10 今日から俺は読書部員
同級生の女子のパンツを二枚も部屋に所持するという、字に起こせばとんでもない変態ステータスを付与された俺は、もう一つ読書部の部員という立場も今日から与えられる。
しかももう一人の部員はあろうことかそのパンツの提供者でありかつてのオーナーである。
正直な話、読書部とか写真部とかの文化部って何をどう活動しているのか想像しにくいところがあるのだけど、きっと今日から始まるのは読書ではない、ということだけははっきりとわかる。
「おはよう司」
「ああ、おはよう詩。なんかお前と話してると癒されるよ」
「なにそれ、口説いてんの?ダメよ、桐島さんがいるんだから」
「仮にあいつのせいで彼女ができないのだとしたら俺は全力で裁判を起こすぞ」
今日は詩が迎えにきてくれた。
彼女は学校の委員会の仕事やら部活の助っ人やらで朝からいつも忙しいのだけれど、何もない日はこうして家に迎えにきてくれる。それは俺が変態の的にされ出してからも変わらないようでホッとするところ。
「あ、でも今日は柚葉に用事だから。先に行ってて」
「え、一緒に行かないの?」
「そんなの桐島さんが見たら嫉妬するでしょ?ダメよ、狙ってる女の子がいる時はちゃんとしないと」
どうしてこいつはいつも気が利いて気配りができる女性なのにこの案件に関してのみポンコツなのか。
狙ってる?狙われてるの間違いだろ。
「あのな、俺と桐島は別に」
「照れなくていいから。はい、さっさと行った行った」
アホな幼馴染に家を追い出された。
全く、みんなして俺を変態の供物にしようとするのはなぜなのか。何か恨みを買うようなことでもしたか?
……まぁ、詩には借りがあるというか恩があるからその辺りはこうして愚痴をこぼす程度で済ますわけだが。
「おはよう志門君」
「……出た」
出た。通学路で変態とエンカウントしてしまった。
いや、ランダムエンカウントなら塞ぎようがないのだけど、こいつの場合はシンボルエンカウント。
なのにどこから現れた?全く気配がしなかったが。
「お前、つけてたのか」
「人聞きの悪いこと言わないで、ストーキングと言ってほしいわ」
「その方が聞こえ悪いだろ!」
「私のことはこれから『レディストーカー』と呼んで」
「名作ゲームにあやまれ!」
ちょっと意味が違うんだよなぁ。うん、ストーカーって言葉が認知され出した頃についたタイトルだから多分闊歩するという意味なんだよそれは……ってどうでもいいって。
「それより何の用事だ」
「パンツいらない?」
「もうお腹いっぱいです」
「パンツいらない?」
「何で二回言う!?」
「聞こえてないのかなって」
「しっかり届いてます!」
最近俺はパンツという用語を耳にしすぎて脳がおかしくなっている。
小説を書いていても、どこぞかしことパンツや下着や靴下というワードを絡めてしまうし、昨日書いた原稿なんて一話の中にパンツというキーワードが数十回も登場し、もれなく破棄したのだ。
くそっ、どうすればこいつから解放されるんだ?
……待てよ、こいつの目的は俺にパンツの匂いを嗅がせること。つまりその目的さえ達成してしまえば俺に固執する理由も自然と消滅するのでは?
「なぁ、俺がお前のパンツの匂い、もう嗅いだと言ったらどうする?」
「通報する」
「いやなんで!?」
「同級生のパンツの匂い嗅いで本人にその事実を報告するとか変態の極みじゃない」
「……」
忘れていた。こいつはまともに会話なんてできないのだ。
何を真面目に真剣にとんでもないことを話しているのだ俺は。
はぁ……考えるのやめようかな。
「勘違いしてるかもだけど、私の望みはあなたが私のパンツを匂いながら学校の屋上で「桐島のパンツが好きだー」と叫ぶところまでだから」
「何がお望みだ!?」
「だからそれが私の望みよ」
「じゃあ一生叶わないから捨ててくださいそんな望みは……」
俺はうなだれる。
それを見てケタケタと隣で彼女は笑う。
その姿はとても美しく、他人が見れば思わず見蕩れてしまうほどに眩しい。
これは本気で詐欺案件だな。将来こいつの美貌に騙されてうっかりお付き合いしちゃう男性とかいたら同情を禁じ得ない。
うん?なんか変なフラグが立った気がしたけど気のせいか。
「さて、早速放課後から活動開始ね」
「ああ、一応部室には行くけど。あくまでやることは読書だからな」
「あら、それ以外何かあるの?」
「……もういい」
わかっててからかっているのか、それとも本気で頭がおかしいのか、はたまた両方か。
そんな彼女のことはまだ知らないことが多い。
だからそんな彼女と二人きりで過ごす放課後の時間がどれほど大変なものであるか、今の俺には知る由もなかった。
ごめんなさいほんとに知らないだけです、はい。
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