第9話 誰がために戦う?
生きるとは、それ自体が戦いだといったのは誰だったろうか?
こいつは使い古された言葉だが使い古すってことは誰もが納得できるから誰もが使いたがる言葉なんだろうな。
暇つぶしの人生、なにか目的が無ければ生きているのも辛い。
それは確かだ。
だから人は恋をして、あるいは恋をせずとも家庭を持ち、子を育て、それらの流れにようやく生きてきた意味を見つけて死んでいくのだろう。
それを戦いというなら戦いで間違いはない。
では戦いの舞台を恋人や伴侶、家庭や子どもに見つけられない人間はどうするんだろうか?
なるほど、そういう人間も少なくはないだろう。
なら、そういう奴はそれなりに、他に目的を見つけるのが当然だ。
それは仕事であったり、趣味であったり、政治であったり、宗教であったり、あるいは奉仕である可能性もある。
変わったところでは人殺し、とか?
レイ・オオタカ・エマーソン、つまり俺もその一人だ。
いや一人だったというべきだろうか。
別に人殺しが好きだったという訳ではない。
仕事に意味を求めるように生きていたら、結果として人殺しが板についてしまったというだけだ。
元々は単なる会社員だった。
だが、会社がつぶれて次の仕事を求めた時、かろうじて拾ってくれたのが民間警備会社。
速い話が傭兵だったというだけの話なのだ。
恐らくは適性があったのだろう。
「これは仕事であり、相手と君の背負うリスクは同等だ。
君が相手を殺すのは一時の結果であり、相手が君を殺す結末はいつか必ず訪れる。
その前にリタイヤできる資金を持つことが、この仕事のゴールだね」
そう説明されると、なるほど、と納得して淡々と仕事をこなした。
ミッション目的に見合った装備と少しの臆病さ、そして正確な情報の下での決断の早さがあれば、生き残ることは
難しくはない、と俺は感じていたという方が正しいのか?
納品の書類を書くように、未納の債権を回収するように、仕事を事務的に進めていただけだが、何故かそれがこの危険な業界に見事にマッチしたようだ。
淡々とした仕事振りから付いたあだ名は銀行員傭兵。
いつのまにかそう呼ばれるようになっていた。
学生時代には俺より頭のいい奴、運動のできるやつ、力の強い奴はいくらでもいたし、この仕事を始めてからも同じだ。
だが不思議なことに生き残ったのは俺で、彼らは舞台から次々に退場していった。
最後の仕事は要人の警護だった。
安全な仕事で狙いの高額株式入手に必要な資金に手が届く。
冷酷な会社が珍しく温情を見せたと思った。
ここまで生き残った俺に与えてくれたボーナスなのだろう、と。
要警護対象はプログラム理論研究者。
この国の数理技術者の中ではまずまず上層に入る人物。
多数の中のひとりではあるが、新発明やら新発見とやらは誰が生み出すものか知れたものではない。
現在、世界各国が研究中の新型AIはハードウェアとソフトウェアが並行して開発されており、そのソフトに使われる理論の優劣こそが国家の優位を保持すると言われていた。
開発可能性のある人物ならば、少しでも拉致や脅迫の危険から遠ざけることを考えなくてはならない。
場合によっては暗殺だってあり得るのだ。
期限付きではあるが、今しばらくは要警護対象となる人物の護衛に俺が当てられることになった。
総合研究開発局は国の軍事、防衛の研究の中心となる施設だ。
工学、生物、化学、情報、ありとあらゆる基礎研究がここで行われている。
元からここを目指して大学からストレートで入局するもの、民間企業からスカウトされるもの、出自は様々だが、ここにいる者はその分野では
施設は広大で10の研究棟と付随する施設から成り立つ。
護衛につく前に3日の時間をもらい、護衛対象の動線上に狙撃や拉致が可能な
あいつに出会ったのは、そんな中だった。
研究所には家族で入所している研究員も少なくはない。
だから、その光景も別段おかしなものではなかった。
まるで公園のような研究棟の中庭。その隅で、おもちゃの弓を射る小さな影。
少女と呼ぶにも幼すぎる女の子は、次の誕生日で8歳になるのだと胸を反らした。
なぜ誕生日が来ることが誇らしいのか、それは大人になると分かりにくい感覚だが、彼女にとっては重要なことらしい。
「んぅ~。きっと、おじさんはまだ8さいになったことはないですね」
「いや、あるぞ」
「すごいです!」
「なぜ凄いか、よくわからんな? あと俺はまだ26歳だ。おじさんはやめてくれ」
「んっ、それもすごいのです」
「何が凄い?」
「もうすぐおじいさんですね」
「泣かすぞ、クソガキが!」
「う~、怖い人なのです。おとうさんにお願いして」
「クビにしようってか? ガキが大人の権力を使えると勘違いしてやがる」
「実験の材料にしてもらうのです」
「ごめんなさい。やめてください。死んでしまいます」
数日見ていて分かったことだが、ここにいる連中は軒並みマッドと呼んで差支えない人間ばかりだ。
俺を反応炉に投げ込んで、分子への転換速度を測ることを面白いと感じるやつがいても不思議はない。
空調に細工でもされたら気を失うまでは数秒。
この研究所は下手な戦場より危険なのだ。
マジでこいつの脅しは効いた。
「なあ、君のお父さんの名前を教えてくれないか?」
「んぅ、なぜですか?」
「極力、君のお父さんには近づきたくない」
真顔で言うと、ケタケタと彼女は笑う。
「んん~、それは絶対に無理なのですぅ~」
「なぜだ?」
「だってボクの名前は、」
そこで目が覚めた。
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