第48話 ある捕虜の独白 ~ケニー・フラナガンの日記~
まえがき
文中にある
先に再陽月を1月と書きましたが陽祭月の誤りです。修正してお詫びします。
なお再陽月は12月です
◇ ◇ ◇
陽祭月、11日 天気:粉雪 強風
仲間が帰りたくないと愚痴を言う。
同感だったので相槌を打ちながら話を聞いたが、少しばかり大きな声で話をしたのは不味かった。
まさか、あんなことになるとは思わなかった。
周りのほとんどが同調してはいたが、最後まで黙っていた奴らは俺たちを見てどう思っただろうか?
今後は注意しよう。
晩飯に出た黄色い辛い食べ物がとんでもなく美味かった。
おかわりも良いと言うから3杯も食べた。
カリ、というらしい。
兄貴の店のためにも作り方を知りたいが無理だろうなぁ。
追記(22日)
料理人がカリのレシピを簡単に教えてくれた。
びっくりしたが、あの色と味を出す材料はフライファエドにしか無いという。
実に残念だ。
そのうち領外へも売り出してくれるといっていたが本当だろうか?
◇ ◇ ◇
「雪が降り始める前には帰ってこられるから、再陽の日(冬至)の家族ミサには出るよ」
前日に見送りに来てくれた兄嫁に、そういって出兵したのがひと月ほど前のことだ。
だが、再陽の日は疾うに過ぎ、敵地で新年を迎えてすでに10日が経つ。
王国の最東部に位置するゼンガーリンツ侯爵領は東に険しいシラー山塊が広がり、南北を他の辺境伯領や大小の男爵、騎士爵領に囲まれているため直接外敵とは接していない。
しかし、
また、小競り合いで済まなくなれば侯爵は格下の貴族をまとめた方面軍の総指揮を取って戦うことにもなる。
つまり、ゼンガーリンツ侯爵家の領軍は下手な辺境伯などより常在戦場の意識で日々を過ごしていると言ってもいいし、それに合わせるかのように訓練も過酷だ。
当然、一兵卒の俺たちと言えど、普通の貴族配下の兵士よりずっと腕は立つという自負が有った。
だが、それも今では過去の話だ。
そう、俺たちは負けた。
それもたったひとりの少女に、だ。
「はぁ~」
ひとつ隣のテーブルから、大きなため息が聞こえる。
本来ならば、捕虜になった俺たちはテントの中で震え、今日は生きていられるのか、明日は命が絶えるのか、と嘆きながら冬を超す、或いは越せずに
だが、フライファエドの御領主様の温情で、俺たちは豪華な宿舎を与えられ、表で作業に着く時を除いては寒さなど感じたことは無い。
その表の作業でも出来るだけ冷えぬように、と与えられた作業着にもしっかりとした保温の配慮がなされていた……。
ため息を付いたのは、同じ
奴はさっきまでチェスとかいうスコッカ(チェスの原型的な遊戯)を改良したボードゲームに興じていた。
どちらが勝ったかは知らないが、いつの間にか向かいの席は
ここは一応は食堂ではあるのだが、食事時でない場合はこうして皆の交流場所になっているのだ。
もちろん俺のように誰かと話をしなくとも一人でいるのは嫌だから、と言う理由でブラブラしていても構わない。
ここには看守などいない。
与えられた食料や衣類は、すべて自分たちで管理し、作業のない日なら活動時間の配分すら自由意志に任されている。
何より宿舎そのものが、まるで軍宿舎の士官室のように、いや、そんなものは比べるべくもない清潔さと明るさ、暖かさに包まれている。
下手をすると自分たちが捕虜だということすら忘れてしまいそうになるほどだ。
だが、そんな中でも盛大にため息を吐く奴が居る。
そして、その理由を俺も理解できてしまうのだ。
奴のため息にはいろいろな意味があるが、ひとつには俺に向かって愚痴を聞いて欲しいという意味があるのは見え見えだ。
とは言っても、その愚痴は俺も吐き出したいところだったので、乗ってやることにした。
「どうした。大きなため息なんか吐いて?」
俺が話しかけると、ガニーの奴はやったとばかりに飛びついてきた。
「いや~、帰りたくねぇなぁ、って思ってなぁ」
「あ~、なるほどな。うん、まあ、わかる」
「だろ?!」
我が意を得たりとばかりに反応するが、実は俺も、それを言いたかったのだ。
だが、単に同意したのでは面白くない。
ちょっとひねくれて見せる。
「でも、俺とおまえじゃ理由は違うかもよ?」
「いや、絶対に同じだね!」
「ふ~ん、例えば?」
「じゃあさ。お前、帰ってからどうやって負けたか、人に話せるか?」
ガニーよ。いきなり一番痛いとこ突くなよ、と思うが事実なので頷く。
「そりゃ、まあ、な。12歳の女の子ひとりに大の男が60人掛かりで負けました。
……うん、俺も言いたくないわ」
「それも、全員が魔法でやられたなら『強力な魔法なら仕方ない』って同情もしてもらえるかもしれんけどよぉ。
60人中の12人は体術で負けてんだぜ!
