27 桐島家の日常 1

 今日は休日だというのに桐島の誘いに妹が乗ってしまったことから彼女の家を訪れている。

  

 桐島の家は、ありていに言えば豪邸だ。

 住宅街に一軒だけ大きく聳え立つ御殿は桐島の容姿とは相反するような和風の屋敷であった。


 これはこれはと大きな門を妹と二人で見上げていると、インターホンから声がする。


「入ってきていいわよ」


 桐島が、いつもより真面目な雰囲気でそう話す。

 緊張しながらも大きな扉を開けて敷地内に入ると、これまた大きな庭があり、そのずっと先に玄関がある。


「すごいねーおにい、殿様のおうちだよここ」

「うん、すごいな。でも、なんか見たことあるようなないような」

「だってテレビとかでこういう屋敷の特集してるじゃん」

「ああ、それでかな」


 何か不思議に思いながらも、俺は玄関のドアをノックする。

 すると中から声がして、玄関を開けてくれた。


「こんにちは。あら、イリアがいつもお世話になってます」


 と言って出てきたのは桐島と同じ銀髪の美人。

 顔も彼女にそっくりだが少し大人っぽい。

 お姉さんか。


「あの、志門司と言います。こっちは妹の柚葉で」

「娘から話は伺ってます。ささっ、どうぞ」

「はい……ん、娘?」


 娘と言ったな今。まて、母親にしてはいくら何でも若すぎないか?


「あ、あの失礼ですが。あなたは桐島……いえ、イリアさんのお母さん?」

「はい、そうですよ。あ、ごめんなさい名乗り遅れたわ。私はアイリ。桐島アイリと言ってイリアの母ですわ」

「がーん……」


 何と言うことでしょう。

 この母親何歳なんでしょう。


 ちょっと歳上っぽくてこの人に優しく大人の施しを受けたいとすら思わせてくれるほどに若くて綺麗な銀髪お姉さんが同級生の母親だと?


 嘘だ。俺、あいつよりお母さんの方がいいまであるぞ。

 だって、変態っ気が微塵もないし。


「もうすぐイリアも来るからゆっくりしててね」

「は、はい……」


 広い床の間に案内されて俺と柚葉は完全に場違いな雰囲気のまま、正座する。


「おにい、私緊張してきた」

「俺もだよ。なんであいつの家こんなにデカいんだ。しかもお母さんきれいすぎるだろ」

「おにいとイリアお姉ちゃんが結婚したらあの人がお義母さんだよ。いいなー」

「うむ、それに関してだけは同意だ」


 あんな綺麗な義母、ほしい。

 いや、別に何するわけでもないしその為に変態の婿になるのはリスクが高すぎるからしないけど。

 

 ……でも、なんであんな上品そうなお母さんなのに桐島の奴はあんなド変態になってしまったのだ?


 父親の影響、とかだったら嫌だな……


「お待たせ二人とも」

「あ、お姉ちゃん!」

「ん?あ……」


 ふすまを開けた先には桐島がいた。

 しかし、いつもの桐島ではなく、髪を上に結って着物姿で立っている。


「わー、お姉ちゃんそれ振袖ですか?」

「いいえ、小紋よ。本当は普段和服で通してるのだけど最近暑くてね」


 俺はこの時思ってはならないことを思ってしまった。


 綺麗だ。すっごく綺麗。

 なんだこの西洋の人が着物を着るインパクトの強烈さは……


 いや、単純にこいつに似合っているだけなのだろうが、それでも銀髪の彼女に良く似合う赤基調の見事な着物だ。


「志門君、どうしたの?」

「え、いやなんでも」

「あら、私の和服姿に見蕩れてた?」

「そ、そんなわけない」

「じゃあお尻のライン見てたのねスケベ」

「どういう二択だよ!」


 しかしまぁ腰のラインとか綺麗だよな。

 スタイルはもともと抜群にいいし、それに和服姿だとあいつの変態さがかすんでくる。


「すごいなー。お姉ちゃんほんと綺麗。私もそういうの似合うようになるかな」

「柚葉ちゃんは美人だからきっと似合うわ。あ、今度私のお古でよかったらもっていくから着てみる?」

「ほんと?やったー!」


 すっかり実の妹のように手懐けられてしまった柚葉だが、ここまでくると微笑ましくもなってくる。

 うーむ、パンツ嗅がせるなら周りから、というのもあながち間違いではないのか?


「さてと。じゃあ私は帰るから。おにい、失礼ないようにね」

「え、柚葉帰っちゃうの?」

「うん、だって今日は家見せてもらうだけだったし。おにいと二人で用事あるんでしょ?」


 あっさりと柚葉は撤収。

 そして俺は変態の巣に一人で取り残されてしまった。


「……嵌めやがったな」

「人聞きの悪いこと言わないで。それよりお昼は出前とったわ」

「俺も退散する」

「俺とたくさんしろ?ずいぶん大胆ね」

「お前の耳がな!」


 随分と大胆な聞き間違えをされた。

 なんだよその口説き文句は。

 大体人ん家に上がり込んでおいて「俺とヤれ」とか言う鬼畜がどこにいる。


「ちなみにお昼はお寿司よ」

「あ、そ」

「そんなに気にしなくてもこの下はノーパンよ」

「そこ気にしてねぇわ!」

「ちなみに母もノーパンよ」

「まさかの母譲り!?」

 

 なんてこった。あの美人ママがノーパン、だと……?


