09 伝えたいことはいつもそこに

 物語の本題に入る前に言いたいことがある。

 いや、そもそも本題なんてあるのかという疑問に対しては俺も答えかねる次第ではあるのだが。


 変態ってなんなのだろう。

 エッチな、という言葉は確かに変態を表現するにあたり的確と言える。

 そもそも語源が、変態のHであるからしてエッチな人は変態だという解釈であっているはずだ。


 しかしもう一つ、異常な人というのもその類だろう。

 変質者なんかがそうだ。あれはエッチというよりただ変なのだ。

 俺の目の前にいる美しい容姿をもった可憐な同級生は、まさにそれだと。

 ただそれが言いたいだけである。


「ねぇさっきの人、誰?」

「え、タムッチ先生のことか?なんていうのかな、仕事仲間というか」

「仕事?あなたついに風俗まで始めたなんて、とんだ変態ね」

「極端なんだよ発想が!それにまでってなんだ、何もしてねぇわ!」


 それに風俗嬢の人のことを仕事仲間と呼ぶのか?いや、知らんけどさ。


「じゃあ何の仕事よ、教えなさい」

「……嫌だ」

「どうせあなたのことだからツカサなんてペンネームで本を出して作家気取りで売れっ子漫画家と打ち合わせしているだけで仕事した気になってるんでしょ」

「いや絶対知ってるだろ俺のこと!?」


 ぐうの音も出ない。大正解だった。

 正解ではなく大正解と言ったのは何も大袈裟な話ではない。


 ペンネームや作家という部分を言い当てただけでなく、俺がこうして打ち合わせをしていることで仕事をした気になっているという心情まで言い当てたのだからもうこれ以上の回答はない。


 ……痛いところをつかれた気分だ。


「知ってるわよ。あの小説、私も買ったもの」

「え、お前が?」

「ええ、ブックオフで百円だったし」

「作者に対するリスペクトゼロか!」


 そうなんだ、一応中古で百円の価値はあるんだ。

 うん、でも売らないで。悲しくなるから。


「あのヒロインのモデル、私よね?」

「……違う」

「でも島霧アリアとか、まんまじゃない」

「名前だけだ」

「それにクールな同級生なんて、私以外見当たらないわ」

「一番遠いところにいる奴が言うな!」

「きゅうぅん!その罵声、さいっ、こうっ!」

「くっ……」


 自室で一人、変態に手こずる俺。

 いやほんと帰って……


「さて、それでは気を取り直して私のパンツを探すとするわ」

「勝手に人の部屋を漁るな、帰れ」

「え、私のパンツをそこまで大切に?」

「してません!」


 いや、ベッドの下にそっと折りたたんで隠しているというのは、人によっては大切に保管していると取られても仕方ない行為かもしれない。

 ただ、できることなら返却したいのだが妹が家にいるこの状況で桐島のパンツを取り出すのは少々リスクが高い。

 やはりさっさと帰ってもらおう、と思っていたが


「おにぃ、桐島さん。お茶入ったよ」


 と柚葉が変態を丁重にもてなしてしまったので叶わず。


「あら、気が利くわね柚葉ちゃん。いただくわ」


 変態は図々しい。遠慮などない。変態は人の部屋にはばかる、だ。

 だから当たり前のように差し出されたお茶とお菓子を食べながらくつろいでいる。


「じゃあごゆっくり」


 むふふと笑いながらドアを閉める柚葉も結局色々と思い違いをしているようだ。

 俺と桐島は恋人同士なんてものではもちろんない。

 彼女との関係性を一言で表すなら、被害者と加害者だ。


「志門君、話を戻すけど小説のモデルは私なのよね?」

「……ああそうだ、そのつもりだったけど見当違いすぎてがっかりしてるんだよ!」

「知り合ってより一層私の良さを理解した、というわけね」

「んなわけねぇ!」


 どこまでポジティブなのだこの女は。

 がっかりした、という日本語の意味知ってんのか?