12人とも投げられたり抑え込まれたりでよぉ~!」」
「その12人の中に俺とおまえが入ってるな」
「だからだよ、クソ! なんなんだよ、あの強さ! 反則だろ!」
ガニーが叫んだので、周りにいたうちの数名がこっちを向く。
更にその内の何人かは同意するかのように、しみじみと頷いていた。
あれはタロスとアルバロだな。
確か、あいつらもまっさきにやられた組に入ってたよなぁ。
うん、仲間がいるって心強い、じゃねーよなぁ、はぁ……
くそ、俺はお前とは違うってとこ見せてやるよ。
「あのな、ガニー。俺が帰りたくないってぇのは、それも少しはあるだろうが半分以上は違う理由だぞ」
「ほう、どんな?」
「俺は、な、ここの暮らしが気に入っちまったんだよ」
俺がそういうと、ガニーではなく向かい隣のテーブルにいたトマスが声を上げた。
「おお~っ! 分かる。分かるぜ、ケニー!」
そう言ってトマスが同意すると、他にも十人ほどの仲間が俺たちのいるテーブルに集まって来た。
「その話題、混ぜろよ!」
「だよなぁ~、開放されたらもうこんな美味い飯食えなくなるかと思うと、ずっと捕虜でいてぇよ」
「いや、そりゃまずいだろ。でも気持ちは分かる」
食堂が笑い声でドッと湧く。
そうなると誰もが笑い、軽口も途切れることがない。
命は保証され、衣食住どころか娯楽までもが今までより数段上のレベルで楽しめている。
女っ気がないのは辛いが、それもあと
誰の声も明るいのは当然だ。
「なんとかここに残る方法無いかな?」
「俺は親父を連れて移住したいぜ。俺の親父は痔でよぉ、いっつも苦しい苦しいっていってんだけど、ここの
「あ、それ分かる。実は俺もそれが理由としてデカい」
「わははっ!」
「ゲームもなぁ、チェス覚えちまったらスコッカには戻れんよなぁ」
「いくら他の領地だからって、あっちで勝手にやっていいもんじゃないだろうしなぁ」
「ほんと、賭けてるのがバレたら、怒って成敗に来るかもな」
「今までの力関係なら勝手にやってたんだろうけど、こっちの姫様は怖いからなぁ」
「わはは、ちがいない!」
「ならやっぱ移住かぁ?」
「アホ言うな、お前、お館様を裏切る気かよ」
「………」
最後のセリフで誰もが現実に引き戻されて黙り込む。
うっかりだろうが、そのセリフを発した奴は誰よりも青い顔になって
ひとりが自分のいた席に戻ると、誰もが俺たちの前から離れて元の席へ、或いは部屋へと消えていく。
そう、俺たちはゼンガーリンツの兵士でゼンガーリンツの民だ。
すっかり忘れてたぜ。
何、浮かれてんだかなあ……
◇ ◇ ◇
あとがき:お読みいただきありがとうございました。
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