08 その二択、どっちでもいいです。

 少し前に、「安心してください、はいてますよ」というギャグが流行ったことをなぜか授業中の、しかも数学という全く関連性のない時間に思い出した。


 ええ、確かに穿いていることは安心だ。あなたのギャグは何ひとつとして間違ってはいない。

 ただ、俺には笑えないギャグである。


 などと、至極どうでもいいことでも考えていないと頭がおかしく、いや変態になりそうだ。いや、もはやこんなギャグしか頭に浮かばない時点で既に手遅れなのかもしれないが。(一つ断っておくがこのギャグ自体は好きなのだ。好きが故に、それを好意的にみられなくなっている自分が嫌なだけ、と言い訳はしておく)


 同級生のパンツを見て、しかもそれが超絶美人のものとあっても最早俺の心はびくともしない。

 このまま俺は特殊な性癖を植え付けられて変態へと変態していくのだろうか。


 なんて憂いを解消してくれたのはもちろん詩。

 放課後すぐに彼女が俺のところにやってきた。

 持つべきものは優しい幼なじみだと、改めてそれだけは生まれの幸運をかみしめる。もちろんこれは皮肉である。


「司、お昼休みどうだったの?」

「……とんでもないことをしてくれたな」

「どうして?二人きりでご飯なんてまたとないチャンスじゃん」

「これ以上ないピンチだったよ、全く……」


 あの写真が誰かの目に触れたら、俺はぼっちキャラからむっつり変態野郎に様変わり。

 嫌だ。友達がいないのはいいけど同窓生から変態扱いを受けるのは、さすがに嫌だ。


 嫌われるにしても、嫌われ方くらいは選ばせてほしいというのが、嫌われ者の矜持である。


「で、何話してたの?」

「黙秘権を発動する」

「あれれ、人には言えないことー?」

「……黙秘だ」


 人には言えないこと。確かにその通りだ。

 クラスメイトの女子と、パンツ云々とかナカがうんたらとか、そんな話をしてましたとどうして幼なじみに話せようか。

 

 俺はどうすればあの変態から逃れられるのだ、教えてくれ。


「ああ、もう嫌だ。疲れたよ詩」

「どうしたのよ急に。あ、わかった恋の病でしょ」

「変な病にかかりそうなだけだよ……」


 詩は本来けっこうめざとい。

 察しが良いはずの彼女のセンサーは、なぜ桐島関連の話題になるとバグってしまうのだろう。

 あれがまともに見えるなんてどうかしてる。今日、正門であいつと会話をして何も感じなかったのだとすれば、こいつもかなりの鈍感だと認識を改める必要があるな。


「そういえば桐島さん、さっさと出て行ったけど帰ったのかな?」

「知らん、俺に訊くな」

「またまた、気になってるんでしょ?目で追ってたよ」

「だとしたらそれは俺の防衛本能がそうさせたんだ」


 なんて会話を数分。今日はさっさと帰ろうと詩に告げたところで桐島が教室に戻ってきた。


 こっちを見ている。ジッと、教室の入り口から俺を見ているのがわかる。


「じぃー」


 もう自分で音を発していた。 

 もちろん俺は見ないようにした。


「司。ほら、桐島さんが見てるよ」

「知ってる、だから見ないんだ」

「司ってツンデレなんだね」

「どこにデレの要素があるのか訊かせてもらおうか?」


 なんて話をしていると、仲間に入れてほしそうにこちらを見ていた変態が何事もなかったかのように寄ってきた。


「志門君、先生には入部手続き済ませておいたわよ」

「ああ、それは助か……え、もう!?」

「善は急げ。前戯はゆっくりが信条よ」

「お前のくだらない主義なんて知るか!なんだよ前戯はゆっくりって」

「あら、あなたはローション派?」

「そこじゃねぇ!」


 自分の名誉のために断っておくが、俺は童貞ではあるが初めて好きな人と行為に及ぶ際は、できるだけ自己満足にならないように慌てずしっかりと相手を愉しませてから、なんていつもシミュレーションしている。


 決してすぐに挿れてすぐにすっきりして自己満足を得ようなんて自分勝手な男子ではないと、童貞ながらに言い訳させてもらう。


 ……じゃなくて


「詩、違うんだこれは」

「あははは、なんか二人とも面白い」

「……詩?」


 目に涙を浮かべながら彼女は笑っていた。

 失笑、嘲笑、ではなく爆笑。


「なんか、司と桐島さんってお似合いね。うん、いい感じ」

「し、詩さん?」

「よし、わかった。私は先に帰るね。うん、じゃあ後は若いお二人でごゆっくりと」

「し、詩さーん!」


 無責任で鈍感な幼なじみは帰っていった。

 俺を変態の元に残して。


「へぇ、話のわかる人ね」

「いや一切話がわかってないからこうなるんだ!」

「それより話の続き、いいかしら」

「え、何話してたっけ」

「あなたはローション派というところから」

「その話はもういいよ!」


 だから俺はローション派じゃじゃねぇよ、使ったことないけどさ!