 とまぁ変態と戯れてはいるものの、彼女の口からの事について一度も話題が出ないということは、彼女にとってそれは気に留めるほどの事ではなかったのだとなぜかこのタイミングで思い出す。

 

 随分思わせぶりな言い方になってしまったが、さっさとネタバレしてしまえば、一年生のゴールデンウィークが明けて少しした頃———ちょうど桐島イリアという存在がやべー奴認定され出した頃に俺はこの変態を助けてしまったのである。


 助けた、などと言えばさも襲われている彼女を身を挺して守った、なんてイメージを持たれるかもしれないが、そんな大仰なことではない。

 フラれた男子に教室で絡まれていたので、一言「やめろよ」とそいつに苦言を呈しただけ。


 ただ相手が悪かった。学年でリーダー格だったその男は俺に激高、更にはクラス中のみならず学年中に御触れを出した。


 志門司と口をきくな、と。


 とんだジャイアニズムだが、入学当初から陰キャラ路線に乗っていた俺とそいつのどちらをとるかという選択は容易で、安易に俺の存在はデリートされた。


 不幸中の幸いとして、それ以降そいつが桐島に絡むことはなくなったように見えたので、決死の声かけが功を奏したと内心ほっとしていたのだが。

 

「ねぇ、それよりパンツ穿いてるかどうかわかった?」

「わかるか!」

「見る?」

「見ま……せん!」


 俺はこんな変態の為にぼっちになったのだと思うと泣けてくる。

 本当の正義は助ける相手を選ばないものだとすれば、俺は一生偽物で構わない。

 

「それよりパンツ、どこに隠したのか教えなさいよ」

「……絶対に見つからない場所だ」

「え、まさか実の妹に同級生のパンツ穿かせてるの?変態の極みね」

「するか!」


 こんな変態を救ってしまった俺は正義どころか悪そのものだ。

 うん、二度と美人だというだけの理由で女性に優しくしないと、俺はそう誓う。


「なぁ、そろそろ書き物したいからいいか?」

「あら、仕事熱心なのね。そうねぇ、さすがに邪魔したらいけないし今日は帰るわ」

「できれば出禁でお願いします……」

「嫌よ、志門君に会いにこれなくなるじゃない」

「え?」


 おいおい、なんだその思わせぶりなセリフは。

 いくら変態とはいっても桐島は銀髪碧眼の超がつく美女。

 その容姿で照れながらそんなことを言われたらいくら本性知っててもちょっとはドキッとするってもんだ。


 ……いや、美人だというだけで云々のくだりはどこ行った。反省がちっとも生きていない。そうだ、心を鬼にしないと。


「そんなこと言ってもダメだ」

「私じゃ、ダメ……?」

「……」


 おいおいおい、なんだよその可憐な美少女のおねだりみたいな雰囲気は。

 上目遣いやばいな、うん可愛い。


 ……じゃなくてだな


「おい、いい加減に」

「じぃー」

「な、なんだよ……」


 桐島がその小さな顔を俺の顔の前に寄せてくる。

 ち、近いっ……な、なんだこいつキスでもする、気か?


「……ペロンッ」

「ひゃぅっ!?」

「じゃあまた明日ね、志門君」

「……はへ」


 キスはされなかった。

 代わりに顔を舐められた。


 その不思議な感触に腰を抜かした俺はさっさと出て行く彼女を茫然と、その場で見送ることとなった。

 

 こいつはとんだ変態だ。もう露出狂のドエムの匂いアンド声フェチという以外にもどれだけの変態属性を持っているというのだ。

 やはり出禁だ。出禁にしないと俺がおかしくなる……

 

 しかし厄介なことに、俺は今ドキドキしている。

 あの綺麗な顔が目の前に迫り、更には唇から鼻にかけてをペロンチョされたわけだからこうなっても仕方はないはず、だ。


 変態による変態行為にひどく興奮するなんてなんとも情けないというか、俺自身まで変態に成り下がってしまったかのような表現だが、俺は興奮していた。


 そしてふと彼女が立っていた場所を見ると、一枚の布が落ちていた。

 

 もちろん、なんて言い方はどうかと思うがもちろんパンツだった。


 『明日から部活楽しみね』


 パンツにはそう書かれていた。

 ……もしかして、今日はこれが言いたかったのか?


 いや、あんなやつの考えることなんて俺にわかるはずもない、か。


 わかっていることは。

 俺の部屋にある桐島イリアのパンツが二枚になった、ということだけだ。


 

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