第8話 私の名前を言ってみろ(ジャ〇風におながいします)
『しかし、しかし村に応援を求められぬ理由もあるのです!』
『いかん、いかんぞ。だまれドリュー!』
姿こそありませんが、ふたりの声のあまりの切迫感に、このまま聞いていても良いものどうか恐ろしくなり、思わず身体がこわばってしまいます。
確かにふたりの様子は少しばかりおかしい、と私も感じてはいました。
とはいっても、それはふたりの忠節を疑う材料にはなりませんので、悩むままに様子を見ていたのです。
実際、アイ様の力で最初に聞いたふたりの声には、私を裏切るようなそぶりは露ほども捕えられませんでした。
今、私はどうすれば良いのでしょうか……。
家中の問題である、とレイ様にこれ以上の詰問を止めてもらいましょうか?
しかし、今は助力を得ている身です。
何より、精霊であるアイ様を上回るらしきお方に、私はモノ申せるのでしょうか。
何も言えずに、ただオロオロするばかりの自分が嫌になります。
こんなことでお父様の残した領地を守っていけるのでしょうか。
『貴様、ロッコとか言ったな。それこそ
『んぅ~! こらぁ~、レイ! やめなさ~い!』
(ぅわんわんわんわんわん~)
突然、レイ様の言葉を遮って驚くほど大きな声が響きます。
あまりの大きさに通路内で語尾が反響して耳が痛くなります。
『こっ、この馬鹿野郎! 俺は耳だけじゃなく脳内インターフェイスでもお前の声を聞いてんだぞ。鼓膜だけじゃなく
『ボクとお揃いになる?』
『分解するぞ!』
『とにかくね~。ダメでしょ。いくら助けてる最中だからって人様のお家事情だよ。
ボクらがクビ突っ込んでいいものかどうか、まだ分かんないでしょ?』
ああ、流石はアイ様です。
お友達と言って下さるだけあります。
私の言葉を代弁するかのように一言一句に過不足なく、レイ様を説得して下さいます。
その言葉にレイ様も態度を柔らかくして下さいました。
『なるほど、確かに今の俺の物言いでは、お前のお友達の部下をいじめているようにしか聞こえんわなぁ』
『分かってるなら、もうやめたげてよ。泣いてるおっさんだっているんですよ。
ロッコさんにドリューさん。ごめんね。この人、少しきついところがあるんもんだから』
〖い、いえ。分かって頂ければ』
ロッコはそういって矛を収めようとします。
そこで、ひとまず事態は落ち着いた、と安堵した私は馬鹿でした。
次の瞬間、レイ様は私が何者かを思い起こさせる問いを発したのです。
『わかった。さっきの問いは取り下げる。
だがロッコとやら、村人が領主を助けない理由を部下は知っているが領主は知らない。
これはあって良いことなのか?』
衝撃が走りました。
確かにレイ様の
村人が非協力的である理由を知らない。
これで領主と言えるのでしょうか?
もしかすれば、このような人任せの態度が領民に助力を得られない理由かも知れないのです。
私はおかざりの領主だから何も知らなくていいと言われてるのだぞ、とレイ様は指摘したのではないのでしょうか?
実は私は家臣たちを信じ切れずに、私を軽んじて最後に反抗してくることを恐れているのではありませんか?
だからこの問題から逃げているのではありませんか?
このままでは運よく生きて帰っても、その後、彼らを心の底から信用し領主として相対することができるのでしょうか?
私は覚悟を決めなくてはなりません。
私が私であるためにも。
大きく息を吸って大きく吐きます。
それから、いつかメルツェデス様から教わったように、臣下に下問する際の声を意識して、低く力強くゆっくりと発声しました。
「ロッコ。レイ様の仰る通りです。フライフェアドの領民について私が知らぬわけにはいきません。
村人の助力を得られぬ理由を話しなさい」
『……』
「ロッコ、私は誰ですか?」
『あなた様はフライフェアド家当主、アステリア様です』
大きく息を吐いて答えるロッコのかすれ声は今にも消え入りそうですが、確かに私を敬うものでした。
その声に安堵して私は問いかけを続けます。
「それならあなたが為すべきことはわかりますね」
『はい、勿論です。しかし、このような場所でお顔も見ずにお話すべきことではないと思うのです。
どうか、直接お顔を見ながら話すことをお許しください』
どうやら今の時点ではここまでのようですが、私は間違わずにすんだようです。
誰に言われるまでもなく、自分の力で得られた成果でないことは肝に銘じなくてはならないのですが、ともかく良かったと思えます。
「レイ様、ありがとうございました。私は自分の役割を間違えるところでした」
『家臣を信じるのは悪いことじゃないさ。
なにはともあれ、君はどうすべきかを自分で決断できた。今はそれで充分だろ』
その言葉に何かが弾けました。
お父様が亡くなってから、初めて本当の意味で誰かに認めてもらえた気がします。
こんな場合じゃないのに、なぜか温かい気持ちに泣きそうになりました。
唇を咬んで涙をグッと我慢することが出来たのは誇って良いことでしょう。
一方、私を労って下さったレイ様は、再びロッコたちに向き直ったようです。
新たな会話が光の玉を行き来します。
『さて、ロッコ、あんたらアステリアお嬢様をどうやって救出するつもりだ?』
『それは無論、私とドリューの二人で瓦礫を取り除きます』
『私はもう始めてますよ! アイ様のおかげで周りは昼間のような明るさですから、作業に問題はありません!』
当然とばかりに答えるロッコと作業の開始を告げるドリューですが、アイ様のあきれた声がふたりを絶句させることになりました。
『んっ、あのねぇ。今は見えてないんだろうけど、この通路をふさいでる
『……!』
返事もできない二人にレイ様のダメ押しが加わります。
『なあ、ここは精霊様であるアイの魔法に頼るべき場面だぜ。
ただし、瓦礫を除けるための魔法はあまり軽々しく見せられるものじゃない。
本当にアステリアお嬢様を助けたいなら、ふたりとも大人しく地上で待っててもらえないかな?』
『……はい』
まずはドリューが弱々しく、それから間があってロッコが、重々しく了承してくれます。
『どうか、お嬢様をお願いいたします』
こうして、ようやく最初の予定通り二人を地上に送り出すことができました。
それから1刻(2時間)を待たずして私は彼らとの再会を喜びながら地上の風に吹かれることになります。
すでに日は傾き、美しい夕焼けが私達を出迎えてくれました。
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