07 変態からの勧誘

 なんの脈絡もなく急に自身の作家活動についてお話することについてはまずお詫び申し上げる。

 しかし脈絡はなくともこれまでのこととの関係は多いにあるという言い訳も、ついでに説明しておこう。


 俺が書いた小説、そして俺が作家となるきっかけになったその作品のタイトルは『クーデレなクラスメイトが俺にだけ見せる顔』。


 この小説、実はクラスメイトの一人をヒロインのモデルにしている。


 勘のいい方なら既にお察しかもしれないが、それは桐島イリアなのである。

 彼女の事を、あの頃の俺はクールだと誤解していた。

 だから、クールなヒロインが大好きな俺は迷わず彼女をモデルにしてしまったというわけだ。


 ちなみにクーデレというジャンルを知ったのは中学三年生の時。その後は貪るようにクーデレヒロインのラノベを読み漁った。


 その時の知識の蓄えと自らの願望、さらにはまるでフィクションの世界から飛び出してきたような容姿を持つクラスメイトをイメージに使わせてもらい完成したのが俺のデビュー作。


 もちろん大変思い入れが深く、一生この本のことは大切にしていきたいと、そう思っていたわけだが。


「志門君、はいあーん」

「あーんじゃねえ、そんな甘い響きでパンツを食わそうとするな!」

「ああん!もっと罵って!」

「……」


 今俺はそのモデルに選んだお方と昼休みに二人で食事という運びになってしまった。

 もっとも食事など捗らず、俺が口を開けるたびにその中に異物を混入させようと必死な変態との口腔内攻防戦となっているわけであるが。


「結構頑固なのね。いいわ、今日はこの辺にしておいてあげるから食事にしましょ」

「はぁ……なんでこうなったんだ」


 なんでこうなったかについては、一言で言えば詩のせいである。

 散々尋問してくる彼女に対して、俺は懸命に「彼女とは何もない」と突っぱねていたのだが、無駄に空気を読んでか「昼休みに家庭科室に来て」と俺をおびき寄せて、行った先には変態がセッティングされていたというわけだ。

 気の利いた幼なじみからの小粋な贈り物は、痴女だったという話。


 どうもあいつは俺が桐島と仲良くしている現状を愉しんでいるようにしか見えない。

 幼なじみでなければ、いや詩でなければ俺は多分憤慨しているどころでは済まなかったと思う。


「ねぇ志門君」

「……なんだ」

「青川さんとは仲いいの?」

「詩と?まぁ幼なじみだし、学校もクラスもずっと一緒だから、まぁ腐れ縁ってやつかな」

「腐った縁。ただれた仲というやつね」

「勝手に意味を変えるな!」


 なんでこんな質問を桐島がしてくるのかは知らない。

 変態の考えることなんてそもそも知りたくもないが。


「志門君、あなたにもう一つ質問。いいかしら」

「勝手にどうぞ」

「もう、冷たいわね。でもそれがいい、かも」

「早く質問しろよ……」

「こほんっ。志門君は部活とかやってないの?」

「部活?」


 部活動はこの学校では特に盛んで、運動部のみならず文化部も吹奏楽や書道、写真部なんかに至るまで数多く存在する。

 一応何らかの部活に所属することが義務付けられているものの、俺は白紙の入部届を自室の机の上に置いたまま、一年間放置してしまっている。


「入ってない。忙しいし」

「あら奇遇ね。私も入ってないの、部活」

「一応何らかの部活に入るのが原則だろ?って人の事言えないけどさ」

「そうね、だから私、部活を始めようと思うの。どうかしら」

「はぁ」


 いや、どうぞとしか言いようがない。

 こういう相談にもならない相談って、どうして後を絶たないのだろう。


 例えば「彼女ほしいんだけどどう思う?」とか「俺、あのゲームほしいんだよねぇ」とか、それこそ今みたいに「部活入ろっかなー」とかとか。


 いや、勝手にすれば?

