28 桐島家の日常 2
出前が届いた。
もちろん親子丼ではなくシースー。
まるでお見合いでも始まるのではと思うほどに豪華な桶に入った寿司はどれもこれも高そうでうまそうである。
少々グルメレポートに語彙力がないのは勘弁願いたい。
そもそもこんな上等な寿司を食べたことが無い上に、俺は非常に動揺しているのだ。
「お父さんが戻ってきたらいただきましょうか」
「……なんか気まずいんだけど」
「母がノーパンだから?それとも私がノーパンだから?あ、ちなみに父は穿いてるわよ」
「パンツ以外の話はないんかい!」
ダメだ。こいつ家では着物とか来てるからまともなのかと思ったけど、全然おっぴろげーな感じだ。
何も隠すこともなく、何も恥じることもなく淡々と、それでいて堂々としている。
「おまたせ」
桐島パパが部屋に戻ってきた。
続いてアイリさんも入ってきた。
「おお、うまそうだね」
「今日はイリアが初めてお友達を連れてきた日ですから。盛大にお祝いしないと」
「お母さん。志門君はお供ダッチじゃないわよ」
「おいお前親にまでそんなこと言ってるのか」
とまぁ。一家団欒に巻き込まれるという最悪級に気まずい空気の中、俺は手を合わせていただきますと呟く。
「志門君、いくらとサーモンどっちが好き?」
「ええと、いくら、かな」
「やっぱりお母さんより私の方が魅力的ってことね。よかった」
「何の話!?」
「ちなみにサケといくらでも親子丼なのよね」
「一回忘れろ親子丼のこと!」
え、いちいち寿司食べるのにもそんな小ネタを絡めないとダメな奴?
もう帰りたいんだけど……
「随分と仲が良さそうだな。うん、君ならイリアと抜き差ししてても全然かまわんぞ」
「食事中に下ネタやめろくそ親父!」
思わず。というよりは敢えてくそ親父と言ってやる。
しかしこの親父、相当なまでに容量が広いのか、ただぶっ壊れているのかは知らないが何を言っても「元気が一番だ、はっはっは」と高笑い。
横で甲斐甲斐しく世話するアイリさんは「パパ、イリアはまだ十七よ。あ、結婚はできるから問題はないわね、ほほほ」とわけのわからないフォローを入れている。
ちなみに娘は「私、彼とは健全なお付き合いを。って突き合うんじゃなくて付き合うよ、間違えないでね」とか言い出す始末。
どうなってんだこの家族は。
「志門君、今日は静かね」
「いつも俺はこんなだ」
「うそばっかり。この前なんて膣内が良くなるー!とか叫んでたくせに」
「お前らこそ食事中いっつもこうなのか!?」
もうやだよ、お寿司の味が全然しない。
あ、わさび……うう、涙が出てきた。
「うれし泣き?私が隣にいてそんなに幸せとか光栄だわ」
「この涙は純粋に悲しみの涙だ」
「あーんしてくれないからな泣くなんて随分ね」
「お前の頭も随分だよ!」
随分な仕打ちだった。
家では大人しくなるどころか、水を得た魚のようにいつも以上に生き生きする彼女の舌は滑らかで、一貫食べては下ネタ。下ネタを言ったらもう一貫という具合に食事が進む。
「志門君」
「今度はなんだ」
「この後なんだけど、私の部屋に来ない?」
「部屋、だと?」
「エッチなものはそんなにないわよ」
「ちょっとはあるのかよ」
「ええ、貴方のパンツとか」
「返してもらおうかそろそろ」
なんだろう。
普通のラブコメならば。いや、ラブコメでなくとも同級生の女子の部屋に行くイベントというのはもっと新鮮でロマンチックでドキドキしてしまうのが普通だと思っていた。
だけど俺はそうじゃない。
ただ、変態の巣に招き入れられる餌のような気分だ。
丸々と寿司で太らせておいて、俺に何をするつもりだこの変態め。
「大丈夫、ちょっといじるだけよ」
「何をだよ」
「え、ここでいうの?お父さん、志門君がね」
「言わんでいい!」
人間は羞恥心を忘れてはいけない。絶対にだ。
そうでなければまず衣服という概念が存在しなくなり、次に貞操観念が無くなり世界がパニックに陥ってしまうだろう。
……この家は是非国家レベルで封印していただきたい。
「ところで志門君」
俺が桐島の話にうんざりしているところで、桐島パパが話しかけてきた。
「自己紹介が遅れたが、私は桐島四郎。仕事はまぁこの辺の地主でね。いい暮らしをさせてもらっているのも街の皆さんのおかげというわけだ」
「へぇ。だからこんなに家も大きいんですね」
「ああ。エロゲーの影響でね、衛宮邸をそっくりそのまま再現してみたんだ」
「まさかのF○te!?」
あ、そういえばお母さんの名前はアイリで、娘がイリアって。いや、偶然だろ?
「ほんとはイリアちゃんか凛ちゃんという名前の子を狙ってたんだけど二人ともすっごいブスでねぇ」
「おい今サラッとクソみたいなこと言ったな!」
「でも、ママの名前が偶然アイリでね、アニメでゼロが出た時には鳥肌ものだったよ」
「娘にはイリアってつけると言ってきかなかったわよねパパは」
「ちなみに息子だったら綺礼とつけたかったんだけどなぁ」
「それはちょっと問題あるだろ!」
なるほど。この親父かなりのファンか。
しかもこの様子だとエロゲー時代からのあの作品を知っているに違いない。
ていうか俺もあれは散々やったからな。うん、きのこ先生好きだし。
「あの、それじゃ月〇もやったんですか?」
「おお、わかるのか!ママ、今日は宴会だ。酒を持ってこい」
「え、いや俺未成年ですけど」
「ああ、残念だな。あ、そうだ!ヒロインのエロシーンを全部データで保存してあるから今度君にもあげよう」
「い、いやいいですって」
「イリアはそれを毎日見てキャッキャしていたぞ?」
「だからこうなったんだよ!」
桐島イリアはなぜ変態なのか。
この物語の一番重要なことは、いつもあっさりと解決される。
つまり、根本からの教育が間違っていたというだけの話。
「お父さん。志門君はイリアルートがなぜないんだって嘆くほどの人だからあれを見ても喜ばないわ」
「勝手に人をロリコンにするな!」
「じゃあペドフィリアと呼べばいい?」
「意味が広くなっちゃったよ!」
しかしまぁ。同人ゲームの事とかアニメの事とか、知っていて損はなかったようで四郎さんは先ほどまでにも増してご機嫌になっている。
「はっはっは。志門君は楽しいな。このまま娘と結婚してうちの息子になればいいのに」
「い、いやそれは……」
「ん?娘は不満か?ちょっとエッチだが綺麗に育ったと思っているぞ」
「ま、まぁそれはそうですけど」
「ほら、イリアからも何か言いなさい」
途中から酒を飲みだして饒舌になる四郎さんに言われると、桐島が俺の方をじっと見てくる。
うん、まぁやっぱり美人ではある、が……
「なんだよ」
「部屋、来てくれる?」
「ん、まぁ行くだけなら」
「イクだけならとは随分ね」
「帰るぞ」
「嘘嘘冗談よ。お父さんももう酔ってるから、行きましょ」
俺は自然に桐島の手につかまって、引っ張られるように床の間を後にした。
ちなみに床の間に飾ってある掛け軸には『ついてこれるか』と、なぜかエ○ヤの名台詞が刻まれていたのだがそれはそれで。
俺は雰囲気に負ける形で桐島イリアのプライベートルームへいざなわれてしまった。
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