第22話 借金が無くなっても(`・ω・´)シャキーンとなれない私


 屋敷に入ったレイ様とアイ様を家の者たちに紹介したあとで、まずは歓待の意味合いも兼ねて中庭の四阿あずまやでお茶会を開くことにしました。

 こういうのって夢だったんですよね。


「うゎ~。きれ~な庭だねぇ~」


 ご案内してアイ様にすぐ庭を誉めていただき嬉しくなります。

「はい、先日一緒にいたドリューもここの手入れをしているんですよ」


「ほへー! ドリュー君、なかなかやるねぇ~」


「だから、お前は何様なんだよ!」


「んにゅ、ここではアイ様だなぁ~」


「そうだな……」


 何故かレイ様は、お疲れのようです。


 過去にはメルツェデス様と一緒に伯爵家のバラ園で何度もお茶の時間を御一緒させていただきました。

 最初の1年は私も今のマリーよりも位の低い普通のハウスメイド扱いでした。

 これはメイドの仕事を自分が知らないと命じることも失敗を指摘する事も出来ないから、という意味合いでのものです。

 こうして貴族の子女は、家のルールを定め使用人を使う側としての能力を高めていくのです。


 実際、わたくしが伯爵家にお仕えする前年までメルツェデス様も某侯爵家にメイドとして仕えていたそうです。

 つまり、あのお方もわたくし以上に厳しい学びの時を過ごしていたのです。


 反面、後半の1年半はまるで実の妹の様に可愛がってくださいました。

 ドレスの着付けや季節によって着てはいけない花の柄などの勉強。

 歩き方、挨拶、食事のマナーに至るまで即興ではありますが、厳しく叩き込まれたと思います。

 ですから、いつかはメルツェデス様をお招きしてのお茶会を開きたいと思っていたのですが、手元にわずかな銀貨が残るばかりの身では、招待する側としての遠方からの馬車代など出せません。

 と言って、近隣の騎士爵や準男爵の御令嬢で、わたくしと歳の近い方はいらっしゃらず、他の御令嬢では身分が高すぎるなどの問題から、お茶会を開催することはできなかったのです。


 そういう訳で、今日、アイ様とお茶を御一緒できるのは本当に嬉しいことでした。

 実際、アイ様のマナーは完璧で、略式のカーテーシーで挨拶をした後に、今日、使用している茶葉を当ててからホストである私が挙げた話題にあわせて話に入るという見事な流れを見せてくださいました。


 ただ、これを見たレイ様が、

「どこで勉強したんだ?」

 と驚いた後に、思案ごとの顔つきになって黙ってお茶を飲むばかりになってしまいました。

 深刻な顔をするレイ様が心配になったわたくしは、気をまぎらわせていただきたくなり、話を魔獣の処理について切り替えたところ、レイ様は、そういえば、と言って執事のウィルと馬丁のロッコを呼びつけます。

 が、二人が揃ったところでレイ様は信じられない事をおっしゃり始めたのです。



   ◇      ◇      ◇



「つまりは、買い取る、と仰るのですか?! それも金貨5000枚で?!」


 大声を出してウィルが驚くのも当然です。

 金貨5000枚。フライファエド領の税収、約50年分です。

 そう簡単に信じられるものではありません。


「うん、それもひとまずは、の話だ。そこから増えることはあっても減ることは無いから安心して欲しい。

 それと今は俺たち国の金貨で支払うが、その金貨がこの国でどう評価されるかはわからないことは問題だよな」


「先だって北集落で見せていただいた金貨でしたら、この王国の金貨の2倍の価値があることは間違いありますまい」

 ロッコは既にレイ様の思考や行動の意外性にも十分に対応できるようになったようです。

 私よりずっと上手く話せています。

 うらやましいです。


「とは言っても、この国にだってメンツってもんがあるからな。トラブルは避けたいね」


「つまり、王国金貨と同等の評価でも良いと?」


「ああ、十分だよ」


「しかし、商人は王家のメンツなど気にしませんぞ。実際の価値が全てです。」


「そうか……、ならやっぱり、比率を変えて取引するしかないかなぁ」


 ああ、ぼーっとしてる間に話がどんどん進んでいきます。

 これはいけません。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなお金、受け取れません!

 あれらはすべてレイ様とアイ様で倒した魔獣ではありませんか!」


 そうです。

 レイ様が今話している金貨5000枚と言うのは、レイ様たちで倒した魔獣613体の売却で得られる利益を指しており、それを王国の商人に売る前にレイ様が領主であるわたくしから“買い取る”と仰っている訳です。


 自分が倒した魔獣を自分で買い取るなど聞いたこともありません。

 ですが、レイ様の言い分は違いました。


 「アステリア嬢。ここは君の領地で、今回の戦いは君の指揮の下に行われた君の戦いだ。

 そして我々は君の配下として戦った。

 となれば、その獲物はすべて君のものになる。これは当たり前じゃないのか?」


「いえ、それはおかしいです」


「なら聞くが、仮に今回、俺たちがいなくてロッコとドリューだけで魔獣を倒したとしよう。

 その戦果はロッコとドリュー個人のものになるのかな?」


「ふたりは我が家で雇われている使用人です。

 ですから、彼らの戦果がフライファエド家の利益になってもおかしなことはありません。

 ですが、レイ様方はわたくしの家臣ではありません」

 この言葉で私は勝ったと思いました。

 しかし、それは早計だったようです。


 レイ様は、右手で自分の顎を摘まんだ後に、軽く頭を振って言葉遣いまでも改めてきました。

「しかしです、あなたはその前に我々を後見すると宣言なされました。

 これは我々を保護し行為に責任を持つと同時に、それによって生じる正当な利益を受け取る権利も得たという事ではないのですか?」


 道理が通っています。

 返す言葉が無くなってしまいました。


 ウィルなどは、何故わたくしが、お金を受け取ることを嫌がってるのかわからないといった顔で、不思議そうにこちらを見ています。

 もう、素直に話すしかないようです。


「お気持ちは大変ありがたいのです。ですが金貨5000枚などという大金。

 簡単にはうけとれません。その、……怖いのです」


 そう、結局のところわたくしは怖いのです。

 こんな大金をお二人から奪い取るようなことをしていいのでしょうか?

 こんな大きなお金を手に入れて、わたくしは変わってしまうのではないのでしょうか?

 こんな大金をどのように使えば、誰からも後ろ指をさされることがないのでしょうか?


「わからないんです。怖いんです。

 今の私には不足分の金貨13枚と銀貨26枚、それだけあれば十分なんです」

 そう言ってスカートを握りしめながら固まってしまったわたくしの傍に、ふたつの影が寄り添います。

 後ろから肩を抱くマリー、そして正面から私の頬をなでるアイ様。


 どうやらわたくしは泣いてしまっていたようです。

 アイ様は心配そうに私を見て、こうおっしゃいます。

「んぅ~。エステル、大丈夫だよ~。

 あのね。精霊はね、洞窟にきんをたくさん持ってるんだよ。これくらいじゃボクの財布は全然せたりしないんだよ~。

 それに、これを外の商人に売って更にお金を儲けるんだよ~。

 そういったお金は全部、領地の為に使うんだよ~。

 このお屋敷のみんなや領民のために使うんだよ。そうすれば、誰もエステルを悪く言わないんだよ。

 大丈夫、絶対だよ~!」

 

 小さく、でも自信たっぷりに肯くアイ様の緑の瞳は澄んでいて、その瞳に吸い付けられるようにわたくしはアイ様を抱きしめて泣き続けました。


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