第23話 やあ、旅の人かい。ここはフライファエド村。   ゆっくりしていきなよ


 北集落の集落長が男衆全員を引き連れて“お詫び”に来たそうです。

 時間を稼いだので、どうすべきか決めていただきたいとウィルに言われたのですが、このような時はどうすれば良いのでしょうか?


 今、わたくしは執務室前の廊下で、本来なら来客が待機するためのソファに腰掛けて思案中です。

 が、実はこのような時に相談できる相手というものが、わたくしにはおりません。


 今、我が家にいる家臣をすべて挙げてみましょう。


 まず家令のウィルです。

 彼は村々をめぐる行商人だったところを父に請われて、この地に住むことになりました。

 他の商人との取引をする際に読み書きや計算ができる人物が必要だったからです。

 実際、我が家の経理はすべてウィルに任せており、書類も滞ったことはありません。

 もちろん貴族同士の文書のやり取りは領主自らやるほかないのですが、今のところ、そう多くはないので問題ありません。

 ただ、領地の経営はについて尋ねると、行商とはわけが違いますので余計な事はできません、と自信なさげです。

 とはいえ、命じたことはきちんとやってくれるのですよ。


 農民の生活に通じて様々なことを教えてくれるのは馬丁のロッコです。

 ただ、彼も平民ですので、やはり領地の経営について自信を持っては意見を出せないと言います。

 歳はふたりとも50歳より上です。


 お父様の従卒フットマンであったローガンとオルドス、こちらの二人は40代後半です。

 若いころは王都で1000人以上を集めて開催される剣術大会で上位52人しか出られない本会場での試合に何度も出場したといいますから、剣の腕は折り紙付きです。

 父が養子としてフライファエド家に入った時、王家から推薦を受けてついてきたそうです。

 剣の腕や用兵ついてはともかく、村人の陳情については、どうなんでしょうね?

 なんとか動けるようになったオルドスが村人の不審な行動について調べてくれていますが、成果はあまり上がっていないようです。

 特に今の二人は、お父様を守り切れなかったということで酷く自信を失っています。

 その上で更に責任を負わせるような事をお願いしてもいいものでしょうか?


 メイドは4人ですね。

 メイド長のヒルダと、その下にジュナ、レア、リーンの3人がいます。

 ヒルダの年齢は知らないほうがいいですね。ウィルの奥様ですので、まあ、それなりのお歳かと……。

 ジュナとレアは20歳を少し回ったくらいです。

 もう少し、年が近ければもっとおしゃべりしやすいんですが、やっぱり、ちょっと距離を感じます。

 私を大事にはしてくれるんですよ。

 ただ、ちょっと大事にしすぎといいますか……。


 リーンは私よりひとつ年下なだけなのでもう少し気軽に話したいのですが、親を亡くして引き取られたばかりなので、まだまだ屋敷に馴染んでいません。

 これから仲良くなりたいです。


 それから侍女のマリー。来年の春には15歳になるそうです。

 私は結構、なんでも言い合える仲だと思っています。

 元々は南集落の集落長の末娘さんだったそうです。

 本人は、「5歳で売られそうになったところを先代さまに助けていただいた」と実家をとても嫌っています。


 最後に庭師のスードお爺さんと庭師見習いで雑役夫のドリュー、バーン、クルトの男衆3人組。

 3人組は18から20ほどでみな若いです。

 最後に、コック長のフリッツとコック見習いのヨーゼフ。ヨーゼフは9歳になったばかりで、元々は捨て子です。

 お父様が村の入り口に茫然と立っていたのを拾ってきました。

 体が弱く、親に見限られて捨てられたのだそうです。


 実は騎士爵家程度の我が家に使用人はこんなに多く必要ありません。

 しかし、元はこの土地は辺境伯家のものだったらしく、屋敷の本館は3階建て20部屋を超える巨大さであり。敷地もそれに合わせて広大です。

 そういう意味では館に比しては少ないともいえます。


 いずれにせよ、メイドの2人は14年前の疫病で身寄りが皆亡くなっていて屋敷が引き取らなければ集落側では扱いきれず、奉公人という名目でどこかに奴隷に売られていたでしょう。

 雑役夫の男衆3人組も同じです。

 またヨーゼフなどは農業ができる体ではありませんので、ほっとくとのたれ死んでしまいます。

 もっともドリュー、バーン、クルトの3人は兵役の際の雑兵として使えるので無駄にはならない、ヨーゼフだって大きくなれば、どうなるかわからない、というのがお父様の言い分でした。