「明日から早速、活動を始めるわ」

「他の部員は納得したのかよ」

「ええ、全員追い出したわ」

「なんてことしてるんだ!?」


 後から訊いた話ではあるが、読書部には男子部員が二人、いたそうだ。

 そう、いたのだ、ついさっきまで。

 しかしその二人、桐島が「部室を明け渡しなさい」と言ったことでビビッて退部したそうだ。

 可哀そうな人たちだ。変態に脅されたという面においては同情を禁じ得ない。


 こうして明日から俺は、変態と二人で、読書部という何から始めたらよいのかわからない部活動を開始する運びとなった。


 それに満足したのか、今日の桐島はあっさりと俺を解放してくれた。


 ◇


「タムッチ先生、明日から俺、部活やる羽目になったんです」

「いいじゃないですか。部活動っていかにも青春って感じ。うん、いいと思います」

「青春、ねぇ」


 もはや買春なんて言葉の方が合いそうな部活動になりそうだけど。

 なんておどけていられるのもタムッチ先生の前だから、か。

 やれやれ、こうして自室のモニター越しにこの人と話す時間が一番の癒しだよ。


「それで、部員は何人?」

「同級生が一人だけ、ですよ。それに読書部だから本読むだけですが」

「それって女の子?」

「え、まぁそうですけど」

「なにそれー、ラブコメ展開キター!ってやつですかー?」

「ラブコメ、ねぇ」


 ……ラブコメ、にはならないよ。相手が変態だから。

 しいて言えばアブノーマルコメディ、アブコメだ。漢字で書けばアブコメか。うん、うまくない。


「そうだ、新しい企画だけどその同級生とのエピソードを入れてシナリオ書くとかどうかな?」

「それだけはおすすめしませんよ、はい。」

「えー、もしかしてツカサ先生恥ずかしいのかなー?」

「ええ、恥ずかしいですよ、はい……」


 恥ずかしい、というのは嘘ではないが。照れではなく恥の方。

 どうして日本語ってこんなに難しいのかな。


「そっかぁ。それより今あがってる分読んだけど、随分ヒロインがエロくなってきましたね。なんか先生っぽくなくてよかったですよ!」

「やっぱり実体験って大事なんですよ」

「え?」

「いえ、なんでもないです……」


 結局タムッチ先生との打ち合わせは、今日は全然進まなかった。

 このままでは活動に支障をきたしてしまう。


 しかし桐島はドMでもある。彼女の性癖を晒して皆が蔑んだとしてもそれは罰ではなくご褒美になってしまう。


 はぁ……なんとかならないものか。


「どうしたのよため息なんてついて」

「ああ、ちょっと悩みが……ってうわぁ!なんでお前が!?」


 振り向けば、変態がいた。

 振り返ると自分を刺した奴がいて、それが知り合いだったなんて展開の方がいくらかドラマチックだ。


 こんなの、ただの狂気だ。


「ど、どうしてここに?」

「柚葉ちゃんにお通しいただいたわ」

「そうじゃない、なんでいるんだ」

「お宝さがしよ」

「宝なんてねぇよ……」


 腰が引けた、いや腰が抜けた。

 いきなり変態が部屋にいたらそりゃあそうなる。


「あなたが家宝にしたとニュースになっていた私のパンツの様子を確認しにきたのよ」

「どこのニュースだ言ってみろ!」

「あら、まだなのね」

「今後もありえない」

「でも明日の校内新聞には載るわ」

「全国紙より辛いんだけど!?」


 いや、そんなことよりだ。いやいやそんなこともかなり重要ではあるがそれよりまず、この変態を追い出さないと……


「帰れ」

「くっ……いい響きだわん」

「帰ってください……」

「いやよ、お茶も出てないし」

「図々しいな!」


 椅子からひっくり返って腰を抜かしたまま変態に取り合っていると。俺が座っていた、俺と共に転倒した椅子を起こして何故か彼女が座る。


 そして「さて、今は穿いているかいないか。どっちだ」なーんて言う始末。


 さて、穿いてるのかな、穿いてないのかな。

 みんな、どう思う?


 ちなみに答えは物語が進んでも出ないよ、絶対。





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