 い、いかん。なんか変なこと想像してしまった。


「こほんっ。それより寿司とかやっぱり悪いから帰る」

「それじゃお昼は親子丼にする?」

「なんか今聞くといかがわしいよ!」

「え、でも男の子って好きでしょ親子丼」

「どっちの意味だ教えてくれ!」


 ああもう、どっちも好きだよ多分……


「あらあら、随分仲が良さそうね」


 俺が桐島にからかわれていると、ノーパンと噂のアイリさんがデニム姿で登場。

 え、あの下……穿いてないんですか?


「お母さん、お昼はやっぱり親子ど」

「お寿司!お寿司食べたいなー!あははは」

「あらそう。もうすぐ届くから待っててね」


 うん。やっぱりアイリさんは清楚だ。

 桐島の変態チックなオーラが無くなったらまさにアイリさん。

 くそ、どうして逆じゃないのだ!

 俺は人妻に欲情する趣味は持ってないぞ。


「お母さん、私に似て綺麗でしょ」

「お前が親に似たんだろ」

「でも、私よりもハードプレイヤーだったらどうする?」

「なにぃ!?」


 あ、あれで実は桐島よりもコアでマニアックだと……

 い、いかん何を興奮しているのだ俺は。仮にも同級生の母親だぞ?


「嘘よ。母は基本エロは苦手よ」

「な、なんだ……よかった」

「でも親子丼は好きだそうよ」

「だからどっちの意味だよ!」


 どっちの意味なんだマジで?なんでその時だけ意味深な様子で黙り込むんだ桐島め。


 しばらく親子丼の意味についてモヤモヤしていると、玄関から男の人の声がしてきた。


「ただいま。今日は昼であがったぞ」

「あらおかえりなさいパパ。ちょうどイリアの言ってた男の子、来てるわよ」


 どうやら、桐島パパがご帰宅のようだ。

 なぜだろう。別に交際しているわけでもそれをお願いしに来たわけでもなくただ半分だまされて連れてこられただけなのにドキドキする。


「あら、緊張してるの?」

「あ、当たり前だろ。勘違いされたら困るし」

「大丈夫よ、お父さんには志門君のことちゃんと説明してるから」

「ほう。ちなみになんて?」

「挿しつ挿されつな関係よ」

「字が違うと偉いことなるな!」


 差しつ差されつだよ、それ。

 なんだよその抜き差しする関係は!


「お、イリア。ただいま」

「おかえりなさいお父さん。こちらがあの志門君」

「は、はじめまして……ええと、イリアさんとは同級生でして、その」


 一体どの志門君なのだと思いながらも必死で挨拶をした。

 桐島パパは年齢は四十過ぎくらいか。普通のすらっとした男前なおじさんと言った感じ。

 でも、お母さんとは随分と年齢が離れているように思うけど……


「君が天才高校生作家とかいう少年か!娘から噂はかねがね聞いてるよ。すごいね」

「い、いやそんないいものではないですが……」

「いやいやその年で娘のパンツを被って万歳なんてなかなかできない。君はなかなかの強者だね」


 その瞬間。俺の心にピシッと音がした。

 パンツ?万歳?はてさて……


「な、なんのことでしょうか……」

「いやいや。僕が高校生の時なんてそんな度胸もないし彼女もいなかったからね。いやぁすごいよ君は」

「はは、ははは。なにか誤解されてるようです、が……」

「何を言ってるんだ?君はパンツも食べて、娘の裸も見たのだろう?なにも隠すことはない。いやいや、今どきの高校生はそうでなくてはならないからな」


 はっはっは。と豪快に笑う桐島パパに邪念はない。

 つまり、俺の行いを素直に感心しているのだ。


 オーマイガーだ。桐島との一連のやり取りを全て、この親父が知っていて、容認しているだと?


「おい桐島、どういうことだ」

「人のお父さんを呼び捨てとか失礼ね」

「イリアさん、貴方に言ってるのです!」

「あら、急に名前で呼ぶなんて大胆。でも、ベッドでもちゃんと呼んでね」

「誤解されるわ!」


 いや、もう誤解されてるわ!


「じゃあ着替えてくるからゆっくりしていきなさい」

「は、はあ」

「でも、誰もいないからってここでおっぱじめたらダメだぞー」

「するか!」


 思わず同級生の親に思いっきりツッコんでしまった。

 

 ただ、あの父にしてこの子ありということが、よくわかった瞬間である。


「お父さん、ちょっとズレてるでしょ」

「お前が言うな!」

「やーん、響く―!」

「くっ、クソッ!」


 変態な娘。ノーパンな母。あけすけな父。


 こんな家族嫌だ。絶対嫌だ。


「あなたのおうちだと思ってね」

「嫌だー!」


 しかし、まだまだ桐島家でのやり取りは続く。

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