05 人の家の前で彼女は一体なにしてる?
志門柚葉という俺の妹がどういう人間なのかを詳しく語る必要があるかどうかは別として、少し愚痴ついでに聞いてほしい。
彼女は去年までとても優しい女の子だった。
しかしある日を境に豹変した。
お箸取ってと頼んだらフォークを投げてくれるし、醤油頂戴と頼んだらお気に入りのズボンにかけてくれるし、おやすみと声をかけたら「二度と目覚ますな」と気丈に返してくれる、そんな妹になってしまった。
反抗期、にしても少々やりすぎだ。
裸を見た日にはきっと殺されると思う。
だから風呂に入る時は細心の注意を払っているわけだが。
そんな彼女、前に言ったかどうかは忘れたがとてもモテるそう。
確かに実の兄から見ても可愛い、というか綺麗だ。
少しキツめの顔立ちは俺に似ていると言えなくもないが(そんなことを聞かれたら多分死ぬので口には出さないが)顔立ちは端正で男が寄ってくるのは理解できる。
加えて女子からも人気がありとても友人が多い。
いつも自宅には誰かしら友達がきている。昨日は誰もいなかったのが奇跡なくらいだ。
ただ、愚痴と言うのは彼女の反抗期についてではない。
そんな家と学校で全く違う顔を持つ彼女が昨日、一人の女性と仲良くなってしまった件についてだ。
その事実を俺は変態襲来があった日の翌朝、朝食のパンを齧りながら知ることになる。
誰にでもいい顔をする彼女のことだからそういう事態は常に想定内。だが相手が悪かった。
そう、その相手とは桐島イリアである。
「おにい、桐島さんは今度いつ来るの?」
「は?なんでお前がそんなことを気にするんだ」
「あの人、すごく綺麗じゃん!それに私、昨日ちょっと話しただけなのにすごく優しくしてくれて、もう桐島さんに一目惚れしちゃった!」
オーマイゴッド、だ。いや、最近ならノーウェイ!とでも声高らかに叫ぶべきか。
俺が悠長に風呂に入っているわずか数分の間に妹が変態に調教されてしまっていたのだ。
散々説明した反抗期のくだりを返せと言いたくなるほどに目を輝かせる妹は俺にあの変態について質問をしてくる。
「ねぇ、おにいとはどんな関係?もしかして彼女?あの人なら私大歓迎だよ」
まさか、長らく悩みの種であった妹反抗期問題が、一人の変態の力によって雪解けに向かっていくなんて露程も思ってはいなかった。いや当然だけど。
しかしこうなると一言、「変態万歳」なんて称賛をあの変態に浴びせるべきか。いや、ないな。
だってそうだろう、反抗期が解消されたとはいえ自分の可愛い妹が
「私、あの人みたいになりたい」
などと言って変態信者になってしまったのだからこれは立派な被害である。
さてこれはどうするべきか。
あまり桐島のことを悪く言えばおそらく台所から包丁案件だ。
だからと言って妹を必要以上にあの変態に近づけたくはない。というかその必要性はそもそも皆無である。
「昨日のはたまたまだ。もう来ることはないかもな」
「えー、残念。また会いたかったなぁ」
「……」
本当に残念そうな顔を浮かべる柚葉を見ると、少し申し訳ないというか心苦しさみたいなものもあったが、だからと言って彼女を喜ばせる為にこれ以上変態の進撃を許すわけにはいかない。
だから、心を鬼にしてあいつのことはすっぱり忘れさせるのだ。
片付けをして今日は柚葉と一緒に家を出る。
昨日まではこんなこと一切なかったというのにどういう風の吹き回しだ。
ほんと、変態を見たら人格が変わったりするのか?
