26 変態に、おうちにきてねと 誘われて

 この辺りで青川詩という幼馴染と何かあるのではと予感していたが、要らぬ予感ばかりが的中してしまうのもまた理不尽な世の常というものである。


 どうやら、詩の機嫌を損ねてしまったようなのである。


 きっかけはそう、昨日の放課後に部室から脱出した時のこと。

 ドアを蹴り破った俺に覆い被さるように変態が乗っかってきてもみくちゃになっていたところに詩が通りかかった。


 そして俺を穢らわしいものを見るような目で見下しながら、そっとどこかに去っていったのだ。


 変態からの追随を振り切り、なんとか貞操を死守したあと、先生に説教されてから帰宅すると、今度は柚葉が玄関の前で仁王立ち。


 一体何事かと怯む俺に妹は


「おにい、詩お姉ちゃんに何したの?」


 と言われて散々な目に。


 どうやら今日は詩と料理をする約束だったらしいのだがドタキャンされたらしく、そんなことは今まで一度もないから原因は俺だと決めつけで説教された。


 ボロボロになった俺はそのままタムッチ先生にかまってちゃんをしようとパソコンを開くも今日は不在。


 代わりに変態から


「明日はもっと濃いのいくから覚悟なさい」


 と宣戦布告。


 もう何が何なのだと思いながら眠りについて翌朝。


 なぜか詩が家に来ているのだ。


「おはよう司」

「お、おは、よう……」


 詩は。柚葉と二人で朝食を作っている。

 

 昔はよくある光景だったのだが、高校に上がってからは詩が忙しいということもあり滅多に見ることはなかっただけに驚いた。


「今日はどうしたんだ?」

「別にー。たまにはいいかなって、柚葉一人だと大変だろうし」

「そ、それは助かる」

「それよりさっさと着替えてきなよ。時間ないわよー」


 生まれてこの方十数年間一緒にいれば、今あいつが怒っているのかどうかくらいは表情を変えなくとも察することができる。


 そしてちなみにだが、あいつは怒っている。


 え、なんで?俺が桐島とイチャイチャしてたから?

 ……いや、そもそもあいつの方からけしかけておいてそれはないだろう。


 仮にそうだとすれば詩はとんだ変態だ。

 一旦幼なじみを変態の元に預けておいて、調教された幼なじみを今度は返せなどというとんでもないNTR幼なじみ物語の完成だ。


 ……いや、それはないわ。


「あのさ詩、昨日のはだな」

「昨日のこと?ああ、桐島さんとのことね。それがどうしたの?」

「い、いやあれはあいつが無理矢理だな」

「まだそんなこと言ってんの?いい加減素直になりなさい。あんまりしつこいと嫌われるわよ?」

「……はぁ」


 詩と話してわかったことは、わからないことが増えたということだけだった。


 しつこいのはむしろ桐島だし、嫌われた方が良いと再三言っているのにどうして詩は俺と桐島カップリングを成立させようと必死なのだ?


 え、司×イリアのカプ厨なのこいつ?


 うむ、やはりわからん。

 

「詩、あのさ。ちょっといいか」

「うんいいわよ。柚葉、ちょっと火見てて」


 俺は詩と二人でリビングに移動。

 まさに膝を突き合わせて話をすることにした。


「どうしたの?」

「……俺と桐島は何もない。いい加減にしろ」

「なんでそこまで頑なに否定するの?私、見てて桐島さんが可哀想になってきた」


 そう言って、詩は少しムッとする。

 こいつの怒りの原因が少し垣間見えた。


「桐島がなんと言おうと俺には俺の恋愛というものがだな」

「じゃあ他に好きな人でもいるの?」

「う、それはだな……」


 またその質問かよ。


 好きな人。と言われれば俺は誰かを本気で好きになったことなどないと思う。

 もちろん詩も含めて、だ。


「いないんならそんなに拒否しなくてよくない?」

「お前、それで昨日から怒ってたのかよ」

「まぁね。幼なじみとしてクラスメイトを泣かせるような司は見たくないから」

「……そうは言われてもだな」

「私はね、やることやったんならちゃんと責任はとるべきだって、そう言ってるのよ。わかる?」

「まぁそれは……ん、やること、だと?」


 やることやっておいて。

 こんなセリフは恋愛ものにはよくある。

 

 この場合、やったこととはもちろんエッチだろう。 

 つまりはヤリ逃げすんなということだが、なぜ今そんなことを詩が言うのだ?


