第28話 相棒にはまともであってほしいのだが……


 フライファエド邸、宿泊4日目。国綱が屋敷の全員を2階の広間に集めた。


 俺もそうだが、特にアイはこの数日間で館の面々とも大分打ち解けて来た。

 イタズラばかりするものの行動に愛嬌があるのか、おおむね好意的にみられており、誰もが次は何が起きるのか、と興味津々の顔つきである。


「んぅ~。では、はっじめるよ~」

 国綱の声とともにドローンのひとつがプロジェクタとしての機能を解放する。

 これから流される映像は、この2~3日の間に南集落やゼンガ―リンツ領内で得られた情報の中から重要な部分を切り抜いたものだ。


 俺が中集落で情報収集や情報統制をしている間に国綱はドローンを飛ばして、あれこれと隠し撮りをしていたのだ。

 内容についての話は聞いているが、編集された映像そのものを見るのは俺も初めてだ。

 だから、今回は結構楽しみであったりもする。

 絵画などの調度類を外され平坦にされた壁に吊るした白布をスクリーンにしてプロジェクタの青白いライトが反射すると、最初に映ったのは上空から見た城郭都市であった。


 そこから次第にドローンは高度を下げて街中の人ごみを映し出す。

 町中の市場は賑やかで、人々の喧騒もはっきりと聞こえる。

 田舎の村であるフライファエドの一室がこの世界の都会のど真ん中に投げ込まれたようなものだ。

 家人の誰もが目を見開く。


 先に北集落で一度はプロジェクタ映像を見ているアステリアやロッコ、ドリューは、顔色を変える程度で済んだが、ほかの全員は、

「うわぁ!」

 と、大きな声を上げる。

 特に小さなヨーゼフは大喜びで、国綱に向ける目がキラキラと輝きだした。

 おそらく奴を魔法使いか何かだと思い込んだのだろう。


 メイドの中で最も若く、ようやく11歳になったばかりのリーンは白布を壁に貼り付けた後は近くに待機していたが、今はしきりに布の裏側をのぞき込もうとしている。


 どうやら実際に人がいるのではないか、と考えていたようである。

 しかし、そうではないと分かると年上のメイドふたりの下へと小走りに近づいて、何やらまくしたてる。


 ウィルやオルドスなども一見しては落ち着いて見えたが結局は他の多くと似たような反応を見せることになり、続きに入るのにしばらく時間を必要とした。


 落ち着いたところで、全員が再度スクリーンに目を向ける。

 その画面に映る街はフライファエド領から60キロほど南下した位置にあるゼンガ―リンツ領の領都だと国綱が説明を入れた。


 カメラは市場からゆっくりと上昇してひとつの屋敷にたどり着く。

 屋敷の規模はフライファエド邸にほぼ等しいが、こちらと違ってその作りは実に華美壮麗である。

 外観から次第にズームして窓の中にカメラが移動すると、ひとりの男が執務室とおぼしき室内で職務にいそしむ姿が映し出された。


 机に向かって決済のサインを走らせる初老の男には貴族としての充分な貫禄があり、外見だけでも一廉ひとかどならぬ人物であることをうかがわせる。


「こいつが、お目当ての人物かな?」

「んっ、屋敷で御屋形様って呼ばれてたから、まず間違いないんじゃね?」

「誰も当人を見たことが無いってのは困ったが、結局は大した問題でもないかな」


 俺と国綱の他愛もないやり取りではあったが、今後の方針も掛かっているため敵の顔が明確でないという事実にアステリアとしては責任を感じたようだ。

 しょんぼりとびを口にした。

「ほんとうに申し訳ありません。

 身分が違い過ぎて、わたくしども騎士爵家ごときでは侯爵閣下のお顔を知る機会を得られなかったのです」


「交流が無かった?」


「いえ、交流そのものは在りはしました。

 川を挟んでのお隣ですから取水の話し合いも必要ですし、数年前に行われた南方での戦では諸侯軍の総指揮官だとも、お聞きしています。

 おそらく、お父様ならば面識はあったのではないでしょうか?

