第25話 告白って言っても別に大好きな先輩にする訳じゃないんだからね☆彡


 さて、うなだれながら歩くふたりの集落長を伴って舞台は中庭へと移る。

 屋敷前広場の男衆7人は、ドリュー率いる庭師隊に見張らせた。


 中庭ではアステリアが侍女と4名のメイドにかしずかれ、国綱アイと一緒に優雅にティータイムの真っ最中である。

 かなり手前でふたりを留めおくと俺とオルドスはその場にとどまり、ウィルのみが数歩前に出てアステリアに声を掛ける。


「アステリア様。おくつろぎの処をお邪魔いたします。面会を希望しておりました北集落の長ダスモンド、および介添え人として村長のアマデオの両名です。

 いかがいたしましょうか?」


 いいね、いいね。

 ウィル、素晴らしいよ。


 今回の作戦の肝はこうだ。

 とにかくトコトン、アステリアを雲の上に引き上げる。

 田舎者ってのは少しでも相手を舐めるとかさに掛かって来る。

 俺たち風に言うとマウントを取りにくるってヤツだ。

 年貢の率や労役への駆出しなど、生活が懸かっているから仕方ないと擁護してやりたいところだが、実際は違う。

 性根がそうだとしか言いようがないのだ。

 仮に都市に住んでいても、こういう性根の奴はやっぱり田舎者なのだ。


 こういう奴らはアステリアの様な少女には特にえらそうになる。

 相手が下手に出たならば自分たちの主人だということも忘れて、精神的に上に立ちたがるのだ。


 だから、思い出させる。

 誰が主人で誰が支配者なのかを。

 正しい上下関係を。


 そこからアステリアの領地経営が始まるのだ。


「アステリア様! 北集落長のダスモンドでござい、げふぅ」


 最後までしゃべらさずにダスモンドの横っ腹に蹴りを叩き込むと、アステリアの顔が一瞬ひきつるが、すぐに真顔に戻った。

 ティーカップを特に取り落としたりする気配も無いのは及第点以上だ。


 よし、事前に話した内容はしっかり守ってくれそうだ。


 苦痛に転げまわる北集落長を足で抑え込む。

「おい、誰が発言を許可した。お前、自分が御領主様に直接口が訊ける身分だと思ってんのか?」

「す、すいません。すいません」


 普通なら、こんな対応は悪手だ。

 領主と村人との信頼関係を損なう。

 だが、今回はこれで良いと俺は見ていた。


 こいつらの後ろにいる誰かよりもアステリアは怖い存在なのだ、と判らせなくてはならない。

 前領主の死の隙を突かれ村人はフライファエド家から切り離された。

 そうして何時の間にやら、どこぞの誰かの支配下にある。

 それをこちらに引きずり戻さなくてはならないのだ。


 話に聞いた事も含めてだが、数日前まで領民がアステリアに対して見せていた態度は過去に俺がいくつかの占領地で見た光景と同じだ。

 少しでも力があると見れば新たな支配者にしっぽを振る。

 そうして古い支配者やその配下だった者をしいたげる。

 露骨に痛めつけることもあるが旧支配者に権力や武力が戻ってくる可能性がある場合は、適当に旧支配者の命令をサボタージュしながら様子を見る。

 旧支配者は決して悪政を敷いていたわけではない場合でも、それは起こる。

 いや、優しく平等な支配者であればあるほど、住民は最後まで甘え切ってしまう。


 裏切りとは甘えの形のひとつなのだ。


 それにそっくり同じとまでいかなくても、今回も同じ臭いがしてならない。

 義理も情も捨て去った嫌な人間の姿が見えるのだ。


 どこのどいつかはか知らんが、“アイ”が手に入れた友達を苦しめる奴は片っ端から潰す。

 それは、場合によっては物理的な意味でも構わない。

 こいつは契約の延長として決めたことであり、それは絶対だ。

 何より俺は博士に不義理はできない。



 伏せたままのダスモンドに俺が向ける視線が明確な殺意を含んでいるのを感じ取ったのだろう。

 中集落長でもある村長は慌てて平伏し、媚びるようにウィルに向かって口を開く。

 だが、気安く“なあ、ウィル”などと呼びかけようとしたところをウィルが冷たい視線で制したため、ようやく村長も全てが今までとは違うという事に気づいたようだ。


「か、家令殿。お、恐れながらも、ご領主様へお尋ねしたいことがございますれば、質問を許していただきたく存じ上げ申します!」


 あわてて取り繕った奴の口上こうじょうは無茶苦茶な丁寧語になってしまっている。

 だが、これはこれで薬が効き始めているという事なのだから、このまま続けて良いだろう。


 実は俺は一目見た時からアマデオとかいう、こいつの顔が嫌いだ。

 人を少しでも見下せる立場に居たいという卑しさが顔全体に現れているのだ。

 俺のこういう感はそう外れたことは無い。

 絶対とまでうぬぼれるつもりはないが、警戒すべき相手はおおよそ分かる。

 戦地では裏切る奴の顔を見誤るのは文字通りの死活問題だ。

 その手の能力は嫌でも研ぎ澄まされていく。


 だから、ウィルも元からこいつを嫌っていて今回のことで自分の感情を素直に表しただけなのではないか、とも思えた。

 そのウィルに目配せすると、流れるように彼はアステリアへと問いかける。


「アステリア様、いかがなさいますか?」


「許します」


 わずかに震える声で彼女は短く答えた。