「……お前、桐島に何聞いた?」

「別に。ただ、パンツ被ってそういうことしたり何枚も彼女のパンツを保管したりお風呂覗いてはしゃいだりなんてことも私は司の性癖として理解はするけど、それに付き合ってくれている彼女を弄ぶようなら私は許さないってだけよ」

「……ちがーう!!」


 結局。断片的に情報を与えられた詩がたくさん誤解していたというだけの話。


 無論、パンツを被せられたり保管させられる羽目になったり風呂だって不可抗力だが覗いてしまったりと、まるっきり嘘ではないのが今回一番タチが悪いところだ。


 虚実入り混じるというが、ほとんど真実でほんの少し誤解が生じただけで俺は幼なじみにとんでもないやつと思われてしまったようだ。


「違う違う!詩、あれは全部あいつが」

「じゃあ、これは何?」

「ん?」


 詩のスマホ。その画面の中で俺と桐島がキスをしていた。


「な、なんで……」

「桐島さん、嬉しそうに送ってきたくれたわよ。これでまだ付き合ってないとか、そんな人は私の幼なじみでもなんでもありません」

「……」

  

 自撮りされていた。

 キスの瞬間にそんな冷静さがあったとは驚いたが、ここまでしているところを見られてもはや詩になんと言い訳したらいいか、全く思いつくはずもなかった。


 詩に散々説教され、この後きちんと桐島と話をするように促され、その内容を報告するところまで約束させられてようやく俺は朝ごはんにありつくことができたというわけ。


 ……不幸だ。


「じゃそろそろ桐島さんくるから。報告よろしく」

「覚えていろよ詩……」

「私は幼なじみがクズな変態にならない為に頑張ってあげてるだけ。感謝してほしいくらいよ」

「俺をそうしている元凶があいつなんだよ……」


 やはり、美人とはそれだけで得な生き物であると俺は声を大にして言いたい。

 もはや男女差別とは何なのか、その辺りについて男女均等を推奨する方々と徹底的に議論したい。

 

 はぁ……


「おはよう志門君」

「出たな元凶め」


 玄関を出たところに桐島はいた。

 いた、というよりは待ち構えていた。


「学校行きましょう」

「ああ、お前とはきっちり話をしておかないとな」

「離婚した時の財産分与の件?」

「まず結婚してないだろ」

「財産があることは否定しないのね」

「そういうわけじゃない」

「でもあなたの本の印税なら期待できないからいらないわ」

「朝から失礼だな!」


 ケラケラ笑う桐島に対して、俺は少し怒っている。

 なんてものを詩に送りつけてやがるとも言いたいし、告白したのをいいことに開き直って前以上に好き放題している現状にも不満がある。


「あのさ、詩とかに変なもん送るな」

「あら、あなたが押しに弱いというのは青川さんからのアドバイスよ?」

「いらんことを……とにかく、俺はキスくらいでお前を好きになったりはしない」

「つまりヤラせろと?まぁ、ちょっと心の準備だけさせて」

「ちがーう!」


 頼んだらヤラせてくれるんかい!とも。

 

「だって、好きな人とは結ばれたいでしょ」

「まぁ、そうだけど。ていうかなんで俺なんだ?」

「裸見られたからもうあなた以外お嫁に行けないの」

「……返しづらいわ!」


 まぁ。裸は見ちゃったけどさ。

 そんなことくらいで、と言ってしまうのは失礼だとわかってるけどさ。


 それでも、それだけで責任とらないとやっぱりダメなものなのだろうか?


「桐島、見たことは謝る。俺も忘れるから」

「忘れないように毎日裸の画像送るわ」

「どうしたいんだよ!」

「だから、付き合ってほしいのよ」

「……」


 段々と。学校に近づくと共に桐島の距離も近くなってくる。

 そして言い方がどんどんストレートになってくる。


 なんか、このままだとまずいな。


「……どうすれば諦めてくれるんだ」

「ネバーギブアップよ」

「……」

「あ、ネバーって愛液がねばぁってしてる擬音じゃなくて」

「わかっとるわ!」


 なんだよギブアップがネバネバしてるって。

 しつこいお前にぴったりじゃないか。


「とにかく。俺は今誰とも付き合わない。それでいいだろ」

「ダメよ。明日うちの親に彼氏連れてくるって言ってあるのに」

「それは残念だったな。親御さんにもきっちり……なあんだって?」


 なんか今、とんでもないこと言ったなこいつ。


「だから、明日は私の家でご飯食べるのよ」

「なんでそんなこと勝手に決めてんだ?断れ」

「柚葉ちゃんはくるわよ」

「オウ、シット!」


 妹よ、どこまでこの変態に抱きこまれてるんだ!

 しかし、柚葉を人質にとるとはこの変態、外道にまで成り下がったか。


「だから私と付き合って」

「だからの意味がわかんねぇよ」

「スポーツ飲料の事じゃないわよ。あ、でもあれ飲むとすっごくおしっk」

「それ以上言うな!」


 こいつ、すぐ下品なことばっかり言うからダメなんだよ。

 どうしてこう、もっと上品に振る舞えないかな。


「私の尿瓶はフランス製よ」

「そういう上品さじゃねえよ!」


 大体尿瓶って日常的に使うもんじゃねえよ。


「とにかく、明日は家に来てもらうから」

「嫌だと言ったら?」

「出版社に駆け込んでツカサ先生に乱暴されたって叫ぶ」

「行きます」


 結局。なんでも開き直ったやつの方が強いということで俺は翌日桐島の家にお邪魔することになってしまったのだ。


 そのことを詩に報告すると一言だけ


「おめでとう」


 と返ってきた。


 妹にありがとう。

 幼馴染にさようなら。

 そしてすべての元凶である変態に おめでとう。


 ってなるかい!


 

 

 

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