29 桐島家の日常 3

「さっ、どうぞ。とは言っても何もない部屋だけど」

「し、失礼します」


 俺は、人生で初めて妹と幼なじみ以外の異性の部屋に入った。


 それに、詩の部屋に遊びに行ってたのなんて小学校の頃までだし柚葉の部屋なんて小さい頃以来中も見せてもらっていない。


 だから大きくなって改めて同級生女子の部屋に入るというのは、いささか緊張するものだ。


 部屋の中は桐島の言う通り殺風景。

 ベッドと勉強机、そして本棚がある以外は余計なものも見当たらず女子の部屋と呼ぶには少し寂しいようなそんな感じ。


「片付いてるな」


 と言ったのも、もっとパンツやエロDVDで溢れているイメージがあったからである。


「ええ、器具は全て押し入れに隠したわ」

「器具!?」

「ダイエット器具の話だけど?」

「お、おう」


 くそ。こいつからかってやがるな。

 でも、やっぱり人の部屋って落ち着かない。


「座って」

 

 着物姿の桐島に促されて俺は座布団の上に座る。

 すると彼女が俺の隣に正座する。


「なんで横にくるんだ」

「うちの家族、面白いでしょ」


 にっこりと。満点の笑みでそう話す桐島の艶やかな雰囲気に俺は一瞬だけドキッとしてしまった。

 ……何度も言うが美人は卑怯だ。


「まぁ。あの親にしてこの子あり、って感じだよ」

「トンビが鷹を生んだと言いたいのかしら」

「カエルの子はカエルといいたかったんだけど」

「じゃあ私たちの子供はどっちかしら」

「すぐ飛躍すんな」


 口元に手の甲を当てながらカカッと。俺のツッコミに桐島は高笑う。


「でも、私が家に人を連れてきたのは本当にあなたが初めてよ志門君」

「お前の性格なら友達とかいないよな絶対」

「あなたの性癖なら彼女ができないのと一緒ね」

「一緒にするな!」


 あ、ツッコミを間違えた。

 俺の性癖をまず否定しろよ……


 うっかり。とか思っていると彼女がズズッと、もう少しだけ距離を詰めてくる。


「な、なんだよ」

「ねぇ、志門君は私と付き合うのは嫌?」

「……変態だからな」

「じゃあ変態じゃなかったら?」

「そ、それ、は……」


 ここからは仮の話だ。

 しかし、もし仮に桐島イリアが変態でなければ俺は、彼女に惚れていただろうか。


 答えは多分イエスだ。

 ていうかこうして話をするようになるまではちょっといいとすら思っていたのも事実で、どうやってお近づきになるかなんて妄想を幾度となく頭の中に巡らせたものだ。


 ただ、性格というか性癖がすごい彼女をそんな目で見ろというのはやはり、難しい。

 だから仮、なのだ。桐島イリアが変態でない世界戦とやらがあるのならば俺は是非その一パーセントの壁の向こうに行ってみたい。


「ちなみにβ世界線の私はあなたを奴隷にしているわ」

「お前は魔眼をもっているのか!?」

「あら、そういうネタについてこれるとはさすがにあなたも童貞オタクを拗らせてないわね」

「まぁ。ああいうゲームは結構やったからな」


 こいつも、あの親父と一緒でギャルゲー趣味があるんだっけ。

 やっぱり、あの親にしてこの子ありだ。


「やっぱり私たち趣味も合うし、付き合ったら楽しいわよ」

「楽しみ以上に苦悩が待ってそうだけどな」

「でもあなたが望むならETCカード並みに挿れっぱなしでもいいわよ」

「どんな変態だよ!」


 下ネタにETCカード使うやつに初めて会った。

 などと感心していても、まだまだ桐島は俺を離さない。


「あなたがうんと言ってくれるまで、私何年でもあなたのこと……」

「待つ、とでもいうのか?」

「いえ、監禁する」

「怖いって!」

「そして換金する」

「どこに売られるの!?」


 ちゃんと二億円になるのか俺は?

