第27話 みんなでご飯のお時間です。


 色々と酷い状態ではあったが、ひとまず集落長達との対面は無事に終わり、アステリアの支配体制の安定に一歩近づいたと皆で安堵する。

 とは言え誰もが疲れているのも事実なので、心を癒やすために、この世界では誰も味わったことのないであろう近代社会の食事を振る舞うことにする。


 俺の先祖である日本人の食文化は20世紀後半から21世紀初頭において世界に広がった。

 そして、それらの中には今でも世界的に人気のある料理が多い。

 当然、この世界でも好評を得られる自信はある。


 そういう訳で今日の夕食はコルンムーメから引っ張り出した資材を使って俺が厨房に立つことにした。

 もちろん食材だけでなく冷蔵庫や電子レンジなどの電子機器やガスオーブンなども全て揃えた上で、それらを動かす発電機や燃料装置まですべて配置する。


 その結果、今の厨房は、何という事でしょう、である。


 中世の厨房が1時間ほどで現代式のオープンキッチンに建て替えられてしまったのだ。

 コックには悪い事をしたとも思うが、特に反省してはいない。

 いずれは彼もこの便利さに慣れるだろうからね。


 さて、この世界の食事というのは味に深みが全くない。

 この館のコックの腕に問題があるのかと思ったのだが、若い頃は商人としてあちこちの土地を廻ったウィルに聞いても、決して腕は悪くはないと言う。


 それどころか、どちらかといえば良い方に入る、とまで言われて眉をひそめることになった。


 例えば、俺がこの館で食った肉だが基本の味は塩だけだ。

 また味付け以前に血抜きが非常に甘い。肉を熟成させるという考え方がないのは温度管理が難しいため仕方ないのだろうが、1~2日、風通しの良い室内に干すだけでも全然違うと思うのだ。

 それが無いなら、せめて味付けに野生のハーブくらいは使ってほしいものだが、そういう概念も弱い。

 無いとは言わないが、どうにも控えめだ。

 時に胡椒が手にいることもあるそうだが、それは一年に一度、有るか無いか、なのだそうだ。

 まあ、仕方ないと言えば仕方ないのだが、こんな食事が続いたら主に俺が精神的に参ってしまいそうだ。

 だから、手間暇かけて料理に取り掛かる。

 コックのフリッツと見習いのヨーゼフにも手伝わせることで、次からは彼らだけでも作れるように仕付けていくことにした。


 ちなみにコックのフリッツは先日31歳になったばかりのごっついハゲだ。身長は俺より少し低いくらいだが体の厚みが2割は違う。当然だがフリッツの方がゴツイ。

 また、でかい顔に斜めに向こう傷が走っていて、見た目の凶悪さを際立たせている。


 初めて見た時は、“こいつ絶対に人ひとりぐらいは殺してるだろ”と思ったのだが、すぐに実際の見た目とは裏腹に、非常に繊細で気が小さい男だと判った。

 俺が厨房に入ると聞いたとき、自分に失態があったのではないかと泣きそうになっていたからだ。

 はっきり言って、その姿もメチャクチャ怖かったのだが、それを言ったらコイツが自殺しそうな空気が漂っていたので、俺は自分のお口にチャックをする。

 フリッツは小さなヨーゼフに料理を教える時も怒鳴るようなこともなく、腰をかがめて一生懸命子どもの目線に立って話をしている。

 ヨーゼフもフリッツにしっかり懐いていて、見ていてとても良いコンビだと思う。

 因みにヨーゼフは9歳になったばかり。

 厄除けの風習のために薄い茶色の髪を肩まで伸ばしているので、ズボンをはいて普通にしていても何故か女の子に見えてしまう。


 そのためか若いメイドたちは、隙あらば彼をリボンで飾りつけようとしているのだとか。


 さて、本日メインの一品は照り焼きチキンステーキである。

 鶏肉はコルンムーメの冷凍倉庫で最も量が多い天然肉なので毎日100人分消費しても10年ほどは問題ない量がある。

 よって贅沢に使わせてもらう。

 大豆とアミノ酸を使った合成肉を出したとしても、この世界の人々が見破ることができるとは思えないが、俺の気分がよくないので最初は絶対に天然ものを使わせてもらう。

 これは譲れない。


 前菜は地元の野菜を使った軽いサラダだが、副菜にはマヨネーズをしっかり練り込んだポテトサラダが控えている。

 つまり俺は、いきなりこの世界に醤油と砂糖にマヨネーズと言う禁断の調味料をフルコースで持ち込んでやったのだ。

 照り焼き用のサケはあるが、みりんが無いのが残念だ。

 だが、それまで入れると完全な日本食になってしまうから今回はパスでいいだろう。

 後は肉汁を閉じ込めるための片栗を使うかどうかも悩みどころだ。


 ともあれ屋敷の誰もが、未体験の新しい味に驚くだろうな、とニヤける俺。



 だが、俺は食が人間に与える衝撃を甘く見ていたことを後悔する羽目になる。

 要は、いきなりやりすぎたのだ。


 まずは味見で一口。

 9歳のヨーゼフは、この世界で初の照り焼き味体験者となった。

 味醂みりんこそ抜いたが砂糖醤油に少しの胡椒で甘辛く味付けされ、飴色になるまでしっかりと焙られた鶏肉を一口ほおばるヨーゼフ。

 彼の動きが止まる。

 それは時間にすれば2秒にも満たない長さだろう。だが、やけに長く感じられる一瞬だった。


 これがアステリアだったなら毒でも盛られたかと大騒ぎになるところであったが、彼はすぐに自分を取り戻してくれる。

 そして叫んだ。

「すご~い! えっ、っと、こういうとき何て言うんだっけ……。

 そ、そうだ! おいしい……。うん、凄く、凄くおいしいんだよぉ!!」


 恍惚としか言いようのない表情は、もとからの彼の美貌と相まって効果音付きで発光しているようにすら思える光景だ。


 ついではフリッツの番だが、彼は一口食べると涙を流し始めた。

「こ、こんな、こんな事があっていいのか。俺は、俺は今まで何をやって来たんだ?