 それにこういう質問するやつに限って、大真面目に回答を用意してやると「いやぁ、やっぱりこうだよね」なんて自分の意見を主張してくる始末。


 決まってんなら聞くんじゃねぇ。はい、ちょっと愚痴でした。


「勝手にしろよ」

「あら、他人事みたいな言い方ね」

「他人事だろ」

「いえ、あなたも一緒に入るのよ」

「ああ、そりゃどうも……なんだと?」


 一緒に、俺も?

 前に座る彼女の顔を見るとなぜか照れた。いや、その照れは今必要か?


「どういうことだ」

「言ったでしょ。何が何でもあなたに私のパンツを嗅がせると。そのためにはもっと私たち、仲良くなる必要があると思うのよ」

「……仲良く?」

「ええ、例えばもっと下半身を鍛えるとか締まりがよくなるために内股で歩くとか、あなたも私が濡れるように前戯を練習するとか」

「それは膣内なかが良くなるだろうが!……言わすな!」

「あらあら同級生の女の子に向かってそんな卑猥な言葉を叫ぶなんて。この変態」

「たとえ誰に言われてもお前にだけは言われたくない!」


 いかん、俺の思考が変態に寄ってきている。

 やはり変態の近くにいると汚染されるのか?


「とにかく、部活なんて俺は入らないぞ。入りたいものもないし」

「そう?私は読書部なんて向いていると思うけど」

「読書部?」


 少し違和感を覚えた。

 なぜこいつは、俺がもし入るならこの部活かなと思っていた読書部をピンポイントで言い当てたんだ?

 もちろん入る気はなかったが、物書きを気取る俺にとっては読書もまた仕事の一環と言える。だから所属するならこれかな、とそう思っていたことは否定しない。 


 ただの偶然、にしてもうちの部活は優に三十を超える。その中から一つだけ言い当てるなんて偶然の一言では片付けにくい。


 ……もしかしてこいつ、俺が小説を書いていることを知って


「膣内をナカと読めるなんて、あなた相当高名な読み手になれるわよ」

「もうその話題は忘れてください!」


 偶然だった。

 ていうか高名な読み手なんているか!なんだよ読書のプロって!


「とにかく、俺は部活には入らないからな」

「ふーん、そこまで言うならこれ、幼なじみなあの子に見せようかしら」

「脅しか?いいぜ、俺も詩にお前の性癖を全部ばらして……んん?」


 彼女のスマホの画面には、俺が写っていた。

 画面の中の俺はパンツを被って、そして昇天していた。

 更に横で、胸元を見せる桐島が添い寝をしているではないか。……なんだよこの写真。


「いやいや、なんだよこの写真!?」

「撮ったのよ」

「そうじゃなくて!こんなの詐欺だろ!」

「でも合成なしよ。これを見たら、あなたの可愛い幼なじみはどう思うかしらね」

「……くっ」


 この「くっ」にはまたまた随分な意味が込められていたが今は割愛する。

 しかしこれはさすがにまずい。


 この写真に名前を付けるのならば、やはり『変態の戯れ』。

 絵画にして山○五郎先生の本で紹介でもしてもらおうか。


 じゃなくて


「おい、消せ」

「いやよ、これは家宝になったの」

「既に認定されたのか!?」

「それに親戚中に配る予定よ」

「家宝をばらまくな!」


 ……じゃなくて


「どうすれば消してくれるんだ」

「そうね、私と読書部に入ってくれたら考えるわ」

「二言はないな?」

「ええ、入れていい穴は一つよ」

「答えになってねぇ!」

「ああ、いいツッコミ!ゾクゾクするわぁ」

「……」


 変態に脅されて、俺はどうやら部活動に入ることとなったようだ。

 

 ちょうど話に決着がついたころ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 

 その音は、俺がノックアウトされた現実を告げるような、とても哀愁ある響きとして俺の耳に入り込んだ。


 逃げるように教室に戻ると、詩がこちらをみてニヤリ。

 してやったりと言わんばかりのその顔、本当にしてやられたからやめてくれ。


 そして遅れて教室に戻ってくる桐島は、俺の方を見て唇をペロリ。

 更に俺以外の誰も彼女の事を見ていないと確認するや否やスカートを少しひらり。


 ちゃんと穿いていた。


 だから何だという話だが。

 


 

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