 ……じゃなくて


「とにかく、ここでいい返事はできない」

「じゃああなたは好きな人が他にいるの?」

「は?別に、そんなことはないけど」


 またこの質問か。

 詩もそうだけど、どうしてこの人とは付き合えないと話すとすぐに別に好きな人がいるという発想になるのか。


 逆に言えば、俺に好きな人がいなければとりあえず付き合ってみればいいじゃない、みたいな考えをこいつも詩も持っているということか。


 うーん、そんなに軽々しくくっついたり離れたりが許されるものなのだろうか。


「それなら、貴方をレンタルするのは?レンタル彼氏」

「そんなビジネスあるけどさ。俺をレンタルしてどうしたいんだよ」

「めちゃくちゃにしたい」

「規約違反だろ絶対!」


 いくら払うつもりか知らないけどそれもうレンタルの壁の向こう側行ってるだろ。


「ダメなの?」

「相場も知らないし時間とか期限付きの付き合いなんて虚しいだろ」

「大丈夫、二億円で生涯契約を結ぶから」

「意味ねー!」


 盛大に俺がツッコみを入れたところでアイリさんが「お茶淹れたわよ」と言って部屋に入ってきた。


「あらあら仲良さそうね」

「お母さん、部屋に入る時はノックしてよ。私と志門君が最中だったらそれこそ親子丼よ」

「おい変なこと言うな」

「ごめんなさい、でも私親子丼は好きよ」

「それはどっちの意味ですか!?」


 この人、もしかして天然なのだろうか。

 いや、そうであってくれ。確信犯でが好きとか会話してるのならこの人もとんでもない変態ということになる。


 つまりは、桐島は変態に寛容な父と天然な変態の母の間にできたサラブレットの変態ということに。


 いや、別にこいつの血統とかどうでもいいわ。


「じゃあごゆっくりどうぞ」

「お母さん、志門君に失礼よ」

「えーどうして?」

「彼はローションでパパっと済ます派よ」

「俺に謝れ!」

「ほら、お母さん謝って」

「お前だよ!」


 そんな会話をしていると、アイリさんはクスクス笑って部屋を出る。

 うーん、なんか誤解されてるよなぁ。


「じゃあパパっと済ましましょうか」

「するか!」

「何の話?お茶をいただこうって言ってるのよ」

「ぐぬぬ……」


 どうも変態の掌の上でコロコロされている感が否めないまま、桐島の部屋で美味しくお茶をいただいた。


 少しだけ、その香り高いお茶に癒された俺だったが桐島は静かにたたずんではくれない。


「志門君」

「今度はなんだ」

「私、きれい?」

「口裂け女かお前は」

「あら、裂けてるのは」

「言わんでいい!」


 今こいつとんでもないところに手を伸ばそうとしたな。

 全く、油断ならんやつめ。


「でも、和服ってパンツいらないし楽ね。やっぱり柚葉ちゃんにも勧めよ」

「妹には是非パンツを穿かせる方向でお願いします」

「妹のパンツを穿かせろ?やばいのね志門君って」

「お前マジで耳鼻科行け!」

「志門君の匂いはばっちり届いてるわよ」

「耳の方だよ!俺の声が曲がって届いてるの!」


 全く。全くもうだよ全く。


 しかし、帰るタイミングというのは難しいもので。

 どうやって帰宅すると切り出したらよいかタイミングを伺っているがなかなか見つからない。


「志門君、まだ時間は大丈夫?」


 そんな時、向こうからチャンスを与えてくれた。

 今だ。この後忙しいからと言ってさっさと退散しよう。


「いや、この後予定があるからそろそろ」

「そう、残念ね」


 意外にも、桐島は納得してくれた。

 今日はこの辺で解放してくれるというわけか。


「じゃあ、帰るよ。アイリさんたちにも挨拶させてくれ」

「あら、結婚の挨拶なんて通過儀礼は不要よ」

「お邪魔しましたくらいスッと言わせろ!」


 ともあれ。

 桐島の両親に挨拶を済ませてようやく変態の巣窟から脱出することができた。


 帰り道、ふと気になったのは、桐島がこの後俺と何をしようとしていたか、だ。


 まぁどうせくだらないことだろ。

 とか考えていると桐島からラインが来た。


『お父さんとお母さんがあなたのサイン欲しかったのだけど、忙しいみたいで残念だわ。二人ともすっごく落胆してるけど適当に言っておくから全然気にしないで。お父さんとかめちゃくちゃファンなのだけど全然かまわないから』


 ・・・すんごい罪悪感だ。

 ……いや、言えよそういうことなら!


 結局帰り道を引き返してもう一度桐島邸に、今度は自ら足を踏み入れたのは言うまでもなく。


 そしてサインをしたらお礼にと夕飯までご馳走になる流れになって帰れなくなったのも言うまでもなく。


 もう少しだけ、桐島家での戯れは続く……。


 


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