 お嬢様にあわせる顔が無い。いや、旦那様が生きておられる間にこの味を知っていれば!」


 凄い、凄いと叫ぶヨーゼフと死んでしまった前領主に謝罪して泣きじゃくるフリッツ。

 その二重奏が厨房に響き渡ると何事かと使用人たちが中をのぞき込む。


 そこから騒ぎは更にひどくなった。



 アステリアと国綱、そして俺がテーブルに付いて夕食が始まる。

 3人のメイドが給仕に入るほかに当番制で庭師のひとりがワイン係に扮するのがフライファエド家のしきたりのようだ。 

 因みに今日からはワインもコルンムーメの倉庫からの持ち出し品で賄うことにした。

 この屋敷のハウスワインは本当に水代わりに飲むための質しか無い。

 味を楽しむものではないのだ。


 今日のヴァインケルナー(ワイン係)はドリューなので、ワインを注がれながら、彼に話し掛ける。

 

「メイドの子たち、そわそわしてるね。静かなのはマリーくらいだよ」

「そりゃそうですよ。アステリア様の御食事が終われば、僕らも“まかない”がいただけますからね」

「そんなに楽しみかい?」

「アステリア様をごらんになって下さいな」


 ドリューの言葉に従って長テーブルの頂点部に座るアステリアにそっと目を向ける。

 一口食べるごとに喉を鳴らしてゆっくりと飲み下し、その後に恍惚とした表情でホォッと溜息をつく様が可愛らしい。

 因みに俺の真向かいに座る国綱は満足そうにニコニコとフォークを口に運ぶだけだが、食べるペースが尋常じゃない。

 シュバババッ、と音が立ちそうな程である。

 おい、そのマテリアルボディが必要とする生体燃料がどれくらいなのかは知らんが、今回は3人前以上のメシは出さんからな。

 後は爆撃機ボマーからバッテリー充電でもしてろ、と思う。


 気を取り直して、アステリアに話しかける。

「お味は、どうかな?」

「今日の夕食は、レイ様、手ずからのお品だと聞きましたが、こんなにもおいしい食事は初めてです。

 お肉の表面はカリカリなのに薄皮の下に肉汁が閉じ込められていてとても瑞々しいですし、何よりも甘味と少しの辛さが混然となって……、すいません。わたくしが知っている味の表現では上手く言い表せません。でも本当においしいんです」

 そう言って、少し申し訳なさげながらも本当に嬉しそうに俺に笑いかける。


 だが、次いでは身体をこちら方向に傾け真顔となって小声で、こうも付け加えた。

「やはり、精霊様の特別な料理法なのでしょうか?」

「い、いや、そんなことは無い。フリッツもこの料理法は勉強中だから、すぐに覚えるよ。ただ、ちょっと新しい調味料が必要だから扱いになれるのに時間がかかるかな?」


 そう言いはしたが、実は他のレシピのいくつかを国綱がこの世界の言葉に翻訳して写真つきで渡してある。

 頑張ってそれらの技術を身につけたなら、フリッツはこの国一番のコックにだってなれるだろう。

 そんな未来を想像して思わず微笑えみがでたその時、無言で詰め込むだけだった国綱が不意に驚く言葉を発する。


「んひゅ。ほんと美味しいねぇ。レイは昔っから料理上手だったからねぇ」


「!」


 一瞬、呼吸が止まる。

「お、おい国綱、お前、味が分かるのか? いや、それより、」


「んにゅ? そりゃもちろん。このボディは高性能なのだよ。

 だから当然、舌の上の味蕾みらいも完璧に作られているのですよ、チミィ! わはは!」


 いきなり、おっさん芝居を始めた相棒にぐったりとした気分になる。

 だが、確かめなくてはならない。

「で、俺の料理が昔から美味いってのは?」


「……? 喰ったこと、あんじゃね?」

 首がコテンと音を立てるように右に倒れる。どうにもこいつの返答はおかしい。


 更に問い詰める。

「自分の事だぞ! 覚えてないのか?」


「おぼえてない……? んんっ?

 んぅ! ホントだ! 自分の事だけど、おぼえてないぉ! どして、どして!?」

 こんどは混乱し始めた。ヤバい、博士はこんなパターンを予測していただろうか?


 とにかく、落ち着かせる。

「いや、いいから! 覚えてないなら良いんだ。無理に思い出そうとするな」


「うぃ、レイが言うなら思い出さない」


「それで良い」


 冷や汗をかいた。国綱は上機嫌で食事を再開し食卓は静かになる。

 まわりで給仕をしていたドリューやメイドたちも一時は焦りを見せたが、どうにか落ち着いてくれた。

 反面、アステリアが、彼女アイは本当に大丈夫なのか、と問いかける視線を俺に向けてくるが、

「気にするな。今は食事を楽しんでくれ」

 と、首を横に振って話を打ち切る。


 その後は、デザートに出したババロアを国綱が皿から流し込むように口に詰め込んで、

「ババロアはその名の通りイナズマのように食うべし!」

 などと騒ぐので、深刻な顔つきだったアステリアまでもが吹き出してしまう。

 俺は真向かいに座る奴の頭頂部にシャドーチョップを食らわし、

「そりゃエクレアだろ!」

 と間違いを修正するが、奴は黙らない。


 こうして結局、騒がしいままに夕食は終わった。




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