 ウィルは人間ひとひとり食わせるだけでも金がかかるのだと渋い顔をしますが、なんだかんだとやりくりしてくれます。

 ですから若い6人にはもちろんのこと、リーンとヨーゼフにまで少ないながらも給金(ほとんどお小遣い程度ですが)を支払えているのです。


 ああ、今は北集落のおもうでの事を考えなくてはいけませんね。

 さて、どうしましょう。

 今は、庭で待たせているのですが、このまま帰ってもらいましょうか。

 何か頼みに来たわけではないのですから、別にそれでもいいと思うのですが……。

 いえいえ、今後の事を考えると、顔も合わせずに引き揚げさせるのは、果たして正しい行為なのでしょうか?


 こんな時、メルツェデス様が側にいてくだされば、と心の底から思います。


 このまま廊下で考えたままでいる訳にはいきません。

 ウィルを呼んで方針を示し、彼らをどう扱うのか伝えなくては。



「メェ~、メェ~」

 何やら声真似が聞こえます。

 見るとアイ様が可愛らしい羊の着ぐるみを着てこちらに跳ねてきます。

 まあ、これは癒されますね。


 マリーが走りよって出迎えますが、何故かアイ様はマリーとハイタッチしてから廊下のソファに腰掛けたわたくしに近づいてきます。

 いつのまに、ずいぶん気安くなったのですね。マリーがうらやましいです。


「アイ様、昨日お使いになったお部屋はいかがでしたか?」

「んぅん~。ベッドがふかふかで眠りやすかったよ~。

 ボクは、いつもは眠らないんだけど、久しぶりに眠ってみたよ~。羊だからね~」


 ? ちょっと仰っていることがよく分かりませんが、ともあれ喜んではいただけたようですね。良かったです。


「あの、そのお姿は、どうなさったんですか?」

「んぅ~。なんかね。レイが羊になるっていうんで、ボクもなってみようかなって思って~」

「羊になる? レイ様が?」

「そうだよ。メェ~!」


 どういう事だろう? と首を傾げていると、向こうの通路をレイ様が通り過ぎていくのが見えます。

 家令のウィルの部屋に入っていきましたね。

 いえ、それよりも見たことのないデザインですが、あの方が身に着けていたのは間違いなく略礼服です。

 つまり、執事としての服装です。


 振り返ると私の後ろで一生懸命につま先立ちして、高く上げられたマリーの手からビスケットを奪い取ろうとする羊さんがいます。

 ふたり仲良く、きゃっきゃ、きゃっきゃと大はしゃぎです。


 私ともそうでしたが、出会って間もないマリーとでもすぐに仲良くなれるアイ様は、まったく精霊様らしくないのですが、それがとてもアイ様に似合っています。


 きっと、アイ様はレイ様から人との係わり方を学んできたのかもしれませんね。


 そう考えているうちに、何故だか今回のことはレイ様にお願いするのが一番良いのではないかと感じていました。




     ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 以下は、文中でエステルが語っていた家人の構成です。

 矛盾があった場合、後ほど修正することもあるかと思いますが、基本はこのとおりです。

 父母以外の(   )内は年齢ですね。

 また家人には含めませんが、従卒のオルドスとローガンには妻がいます。

 彼らは館の敷地内に個人宅があるので、妻ともどもそこに住んでいます。



 故人:父、アウグスト(オーグ) 母、エルメンヒルデ(エルマ)

 家令:ウィル

 メイド長ヒルダ

 以下メイド3人娘:ジュナ(22)、レア(22)、リーン(11)

 侍女:マリー(15)

 従卒:ローガン、オルドス(いずれも30代後半)

 馬丁:ロッコ

 庭師:スード(60代) 庭師見習い・雑役夫:ドリュー、バーン、クルト

                       (20) (19)(18)

 コック:フリッツ コック見習い・ヨーゼフ

     (31)        (9)


 メイドの2人は15年前の疫病で身寄りが無くなった。

 リーンの親は3か月前に事故で死亡。

 メイドの2人と侍女のマリーは雑役夫3人組の嫁候補。

 ヨーゼフは体が弱く、農業ができる体ではない。

 ドリュー、バーン、クルトの3人は兵役の際の雑兵としても雇われている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る