12 読書部の活動風景
さっきまでの幼馴染との哀愁漂うお涙ちょうだいシリアスエピソードは一体なんだったのかと言いたくなるほどに、読書部の部室は既に乱れていた。
まず部屋を開けて目に飛び込んだのは、椅子に座り足を組んでこっちを見る変態こと桐島イリア。
そしてその後ろには洗濯物を干すようにパンツが数枚吊るされていた。
更に机の上を見ると、大きな字で『無修正』と書かれたDVDが散らばっている。
「……なんだこれは」
「あら、無修正もの見たことないんだ、子供ね」
「そうじゃなくてだな!」
「じゃああるの?変態」
「……」
ああ言えばこう言う。
桐島はいつもこうだ。
さっきの話に戻るわけではないが、どうして俺はあんな幼なじみが居ながらにして、放課後に変態の相手をしなくてはならないのか。
「それ、絶対学校で見たらダメな奴だろ」
「いいえ、数学の中島先生から借りてきたから問題ないわ」
「いや別の問題が発生したよ!」
「冗談よ、でも中島先生が無修正を好きというのは彼に抱かれたという女子生徒の会話を盗み聞きしたから信頼度の高い情報よ」
「その情報に信憑性求めてないわ!」
いや、ていうか今あっさりと不純行為の暴露しやがったなこいつ。
え、中島先生って奥さんいたよね?
いや、聞かなかったことにしよう。
うん、問題なんてなかった。
「それより早く片付けろ。先生がきたらどうするつもりだ」
「あなたのせいにするから問題ないわ」
「大ありだ!捨てろ!」
やはり問題だらけだった。
俺の怒鳴り声に「きゃうんっ!」と悶える変態は無視しながら、俺は問答無用にアダルトなそれらを段ボールに放り込んだ。
しかし吊るしてあるパンツはどうしたものか。
いくら慣れてきたとはいえ、同級生のパンツをせっせと片付けられるほどに俺はまだ羞恥心を捨ててはいない。
「パンツは飾ってていいの?」
「いや、俺が片付けるのもちょっと……お前が回収しろ」
「お前売春しろ?さすが現代を生きる女衒師は言うことが違うわね」
「耳腐ってんのかお前!」
誰が女衒だよ誰が。
ていうかそんな言葉どこで覚えてくるんだ?まぁ俺も人のこと言えないけど。
「仕方ないわね。じゃあ片付けたら早速始めるわよ」
「ああ、今日は何を読むんだ?」
「あなたの本を音読するわ」
「黙読しろ!」
やめろ恥ずかしい!
「それより、あなた他の作品はないの?」
「ああ、ウェブサイトには投稿しているやつがいくつかあるけど。俺の作品に興味あるのか?」
「ええ、とても」
「そ、そっか」
相手がどんな奴であったとしても、俺の作品に興味があると言ってくれればそれはそれ。嬉しいものである。
そういえばこいつ、俺の本を買って読んだとか言ってたな。もしかして、俺のファンなのか?
……いや、ファンなら中古で購入なんてしないか。
それでもまぁ、読んでみて好きになったなんて可能性もあるし。なんだよ意外と話が合うんじゃないか?
「あなたの作品はとても魅力的だわ。だから興味があるの」
「うんうん」
「なんかいかにも童貞が妄想して書きましたっていうのがひしひしと伝わってきてとても好意的だったわ」
「うん、うん?」
「最後のシーンの「クールな優等生が俺の前だけでデレるのは俺と彼女しか知らない」なんて文章、あまりにも痛々しくて超ツボだったわ。あ、思い出したら笑いが」
「二度と俺の作品読むな!」
ただバカにされた。変態に。
え、あのシーンすごくイケてると思ってたのに、ダメなのかな?
なんだろう、変態に笑われて自信なくすとかすんごい屈辱……
「とまぁ私はあなたの作品のファンよ」
「アンチだよむしろ!笑うポイントなんかねえんだよ」
「そう、そこよ。あなたの文章って、綺麗なだけで笑いがないのよ」
「え?」
さっきまで人の小説を嘲笑していた桐島が、急に真面目なトーンで話し出す。
そしてなぜか足を一度組み替えてから、戸惑う俺に話を続ける。
「あなたのはラブロマンスではあってもラブコメディではないわ。コメディと名がつく以上は笑いも必要だと私は思うけど、違う?」
「そ、その通りだと、思うけど」
こいつ、もしかして本当にプロの読み手とかいうやつなのか?
ただの素人では、俺のたった一冊の本からここまで正確なアドバイスは出てこない。
しかもこいつのアドバイス、出版社の担当に言われたことと全く同じだ。
既に桐島はそのレベルに達している、のか?
「おまえ、結構小説とか読むのか?」
「いえ、あなたのが初めてよ」
「え、うそ!?」
「あなたが私の初めてよ」
「変な風に言い直すな!」
「あなたの処女作が私の」
「もういいわ!」
え、まぐれ?ただのまぐれなの?
うん、やっぱりこいつはよくわからん。
「と、とにかくお前の言うことは一理あるよ。実際それを課題にして次の作品を作ってはいるし」
「じゃあ早速私の今日のアドバイスを想定して書いたというあなたの新作を見せてちょうだい」
「俺にそんな先見の明はねぇよ」
とはいえ、ここまで的確にアドバイスをいただいたものだからもっと彼女の意見が欲しいと思ってしまうのも事実。
不本意ながらに俺の小説ページを紹介すると、彼女が携帯でじっと俺の作品を読み始めた。
先ほどまでギャーギャーと騒いでいた部室が静まり返り、随分と読書部らしい雰囲気になった。
それは好ましく望ましいことなのだが、少し気まずい。
夕暮れ時の教室に女子と二人きりという状況で、あまつさえ相手が美人なのだからやはり緊張はする。
「ねぇ志門君」
やがて視線をあげて彼女が俺に話しかけてくる。
「お、読み終わったか?」
「そうね、一話分は」
「どうだった」
「おもしろかったわ。でもギャグがちょっと古いわね」
「そ、そっか」
そうなんだよ、俺ってアニメとか漫画も昔の奴が好きだから、ネタがいちいち古いんだよ。
やっぱりこいつ作品を読む力ってやつがあるんだな。
「もう少し読んでみてくれよ。色々訊きたい」
「あらそう。じゃあその前に私からも一つ質問いいかしら?
「ああ、なんだ?」
「処女作と処女膜って似てると思わない?」
「知らんわ!」
真面目な雰囲気はこいつには似合わない、ということがわかった部活動初日であった。
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