 ただ、普段は手紙のやりとりのみでして、娘である私にはご縁のある方ではありませんでした」


「今、写っている彼の手元のサインもそうだが、撮影が行われた二日間の調査から、この人物がウォルター・ゼンガ―リンツ卿であることは間違いないんだから気にするな」


 と、そこまで言った時、映像内の部屋に誰かが入って来る。

 会話から少しでも情報が欲しいと俺が思うと同時に、脳内インターフェイスから思考を読み取った国綱が呼応して音量を大きくする。


 コマンドとしての単純命令なら、こうしてタイムラグ無しで国綱に届けることができるのが脳内インターフェイスの良いところだ。

 接続しているとすべての思考を読み取られると勘違いする奴もいるが、明確に国綱に送りたいと考えた思考以外は読み取ることはできないようにブロックされている。

 万が一にも制限無しになったら俺だってどうあっても外してもらうだろう。


 さて、画面の中の執務室に新たに入ってきたのはおそらくゼンガーリンツ卿の娘と思われた。

 それは良いのだが、おや、っと何かが気にかかる。

 身長は低く、顔つきも幼いことからアステリアと同じか更に低い年齢の子どもだという事は分かるのだが、何やら違和感がぬぐえない。

 なんだろう?

 俯き加減な姿勢が美しい黒髪とつぶらな瞳の整った顔立ちを覆い隠して、地味な印象を生み出しているところだろうか?

 もう少し胸を張って歩いた方がいいと思うぞ、などと余計なことを考えてしまう。


 すると、画面の中で立ち上がって、その子を迎えたゼンガ―リンツ侯爵も同じことを考えたのだろう。

『おやおや、可愛いミレーヌはどうしたんだい。お父様の仕事がまだしばらくかかりそうなんで、顔を見に来てくれたのかな?

 でも、淑女はもう少し胸を張って歩いた方がもっと素敵だなぁ』


 言われて、仕方なさげに胸を張ったミレーヌと呼ばれた娘だったが、姿勢を正した瞬間、広間に揃っていた誰もが彼女が俯き加減であった最大の理由に気づいてしまう。


「んにゅ~。なあレイ~。あの子へんだぞ~。胸にメロン入れて歩いてるぞ~。

 それもふたつもな~。取られたくないのかな? そんなメロン好きなのかな~?」

「とれねーよ!」

 国綱の阿呆な台詞に思わず突っ込む俺。


 それにかぶさってジュナ、レアのメイド年長組のふたりが何やら呪詛の声を上げる。

「と、盗れるものなら盗って付け替えてしまいたいです!」

「栄養か?! 栄養の差、なのか?!」


 いや、あんたら普通サイズだから気にすんな。って女性はそうもいかんのかな?

 あれアステリアまでそわそわしてるな。

 こりゃマズイ。

 おい、国綱! お前は服の中の虫刺されを覗き込むのをやめろ!



 なんだかんだで、あちらの親子が親睦を深めている間に、こっちの混乱も収まってよかった。

 画面上では、ふたりが話の本題に入り始めたのだが、これこそが俺たちの望んだ情報だったようだ。

 流石は国綱、重要な場面は逃さず編集映像に取り込んである。

 日ごろはポンコツな言動ばかりで忘れがちだが、やはり情報の管理・分析を主任務とする最新AIだけのことはある。


 まず、口を開いたのはミレーヌ嬢だ。

『お父様。フライファエド領に攻め込むというお話は、取りやめにすることはできないのでしょうか?』

『どこで、その事を?!』

『どこで、と言われましても……、メイドまで噂話の種にしておりますわ』

『むう。出兵とも言えん数とは言え、まるで機密保持ができておらんではないか!