 すこしずつだが支配者としての威厳を示しつつある。

 今の状況は心優しい彼女には辛いことだと思う。

 今は、このまま最後まで頑張ってくれ、と願うのみであった。



     ☆           ☆



 発言を許可された村長だが、その後が一向に進まない。

 何かを言いあぐね、口の中でもごもごと喋るばかりで声が音になっていないのだ。


 いい加減イライラしてきた。


「おい、お前、ご領主様を馬鹿にしているのか?」


 言葉と共に一歩近づく。

 ジャリっと足元の土が鳴った。


「ヒッ!」


 今にも気絶しそうな顔をしながらも、何も言えずに固まっているのはある意味立派だと感心しかけた。

だが、その時、予想外の奴が動く。

 いや、動いてしまった。


「こらぁ~! レイ、そんな脅しちゃ喋りたくてもしゃべれないでしょ。

 もう、ハウスだよ。ハウス!」


 何がハウスだ。こんの馬鹿野郎!


 アステリアの演技指導を優先するあまり、迂闊うかつにもこいつについて手を抜く形になってしまったのは仕方ないが、それでも流石に空気を読んで大人しくしてくれるだろうと最善を期待していた俺が甘かった。

 やはり国綱は国綱としての行動しかとらないのだ。


 基本的に国綱は優しい。


 戦闘に係わる問題を除けば、AIでありながら人の感情を持つが如くに優しくなる。

 いや、こいつの誕生した経緯いきさつを考えれば、どこまで言っても冷徹な計算システムであり続けるはずもないのが鬼丸国綱という存在だということは分かっていたはずなのに、そういう根幹に関わることを思い出したくないのが俺なのだ。


 だが一方で、俺がこうしてバカげた芝居をしているのもこいつがこいつとしてあり続けることを守るためだというのも皮肉な話だ。


 もういい。なるようになれ、だ。

 それに今のこいつの台詞せりふは、本来はそろそろアステリアが発するはずだった台詞だ。

 予定から大きく外れている訳でもない。


 そう開き直った瞬間、場が動いた。

 ようやく村長アマデオが口を開いたのだ。まるで、待っていた助けが現れたかの様に国綱にすり寄っていく。

「も、もしや、お嬢様が噂に聞きました異国の魔術師様でいらっしゃいますか?」


 国綱は一瞬呆けたが、すぐに俺たちの設定を思い出したようだ。

 いつも通りの口調で答える。


「んぅ~。そだよ~。おじさん、だれ? あと、おうちに若い娘さんいる?」


「そ、村長のアマデオと申します。む、娘はおりましたが3年ほど前に南集落にとついでおります。ご要望にそぐわず申し訳ありません」


「んぅ。別にいいよ~。いてみただけだし~。

 でも村長さんがアステリア様に訊きたいことってなんだろ~?」


「はっ、寛大なお言葉、ありがとう、ございます。その、聞きたいこと、と、申しますのは……」

 と、ようやく村長が本題に入り始めた瞬間だ。


「あ、ちょっと待って」

 何故か国綱から待ったが掛かる。


「?」

 村長でなくとも不思議に思った次の瞬間、国綱の口から思いもかけぬ言葉が飛び出した。


「んぅ~。おじさん、声、かすれてるよぉ。お水飲んでから話そうね~」

 そう言って、国綱は自ら木製のコップを持って村長に近づく。


 コップを受け取る村長の手は震え、今にも溶けてしまいそうなほどに安心しきった表情には薄っすらと涙さえ滲む。

 そうして水を飲み干して顔を上げた時には、初めて見た時の卑しい顔つきが嘘のように消え去って、ただひとりの善良な村人の顔になっていた。


 そう、フライファエド家にくさびを打った何者か、と村長アマデオの間に存在した影の繋がり、それが一時的にであるとは言え、確かに切り離されたのだ。

 もちろん村長がアステリアに向ける忠誠は不安定ではある。

 いつまた裏切るかはわからない。

 だが、今、この瞬間において村長は確かに国綱を信頼し、その上位者であるアステリアに寄り添おうとしている。


 国綱恐るべしである。


 国綱は計算してかどうかは知らんが村長に対して“マット&ジェフ”を仕掛けた。

 本来はアステリアの役割になるはずだったマットを横取りした訳だが、アステリアが行うよりずっと自然で優しい態度だったことが功を奏したと思える。


 因みにマット&ジェフは軍事用語で、警察用語ならバッドコップ(悪い警官)&グッドコップ(良い警官)となる。


 要は捕虜なり被疑者なりを尋問する際に、二人の尋問者が役割を決め、一人は相手を罵倒、威圧、侮辱する役割を持って尋問対象に圧力をかける。これがマットもしくはバッドコップ。

 もう一人は、前者の行動を抑止し、尋問対象のプライドを守り共感を示す人物となる。

 こちらがジェフあるいはグッドコップである。

 この役割分担によって、尋問を受ける相手は後者を味方に付けて自分を守るために、次第に良い尋問者ジェフに対して自身の持つ情報をさらけ出していく、という訳である。


 流れの中で村長は国綱を自分の味方である“ジェフ”だと認識して、洗いざらいを喋っていく。


 そして彼の告白から、俺たちが思っていた以上の危機が今、このフライファエド家に迫っていることが分かったのだ。



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