第24話 三度目の転職 

 魔獣を倒してひと段落とはいかないのがつらいところだ。

 大抵、仕事ってのは中心になる時間を挟んだ前後の方が忙しく、そして長い。

 今回の戦闘は突発的なものだった。

 ということは、準備が無かった分、後片づけに時間がかかるのは当然という訳だ。


 土下座状態で動かない領民に困惑するアステリアをとっとと屋敷に向かわせて、俺たちは後片づけに向かう。

 魔獣の死体の傍では家を壊されて涙目になってる一家がいたが、

「明日から片づけに手を付けてやるから今夜はどっかに泊めてもらえ」

 と声を掛けるとようやっと落ち着きを取り戻してロッジに戻って行った。


 しばらく待つと、来た。

 コルンムーメから送り出された中型輸送艇が5隻。

 オートパイロットで上空待機となる。

 電子的なステルスはもちろん光学迷彩も稼働しているため、遠目には空に溶け込んでしまう。

 また地上に近づけたところで、本来ならこの集落の村人にも気づかれんだろう。


 だが、少しばかり力を見せつける必要はある。


 一隻を近くの放牧地に降下させると、後ろの方から“ワアッ!”と声が上がった。

 見ると俺たちの100mほど後方では、領民たちが一塊ひとかたまりになってこちらを恐ろし気に見ている。

 土下座から、ようやく動けるようになったようだ。


 さっきの様に物事の是非も考えられずに唯々ただただ相手からの許しを請うている時に、簡単に許してはいけない。

 そうかといって、単にさっさと動けと言っても容易たやすく動くものでもない。

 閉鎖的な集団と言うのは互いの顔色を窺って自発的には動かない。

 動くための何らかの言い訳が必要になる。

 今は集落全体の利益という形が一番動きやすいだろう。

 よって、ある程度の利益で行動を誘導する。同時に力を見せつけて、逆らうと痛いぞ、と分からせる。

 これしかない。


 今回、こいつらに働いてもらうことなど何ひとつ無い。

 だが、しっかりと見てはもらう。

 お前らの領主がどれほどの力を手に入れたのか、ということをな。


 武力は先に見せたが、次に見る力をどう捉えるかな?


 超電磁クレーンを使って物資を輸送艇に積み込むときは持ち上げたい物体の対称位置となる二か所程度に電子パレットを取り付け、それを超高圧の電磁力で釣り上げる。

 傍から見ると、荷物が勝手に浮き上がって輸送艇の貨物室に収まっていくように見える。

 まあ、この世界の村人には魔法と見分けがつかんだろうな、と思う。


 案の定だ。腰を抜かして、再び俺たちを拝み始めた。


 今回は魔獣の死体なので、電子パレットの取り付けすらいらない。

 強い電磁波で壊れてしまう安い電子機材のような心配はないからだ。

 物体が持つ自然電磁域をそのまま掴んで引っ張り上げてやればいい。

 いわゆる牽引光線トラクタービームというやつだ。

 連絡艇は上空に陣取って、613体の死体をそれぞれにビームで引き上げていく。


 輸送艇と超電磁クレーンの扱いの全ては国綱がやってくれるのだから、俺はただ命じて任せればいいだけだ。


 国綱本人は、“いけ~!” “ご~、ごご~!” と、お気楽な掛け声をだしているだけだが、今こいつの中では輸送艇や超電磁クレーンをコントロールする複雑な指令信号が駆け巡っている。

 こうしてみて今更ながらに、こいつAIなんだよなぁ、としみじみ思う。

 

「終わったよ~」

 おっと、呆けていたか。

「んじゃ、輸送艇は低域軌道上に戻しとけ。しばらくしたら、あの死骸は売り払うんだから温度管理は適切に頼むぞ。肉や毛皮が痛んだら金にならんからな」

「おけ!」

「次、プレハブ頼む」

「おけおけ!」


 聞け、村人どもよ。

 さっき、家については明日だと言ったな、……あれは……、嘘だ!


