11 青川詩の話

 昼休みは先生に呼び出しをくらった。

 もちろん何か悪いことをしたというわけではなく、今日から始まる読書部の活動についての説明だということで、国語教師の立花先生から呼ばれたのだ。


 呼ばれたのは俺一人。何故かと言えば俺が部長だからだそう。

 勝手に任命された役職はもちろんからの推薦によるもので、注意事項や活動日誌の書き方などを懇切丁寧に指導された。


 夜七時までに下校とか、部室にはお菓子や不要物を持ち込むなとか、もちろん男女間での不純行為も禁止だとか、当たり前のことを言われれば言われるほどに不安になる。


 そもそも不純行為の線引きはどこなのか。

 キスとかでもそうなるのか、それともやはり行為そのものを指すのか。

 パンツを口に突っ込まれたり、穿いているでしょうかクイズを出されたりすることは該当するのか。


 もちろん訊けるはずもなく真相は闇の中。まぁ、絶対不純だけどな。


 不毛な休み時間を過ごす羽目になった俺は、放課後まで憂鬱なひと時を過ごす。

 いつもなら随分と長く感じる一時間が、今日はあっという間に過ぎていく。


 そして気が付けば放課後。桐島は俺に声をかけるでもなくさっさと教室を出て行くのが見えた。


「今日から部活だね。ファイト」


 詩が茶化しに来た。

 

「まじで何かされたら即退部届出すけどな」

「またまた、嬉しいくせに」

「それよりお前は今どの部活に入ってるんだ?」

「私?私は書道部だよ。でも夏からは水泳部、秋は駅伝かな」

「すげぇなほんと、尊敬するよ」


 どうせなら詩も読書部に、なんて思ったがこいつは見ての通り忙しい。

 万能戦士である詩はどの部活動からも引っ張りだこで、こうして俺と話す時間を作ってくれているだけでも奇跡的なのだ。

 やっぱり幼馴染の特権だな。


「さて、私もそろそろ行くから。彼女、待ってるでしょ?」

「彼女というな。違う意味に聞こえる」

「あはは、ほんと司って偏屈よね」

「ほっとけ」


 そう言って俺は先に教室を出た。

 

 部室に向かうまでの少しの間、俺は詩のことを考えていた。


 ここからは少し真面目な話。



 詩は俺のことを何でも知っている。

 

 幼い頃からいつもうちにいて、毎日遅くまで遊んで帰る。

 そして学校でもずっと一緒で登下校ももちろん一緒。

 ほんと、このままこいつと結婚した方がいいのではと思うほどに俺はこいつと一緒だった。

 

 だからあいつは俺の事を何でも知っている。

 しかし俺はあいつのことをよく知らない。


 知らない、なんて言い方が正しいかどうかは置いておいて、本当に詩は自分のことを話さないのだ。


 いつも俺に質問ばかり。俺が詩に質問すると「秘密」とだけ返して煙に巻く。

 知っているのは、あいつが優秀で優等生で何でもできて誰にでも好かれる人気者なのに、それでいて好きだった人とは結ばれなかったことくらいだ。


 もちろんそれは彼女が話したことではない。

 ぼっちライフで鍛えられた地獄耳のせいで、クラスメイトの会話がいつも耳に入ってくるのは俺の悪い癖。


 詩が俺ではない誰かに淡い恋心を抱いていたことを、俺は去年知ってしまった。初恋だ、とも聞いた。

 

 それを聞いた俺は素直に祝福したい、という気持ちがある一方でモヤモヤしていたのも確か。

 しかしそこに恋愛感情と呼べる明確なものはなくて、むしろ肉親が他人の元へ巣立っていくような、そんな寂しさの方が強かったと思う。


 それでもやはり彼女の幸せというものを最後に願ってしまえるのは幼馴染としての立場故か。

 相手がどんな人間であろうと詩の恋が成就すればいいと、そう思うようにしていた。


 ただ、彼女はその恋を放棄した。

 幼なじみ一人切り捨てれば自分の願いを成就できたはずなのにそれをしないのはあいつらしいと言えるが、それでも好きな人と幼馴染を天秤にかけた時の彼女の判断が正しかったのかといえば俺は首を傾ける。


 まぁ詩も詩だ。わざわざ数百人といる男子の中から、一番面倒な相手を好きになってしまうあたり、あいつも運がないし間が悪いし要領が悪い。

 

 つまりは、俺が噛みついた相手こそが詩の想い人だったという話。


 そいつを中心に俺の校内隔離はどんどん進められ、気が付けば詩以外の誰も口をきいてくれなくなった頃、彼女は選択を迫られた。


 その男から「俺と付き合いたいなら志門と縁を切れ」的なことを言われている現場を俺は目撃してしまったのだ。あくまで聞こえた範囲での話で、記憶も正確とは言えないので「的なこと」とは言っておく。


 ただそれだとしても、なんともまぁクズなエピソード。そんな男と付き合わなくて正解だよと誰もが思うかもしれないが、恋は盲目だ。

 一見完璧に見える詩だって一人の女の子だ。

 好きになった男子なら、そんな悪い部分すら愛おしいなんて馬鹿げた発想にいたることを誰が責められよう。


 考えさせてと言って泣きそうな表情を浮かべて彼女がそいつの元から去っていくのを、俺はこっそりと木陰に隠れたまま見送った。


 その日の夜はさすがに覚悟をした。

 あいつの恋の成就の犠牲として、俺が必要なら仕方ないと考えた。

 寂しかったが所詮は男女。いつか互いに結婚して知らない誰かと幸せになって疎遠になって。

 そういう時が思ったより早く来ただけだと、そう割り切ったのを覚えている。

 いや、割り切れることなどはない。ただ、強がっただけ。それでも強がりを貫き通す覚悟、みたいなものはしっかりと持っていた。


 だから翌朝、詩が家に迎えに来た時は驚いたを通り超えて怒りすら覚えた。


 確か最初に「お前何してるんだ」などと、昨日のこと覗いてましたという暴露に近い発言をしてしまった気がする。

 そんな俺に対して彼女は「司にはまだまだ私が必要だもん」なんて言ってくれたのを今でも忘れない。いや、一生忘れないだろう。


 そして彼女の初恋は終わった。

 俺が終わらせたわけではなく、彼女自身が終わらせただけのこと。

 一生に一度、その淡い青春はグズな幼なじみを持った彼女の不運により、叶うことはなかったという話。


 ただ、それだけのことを思い出していたら部室の前だった。




 


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