「おにいと登校してたら桐島さんに会える気がするんだ」
「期待させて悪いけどそれはない、二度と会わないまであるぞ」
「おはよう、志門君」
実に爽やかで、実に聡明で、そして実に不穏で不快な声が玄関を出た瞬間、耳に届く。
ああ、二度と会わないなどという安っぽいフラグを立てたせいで、いやそんな発言とはなんら関係なく桐島イリアが玄関先に立っていた。
「おにい、桐島さんだよ!」
「あら、おはよう柚葉ちゃん。朝から元気ね」
「はい、桐島さんも綺麗ですね!」
「あらあら、可愛い」
「えへへ」
柚葉が笑うところを見たのなんていつぶりだろうか。
唐突な雪解けをもたらした変態は、柚葉の頭を撫でていた。
甘んじて、ではなく自ら進んでそれを受けて喜ぶ柚葉はとても穏やかで、幸せそうな表情を浮かべている。
そんな微笑ましい光景を見ながら俺は言いたい。
変態が
「何しにきた」
「あら、迎えにきたのよ」
「迎え、だと?」
「ええ、志門君と一緒に登校したくって」
「……ご遠慮」
「桐島さん、私も途中までいいですか?」
「ええ、いいわよ」
柚葉が割って入ったせいで破談にしたかった話が綺麗にまとまった。
つまり三人で登校、ということになった。
もちろん柚葉は中学生なので途中で別れるわけだが、それは本当に都合が悪い。
「桐島さんはおにいとどんな関係なの?もしかして、恋人とか?」
「そうね、彼は私の運命の人、かしら」
「え、それって……きゃーっ、なんか朝からドキドキするー!」
などと盛り上がってはいるが、恋人との朝のひと時なら俺だってドキドキするさ。
しかしだな、俺はお前がその角を反対に行ってしまったその瞬間から変人と二人きりにされるのだから動悸がする。
「じゃあ桐島さん、またね!」
「ええ、いってらっしゃい」
実の兄など目にもくれず、変態にのみ声をかける我が妹。うん、大きくなったんだね、お兄ちゃんちょっぴり寂しいよ。
なんて哀愁を勝手に漂わせてはいたが、よく見ればチャンスだ。
柚葉を笑顔で見送る桐島が俺から目を逸らした。
その隙に俺もさっさと先を急ごうとした。
すると制服の襟をガシッと掴まれる。
「あら、あなたは一緒の方向でしょ?」
「……嫌だ、一緒にいぎだくない」
「それなら、ここで大声出すけどいい?」
「……わがりまじだ。ぐ、ぐるじいはなぢで」
朝から窒息しそうになって、更には脅されて彼女と登校する羽目になる。
しかしよく見るまでもなく彼女が美人であることに変わりはない。
内面は外見に反映されない、というのが彼女を見ていてよくわかる。
どんなに中身が腐っていても、彼女は銀髪の超がつく美人なのだ。
だから隣に置くと少しは緊張もする。
「ねぇ志門君」
「なんだ」
「私、今日穿いてると思う?」
「知らんわそんなこと」
「ちなみに正解したらパンツを贈呈するわ」
「嬉しくないよそんな景品!」
朝からパンツパンツとうるさい奴だ。
なぜこんな変態と会話しながら学校に行かねばならない。
ああ、最悪だよ。詩になんか見られたらもう終わりだな。
「ヒント、景品は脱ぎたてよ」
「じゃあ俺の回答は『穿いてる』だ!これで不正解だろ」
「ご名答、今日は穿いてるわ。正解しちゃったわねー」
「なっ、お前嘘ついたのか?」
「いえ、さっきあなたの家の玄関先で新しいのと穿き替えたの。だから脱ぎたてはカバンの中」
「人の家の前で何してくれてんの!?」
いかん、まともに取り合うんじゃない……
いや待て、証拠は。証拠はあるのか?彼女が穿いているという、その証拠は。
「はい、証拠」
「あ、どうも……」
まるで心の声が漏れていたかのように、グッドなタイミングでぴらっとめくられた彼女のスカートの中には、本来あるべきものがきちんと備わっていた。
桐島イリアは。
今日は。
パンツを穿いていた。
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