 こうも兵どもがゆるんでおると、まさかの損害が出かねん。

 馬鹿どもを引き締め直させんとならんな!』

 侯爵は腕を組んで唸り声を出したが、次には大きくため息を吐く。


『では、やはり本当の話なんですね』


『お前が気にすることではないよ』


『でも、この数年は作物も豊かですし、流行り病も無く領民も落ち着いています。

 何故なにゆえに今、兵を出さなくてはならないのですか?』


『いや、兵と言っても高々60人程度がちょっと出かけてくるだけだ。

 あちらに戦える者など5名とおるまい。戦にすらならんよ。

 逆に情報が洩れて下手に抵抗されれば、相手に死人やけが人が出る恐れがある。

 わしとて、そこまでの悪評を残すのは本意では無い。

 屋敷内の者たちにも当然ながら注意を促すが、お前も口を慎んでくれよ、ミレーヌ」


『では、あちらのアステリア様にお怪我などは?』


『おいおい、冗談はよしてくれ。その娘は確か、お前と同い年だと聞いている。

 大人にでもよほどの事がなければ武器を向けさせるつもりはない。

 ましてや子どもに怪我など絶対にさせんよ!』 


『そこまで気をお使いになりながら、何故?!』


『フライファエドの西に位置しているクーンツ伯爵家だよ。奴めが軍務上の寄り親としての立場から、大森林の管理権代行を主張するという噂がでている。

 お前にはまだわからんだろうが中央には派閥と言うものもあって、これにからむ話にもなっておるのだ』


『……』


『立場上、わしがあの娘の後ろ盾になるという訳にもいかん。

 いや、仮に儂がそんな事を宣言すれば派閥を巻き込んで本物のいくさが始まる。そうなれば、それこそ家臣と領民の幾人かが死ぬことにもなりかねん。

 ならばまだ先手を取って、フライファエド領内でちょっとばかりの騒ぎを起こす方がいいのだよ』


 ここまでの話を聞いて、この問題の背景はおおよそ理解できたのだが、それでもまだ疑問は残っている。

 だが、そのことについて知りたいと思ったのは、どうやら俺だけでは無かったようだ。

 まさしく、その部分をミレーヌ嬢はついてきたのだ。


『しかしながら、アステリア様には叙爵の勅命が下ったとも聞いております』

 これはつまり、王権に逆らうのか、という問いである。


 だが、その言葉にも侯爵はどこ吹く風だ。

『さて、儂は聞いておらんな。少なくともどこからもそのような知らせは受けておらん』


 ここで室内に「あっ!」と野太い声が響く。

 アステリアの従卒の一人であるオルドスだ。

 何やら大きく失敗したという表情で、茫然と立ちすくんでいる。

 また、アステリアの顔からも血の気が引いてしまい、今にも倒れそうだ。

 マリーがそれに気づいて彼女を気遣う。

 

 今の侯爵の言葉で、とある失敗に両名とも気づいたのだ。

 もっとも、これに一日でも早く気づいていれば、と悔やんでいるのは俺も同じである。


 間違いない。


 アステリアは自分が叙爵される予定であることを近隣領主に通達していないのだ。

 もちろん、近隣の領主は誰もが非公式には、そのことを知ってはいる。

 だが、それを公言して良いのは勅旨ちょくしを得た当人と叙爵権者である国王本人だけだ。


 公式には、アステリアは未だ“何者”でもないのである。


 この場で、そのことに気づいたのがアステリア本人以外では、元々王都勤めであったオルドスだけなのであろう。

 その他の家臣たちは田舎暮らしであるが故に貴族の約束事については何も知らず、そのような事情にはうといのだ。

 互いに顔を見合わせるだけで、ポカンとしている。


 年内には寄り親であるクーンツ家に叙爵時における礼儀作法を習うための書状を出すつもりであったのだから、金策より先に叙爵予定の報告しておけば侯爵も手出しを控えたかもしれない。

