリア嬢の爵位相続が難しいと伝え聞いた殿下が直々に国王陛下に直訴なさいましてな。こうして自分めが弔問と同時に叙爵についても使者をうけたまわることとなった次第でして」

「殿下は”明るく信頼できる男に二度と会えぬのが辛い”と零しておられました」

「自分も御存命のうちに知己を得たかったものです」

 などと言葉を紡ぎ、最後に深々と頭を垂れて下さいました。


 お仕着せの使者としてではなく個人としての哀悼の意を示してくださったのです。


 その後は滞りなく会式を済ませると、ようやっと部屋に戻って一息つきます。

 爵位を賜ることができたことを安堵する涙を流すと、それから、お父様が死んだことが実感されてきて、また泣いてしまいました。


 後に侍女のマリーから聞いたところでは、家令のウィルを始めとして女中から馬丁まで皆、私と似たような泣き方をしていたのだとか。



 心底よりほっとしたのは私や屋敷の面々だけではありません。

 領主がいる村であり続けるということに何より安堵したのは、やはり領民達だったようです。


 領主が自分の土地として大切にする村と違って、数年で入れ替わる代官が差配する村はしぼられるだけ搾り取られるのが普通ですから、それも当然です。


 翌日には使者であるフロイド卿に食べていただきたいと村人から持ち込まれた煮物、豚の肝臓のパイやひき肉の腸詰、牛肉・鳥肉の燻製くんせいなどでテーブルの上があふれかえり、村の全ての料理が集まったかのようになりました。

 思わず『領民の方が俺たちより良いもの食ってるかもな』

 との生前の父のぼやきが思い起こされ、少しだけ複雑な気分になったのは秘密です。



 フロイド卿は「出立前の腹ごしらえとしてはやや過分ですが実に美味うまいですな」と笑いながら朝食をご一緒して下さいました。

 喜んでいただけたようで何よりです。


 出立に際して朝食で余った燻製や塩漬けの肉は出来るだけ旅の食料としてお持ちいただいたのですが、それらを引き渡した直後にフロイド卿から、大事なことを言い忘れるところでしたな、と御助言をいただきました。


「来春の都のぼりにも費用がかさむ中、このようなことを言うのははばかられますが、王都で式典にのぞむに際しては実務をり行う法衣ほういの方々に心付けを振舞うことをお勧めします」


 つまりは現金を用意して式典の役員である法衣貴族にチップを振舞えという事ですね。

 王弟殿下へのお礼の品々をどう準備すべきか、に気を取られて、このことについては全く意識に無かったので、実に危ういところを救われたのではないでしょうか。


 ハッとなったわたくしの表情とは対照的にキョトンとする家人たちを見て、我が家の危うさを感じたのでしょう。

「それが有ると無いとでは、式典中に困ったことがあったときに儀典官ぎてんかんからの助力のありようがまるで違いますから……」

 とも付け加えて、家人たちにも利点を示して下さいます。


「御助言、万金ばんきんあたいいたします。お礼をしたいのは山々なのですが、今は何事も不如意ふにょいでありますれば、いずれかまでお持ち下されば、必ず……」 


 必ずの返礼を約束する私ですが、表情の苦しさは隠せもしなかったのでしょう。


「礼ならすでにいただいていますよ」


 そう言って、お付きの騎士見習いが引く荷馬をあごで指すと、その他数人の騎士を従えて卿は軽やかに馬上の人となったのです。

 爽やかに去ってゆくフロイド卿とは対照的に、見送る側の私はの目はどんよりとにごっていたことでしょう。

 来春の都上りの費用や王弟殿下へのお礼の品々の準備、更には式典の儀典官へ支払う心付けなど掛かる費用の大きさに私の頭は支配されていたのです。


 金策の方法がまるで思い浮かびません……。


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