06 幼なじみが変態とエンカウントした話

 桐島イリアについてこうして語るのは二回目であるが、そもそも変態とわかった彼女についてあれこれ述べること自体が非常に不本意であることは最初に伝えておこう。


 ならばなぜ、わざわざこうして彼女の事を改めて語るのかと言えば、俺が知らされたくだらない事実を誰かに訊いてほしかったというだけである。


 そもそもどうして彼女は急に冷たい態度に豹変し、クラスの人気者から嫌われ者へと堕ちていったのか。


 そんなミステリアスで物語の肝になり得る秘密を、正門につくまでの間に解消されてしまったのだから、愚痴の一つもこぼれようというものだ。


 結論からいえば、彼女は目覚めたそうだ。

 目が覚めた、ではなく目覚めた。そう、新たな自分。いや、元々そこにあったが気づかずにいた本当の自分とやらを自覚したのが去年の五月頃。


 たまたまタイプではない男子に告白された時、冷たくあしらったことがあったそう。

 その後、フッた男子生徒から「この人でなし女め」と罵倒されたことが非常に快感だったという。

 

 試しにクラスの数人に冷たい態度をとってみると、今度は疎むような視線で自分を見てくるようになり、それがまたしても快感、もはや愉悦であったと本人は語る。


 つまりだ、クラスメイトから精神的凌辱や言葉責めを受けるために敢えてそう振る舞っていたというのだから、こんなものは物語の肝どころか肝を冷やすだけ。


 なんともくだらない理由でぼっちに仕上がってしまった彼女は、それでいて現状にも満足しているのだそう。


「志門君、クラスのみんなが私を見るあの冷たい目、本当にいいわ。それに最近なんて目も合わせてくれないの。ああ、放置プレイの究極ね」


 こう話す彼女は、先日までの無口なイメージなど皆無。むしろ俺よりよく話す。

 というより俺は彼女に話したいことなどない。口を開けば話題はパンツ。当然だ。


「ねえ志門君、お昼休み、時間ある?」

「ない、あったとしてもお前には使わない」

「はぅううっ!その冷たい態度、グッジョブよ!」

「くっ……」


 この「くっ」には色んな意味が込められていた。

 腹立たしい、悔しい、鬱陶しい、etc.


「ねぇ、ちょっとくらいいいでしょ?」

「聞くだけだがなんの用だ?」

「え、パンツの贈呈式」

「いらないよ!」

「え、やっぱり靴下の方がよかった?」

「そうじゃねぇ!」


 そんなことの為に昼休みを潰されてたまるかと言う話だ。


 なんともまぁ、最悪な朝だ。


 しかし嫌なことは続くもの。負の連鎖なんて言葉はよく耳にするのに、どうして正の連鎖という言葉はあまり聞かないのだろう。


 やはり嫌なことが続くことの方が、人生遥かに多いからなのだろう。

 そうだ、嫌なことは続く。


「あれ、司?それに……桐島、さん?」


 詩に見つかった。

 

 何度も言うが俺は詩に恋愛感情などは持っていない。

 だから見つかったのが恋人とのイチャイチャであればなんら問題はなかったのだが、見られたのが変態との戯れであったことが最悪なのである。


「二人、仲良いんだね」


 詩は俺たちを祝福するかのような微笑みを向ける。

 頼むから、それだけはやめてほしかった。


「志門君、青川さんとお友達なの?」

「え、まぁ。幼なじみだよ」

「あら、それはそれは」


 桐島が。

 そう言うと詩のもとへ行く。


「青川さん、お久しぶりね」

「え、うん。桐島さん、今日は雰囲気が違うね」

「ええ、私はベストパートナーを見つけたから気分がいいの。そう、まるでパンツを穿いていない爽快感に似た心象よ」


 いやどんな心象だ。そもそも心象の使い方合ってるのか?

 それに例えでもそんな風に自分の心の内を表現するな。

 一緒にいるこっちまで心証が悪くなる。


「あの、もしかして桐島さん」

「残念、今日は穿いているの。だからあなたにはプレゼントはなしね」

「はぁ」


 詩が困っている。

 そりゃそうだ。詩は常識人で良識人。こんな変態の戯言なんて理解できまい。


「あなたはそう、幼なじみ属性ね。私はジャンルを大きく四つにわけたら、そうね。クーデレかしら」


 間違っている。その自己分析は大いに間違いである。


 どの四つに分けたのかは知らないが、お前はどれだけジャンルを細分化したところでカテゴリーは変態にしか当てはまらねぇよ!


「あ、あの桐島さん?」

「いえ、戯言だったわ。さて、志門君教室へ行きましょう」

「……」

「行かないと昨日のこと、全部彼女に」

「行きます行きます!ええ、ぜひともお供させていただきます!」


 詩にパンツ云々の話をされるのは御免被る。

 だから俺は変態のお供という汚名を敢えて受ける。自ら襲名する。


「あ、ちょっと司?」

「ごめん、あとで事情は話す」


 俺を呼び止める詩にそう言って俺は変態にノコノコとついていく。

 

 事情、とは言ったものの一体どんな事情なのか。

 変態に見染められてパンツを食わされて献上されて付きまとわれている事情。


 そんなことを話す方がもはや地獄だ。

 さて、どうやって詩に説明したものか。


「何してるのパンツカサ君」

「ああ……っておい、パンツと俺を融合するな!」

「あら、気に入らなかったかしら指悶くん」

「人の名前を誤植するな!いかがわしいわそれ!」


 変態に名前をいじられる。やはり最悪な朝だった。

 

 もちろんホームルームが終わった次の休み時間に、好奇心旺盛な詩から散々と尋問されたのは言うまでもない。


 そしてもう一つ、これも言うまでもないことなのだが、席についた桐島が、時々こちらを見てきては口パクで何かを伝えてくる。しかし読唇術の心得があるわけではない俺にでも、彼女が「は・い・て・る・よ」と伝えていることがはっきりわかった。


 ……やはり、言うまでもなかった。

 

 

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