「さっさとやっちまうぞ」

「うぇ~い!」


 レイバーアンドロイドの手によって、次々と組み立てられていくプレハブ。

 当然だが中にシステムキッチンやベッドは無い。

 トイレは屋外なので自分たちで建て直してもらう。

 どうせ短時間では配管も通せないしな。


 そういう訳で内部設備は全部外して建てていく。窓ガラスも外した。

 ただでさえ文明レベルに合わないものは良くないのだ。利点は消すに限る。

 下手をすれば自分の家より、あのプレハブが良いなどと考えて入居者に嫌がらせをするやつが現れんとも限らんからな。


 そうして破損した家も一通り直し終えると、全員を集めて宣言する。


「知っての通り、俺とアイの後見人はアステリア様だ。今後、彼女への無礼は絶対に許さん!」


「んぅ、ゆるさん!」


 またまた全員がちりめん問屋の御隠居の御前みたいになった。



       ☆            ☆ 



 以上が魔獣を倒した後の北集落での顛末だ。


 輸送艇やレイバーアンドロイドについては厳しく口止めをした後、北集落を後にしたのだが、少々脅し過ぎたようだ。

 今日になって、北集落の長は男衆を引き連れて再度詫びに来てしまった。


 アステリアから直々に北集落の今までの無礼を許すという言葉が欲しいというのだ。


 騒ぎを知って屋敷の南側に広がるなか集落の集落長まで駆けつける。

 中集落長は北・中・南の3集落をまとめる村長でもあるので、この事態に傍観しているわけにはいかなかったのだろう。

 彼も大慌てで集団の前に出て、その身を伏せた。


 今回の対応に、俺は新入りの執事見習いと言うていで参加したが、いきなり家人を刺激する気はないので行動の一つひとつを家令であるウィルの指示に従うという形をとる。

 家令は財務管理の他に執事や執事見習い、従者まで含めて家人すべてを統率する役職なのだから、これで常に俺の首にはウィルの鈴がついていることになる訳だ。


 俺は精霊様アイ守護者あいぼうだぞ、とか言って強圧的に従える方法もあるが、そういうのは面白くない。

 家内にアステリアの敵がいるならやるが、今、その必要は感じないのだ。

 だから、できるだけ大人しくしようと思っていたのだが………


 先程、アステリアに呼ばれて、今回のことについて良い案があるなら任せたいと直々に頼まれてしまった。

 国綱が彼女を助けると決めたときから、俺もできるだけのことはしてやろうと決めた。


 ただ、この家の主戦力であり、主人に最も近い従卒フットマン二人を飛び越えることはできない。


 俺が悩んでいると、怪我をして動けないモーガンはさておき元気を取り戻したオルドスは、これまでの経緯をロッコから聴いていたようで今回は俺の提案する流れに従ってくれることになった。

 暫定的にだが行動にも従うとまで言う。


 これは助かる。


 アステリアに相談された時、真っ先にウィルとロッコを呼んで、これからの事を話しておいて良かったと思う。


 さて、この領民たち、単にアステリア嬢の統治に不安があって非協力的だったという訳でもないようだ。

 この場で、その理由が分かるといいのだが。


 屋敷前の石畳に伏して整列した8人の領民たちのまえに最初に現れたのは、ウィルとロッコと俺。

 今後は公式の場では、アステリア嬢を簡単に村人の前には出さない、と俺たちは決めた。

 彼女の権威を高めるためだ。

 なお、オルドスに率いられた庭師の若者3人は武装して後ろに立つ。

 こういう時、男の頭数が揃ってるのはいいね。

 威圧感が違う。


 今回の対応は俺に任せてもらうことになったので、一歩前に出る。

 この世界において、俺の身体は異常と言える大きさだ。

 それだけで威圧できるが、それに加えて言葉にも圧を込める。


「で、あんたら何しに来た? 先日、俺と“アイ”が言ったことを理解わかってくれたなら、それでいいんだから、もう帰れ」

 わざとそっけなく突き放すと、すり寄るように北集落長が声を上げる。

 最初に会った時にも思ったが何やら村人に突き上げられていた感じがするものの、それ以上にアステリアを甘く見ているのがはっきりわかるのだ。

 だから、ここは情け無用でいく。


 俺の巨体に恐れを感じているのは確かだが、俺はいまだこいつらに一度も暴力を振るったことは無い。

 それもあってか、睨みつけてもまだ自分は安全だと高をくくっているのだろう。

 領主の館に来ても、物言いが緩みきっているのが痛い。


「いやぁ、はは、実はお嬢様に直接、お詫びをしにきまして……… へへっ」


「ほう、お詫びね……」


「はい」


「なら、なんでお前はそんなに無礼なの?」


 俺の言葉に、集落長は訳が分からないと呆けてしまっている。


「はい?」


「お嬢様なんて、ここにはいないんだよ! ご領主様、アステリア様ならいらっしゃるがな!

 新たな領主を小娘とあなどるか、貴様!?」


 後方でスッと短い鞘走りの音がする。

 おそらくだがドリューが剣を抜きかけたに違いない。


「し、失礼しました。はい、ご領主様です。決っして侮りなど!」


 ブンブンと首を振って、己の失敗を糊塗ことする。

 どこかで「お嬢様」と言うだろうと思っていたので、このセリフが出て俺が怒り始めたら剣を抜くようにドリューに言い含めてあったが、見事にタイミングを合わせて鯉口を切ってくれたと嬉しくなった。


 長年、かたわらに従ったマリーがアステリアをそう呼ぶのとは訳が違う。

 彼女は既に騎士爵家のあるじである。

 今後、公的な場でアステリアをお嬢様などとは呼ばせる訳にはいかないのだ。


 因みに、そばにいるなか集落の集落長も青い顔をしている。

 奴も失敗するところだったんだろうなと、心の中で笑う。


 さて、いよいよ此処ここからだ。

「なあ、聞きたいんだが、なぜ、アステリア様への協力を拒んだ?」


「はい、先代のご領主様が魔獣に襲われましてから、皆、森が恐ろしく、」


 北集落長の言葉をさえぎって俺は大声で怒鳴る。


「戦って、だ! 襲われたのはお前ら領民で、先代様はお前らを守って魔獣と相撃ったんだ。

 そこを間違えるな!

 自分たちは命を救われておいて、その遺児の命が危うくなれば、とっとと見捨てる。

 これがまともな人間のやることか!」


 ギロリ、と長を睨む。今、俺は本気で腹を立てていた。


「あっ……」


 場が水を打ったように静まり返る。

 こいつらはようやく自分たちが誰にどうやって守られているのか考え始めたようだ。

 遅い。だが遅すぎではないことを祈るぜ。


 視線を感じて左を向くと少しばかり後方のオルドスと目が合った。

 あんたを差し置いて先代についての何事かを言うつもりは無かったんだ。すまん。

 後で直接詫びようと思った。

 なんか気まずいなぁ。


「まあ、お前の言い分は分かった」


 気を取り直して俺がそう言うと集落長に安堵の表情が広がる。


「では!」


 だが甘いよ。これには俺の三度目の転職が掛ってるんだ。徹底的にやらせてもらうぜ。


「言い分は分かったが、納得したかどうかは別だな」


 その言葉に、集落長の顔は青を通りこして白くなった。



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