 だが、最後の予算を確保できていない状況が続いていたのだ。

 彼女が筆を持つ手を止めていたとしても誰が責められよう。


 と言っても、これは本当に手痛い失策だ。


 仮に今、この時点でゼンガ―リンツ侯爵家に手紙が届いたとしよう。

 手紙を受け取った侯爵が誠実にすぐさま王都に確認の使者を出したしても、その返事が返ってくるのは来春だ。

 コルンムーメが観測した情報によれば、後1週間ほどで確実に雪が降り始める。

 王都への道のりは早馬を飛ばして最短でも2週間ほどかかるという。

 往路だけでも不安になるのに、雪の中に帰路を急ぐことなどあるはずもない。


 いや、こうもこじれてしまった以上、ゼンガ―リンツ侯爵へ親書を届ける使者も命がけだ。

 川を超えた後は、何故か使者の行方が分からなくなるという事も十分にあり得る。


 そして、初雪が降るころに南集落から助けを求められた侯爵は義によって“豪族”フライファエドに誅を下し、事はすべて決しているというわけである。

 後々、フライファエド領の占領が問題になったとしても、それは不幸な行き違いであり、叙爵という王権をないがしろにした訳ではない。

 いや、問題を引き起こしたのは近隣領主への配慮を怠ったフライファエドの新領主にあると弾劾され、アステリアの爵位返上も在り得るだろう。


 万事窮す、である。


 画面上のミレーヌ嬢も俺たちと同じに言葉を失ったようである。

『……』


 黙り込んだ愛娘の肩を抱いて侯爵は優しく、しかしはっきりと会話の終わりを告げた。

『さあ、もう行きなさい。あの娘の安全は保障する。これで良いな』


『……はい、ありがとうございます』


 こいつは、俺が思っていた以上の大事になっている様だ。

 だが、意外と相手が善良なのが救いだな、とも思う。

 そんな事を考えていると、国綱がこちらをじっと見ているのに気いた。


「どうした?」

 何気なしに尋ねたが、こいつは好奇心いっぱいの瞳でとんでもないセリフを口にしてきた。


「んぅ~。レイ、こんどは攻め込んでくる人たち、みんな殺していいの?」


 人を殺す。


 そう、国綱は元々が新機軸の戦術AIとして生み出された存在だ。

 戦闘艦の連携運用、艦隊決戦時の指揮に始まり、航空戦力や陸上戦闘の展開に至るまで過去の様々な戦場の実例から用途に合わせて最適解を導き出し、新たな戦場を体験するたびに学習を深めて進化していく。


 だが、俺は未だに国綱をそのために使ったことがない。


 地球脱出時の国綱が操るコルンムーメの戦闘力ならば航宙母艦を中心とした機動部隊でも出てこない限りは、戦闘になったにせよ特に窮地に陥ることはなかっただろう。

 それどころか初期に10隻前後の駆逐艦戦隊を相手に数度の戦闘を重ねた国綱が戦術的に成長していったなら、最終的には数隻の航宙母艦を中心戦力とし、数千隻の戦闘艦を擁する機動打撃戦闘群の殲滅すらもあり得た。


 だが、俺たちはあくまで逃げの一手に甘んじ、その結果としてこの世界に流されることになったのだ。


 あ、こいつ、だから映像を俺に先見せしなかったのか、と今ごろ気づく。

 俺から考える時間を奪ってこんどこそ自分を実践投入させようとしている。

 おそらくはAIの学習本能が戦いを欲しているのだろう。


 しかし、今回もそれは選ばない。


 俺は元々が傭兵で、その中でもベルトコンベア式に人の命を絶ってきたことから異常人格者扱いされていた危険人物だ。


 と言っても別に人殺しが好きな訳ではない。仲間が死ねば残念に思う心情だって持ち合わせてはいる。

 だが、結局はそこまでだ。

 誰かを失って心底から悲しんだという経験が俺には無い……

 

 ……恐らく無いと思う。


 だからだろうか、国綱の生まれた経緯もあって、こいつには同じような思考回路を持ってほしくない。

 それに何よりも国綱アイを生み出した博士こそがそれを望んでいないのは間違いないと思うのだ。



  ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



お読みいただきありがとうございます。

この1~2週間の間は、少し身体が言うことを効かなくなると、ありがたくも評価をいくつか頂くということが続きました。

いくらなんでもタイミングが良すぎるなぁ、と驚きましたが本当に嬉しかったのも事実です。

体力的な不安はありますが、お陰様で楽しく書かせてもらっています。

ありがとうございます。

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