第39話 4日後、ゼンガーリンツ侯爵邸での一幕



「負けたぁ!? どういうことだ?」


 知らせを聞いて最初はなにかの聞き間違いではないかと思ったが、何度確かめても家令の言葉は変わらなかった。


「ですから、フライファエド嬢の捕縛には失敗。派兵した62名は解放された4名を除いて逆に全員が捕虜となっています。

 捕虜に重症者や死傷者はいないということです」

「ということは、フォッカー家の娘も無事か?」

「はい」

「それだけは不幸中の幸いというべきなのだろうが、何にせよ信じられんな」

「伍長1名、兵士3名が報告のために開放され館に帰ってきております」


 少しばかり考えを巡らせる。

 今回の出兵自体が秘密裏のものである以上、負けて帰ってきた兵士の姿から敗戦を知る領民も少ないだろうが、皆無とも行くまい。

 館内部でも情報漏洩があったことから全体を引き締め、出陣の訓示とした程なのだ。


 出来得る限り早めの捕虜の奪還交渉が必要だが、こうなると最初は利点であったはずの出兵時期が今では不利な条件にひっくり返ってしまった。


 気温の下がり具合から見て、明日からでも雪の季節が始まってもおかしくはない。

 そうなれば街道は完全に塞がる。交渉は年明けの3月に入ってからだろう。

 その間に捕虜となった兵士達にどのような工作がなされるかだけでも気がかりだ。


 それと、間違いなくガーソンは殺される。

 フライファエド家の“征伐”とは、それだけで侮辱に等しい。

 奴に使うよう指示した口上の結果として、“平民を無礼討ちしたまで”と主張されても反論はできん。


 覚悟しなくてはならんとは言え、侯爵軍を担う4人の大隊長のひとりである彼を失うのは実に痛い。

 残された家族になんと言えば良いのかも、今は考えられん。

 なぜ、彼ともあろうものが、この程度の作戦に失敗したのか? 帰ってきたという伍長からの詳しい報告を聞かねば納得できぬ。


 また、アデル、いやアーデルトラウト嬢についても心配がある。

 家ぐるみで我が家との付き合いがある彼女はミレーヌにとっては姉のような存在になっている。


 男爵家の出自で女。

 60人近い捕虜たちを抑える人質として、これほど良い手駒もないだろう。

 ならば決して殺されることはないだろうし、相手もできるだけのことはするに違いない。

 だが、辺境の貧しい騎士爵家では、果たしてどこまで貴人としての生活が保証されるかはわからん。


 冬の間はただでさえ食料不足になる土地だ。

 不潔な環境に置かれ、貧しい食事に耐え忍ばなくてはならないことを思うと心が痛む。

 帰ってきたとき体に後遺症が残っているくらいならまだましだろうか……


 それだけに彼女が捕虜になった事が知られたらミレーヌは決して私を許すまいな。

 こちらも頭が痛くなる問題だ。


 そう思った矢先に執務室のドアが激しくノックされる。

 ノックの癖ですぐさまミレーヌだとわかった。

 憂鬱だが話をしない訳にもいくまい。


 こめかみを押さえつつ、ドアを開くように家令に命じた。




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