13 初めての

 志門柚葉という俺の妹のことについては以前詳しく説明したつもりだが、すっかり反抗期を脱した彼女については再度の説明が必要であると勝手に感じたので、敢えてもう一度語らせていただく。


 あの日―——桐島イリアが俺の家に、脱衣所に入り込んだあの日、俺が風呂でリラックスしている間に何があったのかは知らないが、あの日以来すっかり桐島ラブになってしまった妹を俺は心配で仕方がない。


 反抗期になる前は兄想いのいい妹だった。

 しかし俺が小説家デビューを果たしたのと同時期に、それが原因かどうかはわからないが彼女は突如反抗期となった。


 その時の荒れ具合については以前簡単に報告したので省略するが、しかしそんな彼女に慣れていたせいもあってか今の彼女がとても気持ち悪い。


「おにい、今日食べたいものある?」

「え、いや任せるけど」

「最近部活で遅いけど、何時になるかくらいは連絡してよ」

「う、うん」

「桐島さんとうまく行ってる?ていうか早く連れてきてよ」

「は、はぁ……」


 こんな日常会話、本当に久しくなかったので今は非常にむず痒い。

 そもそも実の妹と同級生の女子のことについて話すだけで抵抗があるのに、その相手が変態ともなれば尚更。


 むしろ以前までのように「なんなのあの女、おにいマジキモいんだけど」なんて罵倒してくれる方がしっくりくる自分である。


 あ、俺はそういう性癖じゃないからあしからず。


「今日は部活で二人きりだったんでしょ?何かあった?」

「何もないって。何回も言うけど俺とあいつはそんなんじゃ」

「でも、おにいと桐島さん、話してる時すっごく楽しそうだよ?」

「……」


 そう見えるのなら眼科、いや脳外科に行ってそのふやけた頭を見てもらえと言いたくなるが、実の妹にそこまでの毒舌はさすがに大人げないので控える。


 ただ、苦言は呈したい。


「どうやったらそんな風に見えるんだ?詩といい柚葉といい、ちょっとおかしいぞ」

「おかしいのはおにいの方だよ。詩お姉ちゃん以外誰とも話さないようなおにいがあんなに誰かと親しげに話してたら私じゃなくてもそう思うって」


 そんな風に言われるほど、俺って友達がいなかったっけと振り返ってみたが、事実俺には友人などいなかった。


 そう、嫌われたのは以前説明した通り桐島を庇ったことが発端だったが、それとぼっちであることはイコールではない。

 存在の薄いぼっちから、認識された上で無視されるぼっちになっただけで、ぼっちという特性そのものは俺自身の問題なのであった。


 そう思うと、恩着せがましく桐島に対して何かを思うのは筋違いだし、そんな俺を庇ってフラれる羽目になった詩に対しての罪悪感は増すばかり。


 うん、自覚するんじゃなかった。


「い、いやそれは向こうが勝手にだな」

「おにいみたいな陰キャぼっちに構ってくれるなんて桐島さんくらいのもんだよ。しかもそれが超美人なんて幸運以外の何物でもないじゃん」

「幸運、ねぇ」

「そんなんだからおにい、一生彼女がいないまま死ぬのよ」

「いやなんで俺の未来勝手に確定させてるの!?」


 俺の妹は未来人、なのか?


「とにかく、ちゃんとしなさいよ。嫌われても知らないからね」

「むしろそれが今の一番の望みなんだけど……」

「なんか言った?」

「い、いえなにも……」


 はぁ、怖かった。

 最後の柚葉の目は人を殺しそうなくらい曇ってたな。


 うん、あれでこそ俺の妹……というのもおかしな話か。


 妹にビビりながら部屋に戻ると、タムッチ先生との打ち合わせのためにパソコンを立ち上げたのだが、今日は別の仕事の打ち合わせがあり遅くなるとメールが入っていた。


 ちょっと彼女の声を聞いて癒されようなどという浅はかな俺の野望は潰え、そのまま小説を書くことにした。


 そしてヒロインのセリフを考えている時、ふと桐島の事を思う。


 部活が終わった後、あっさりと引き下がり真っすぐ家に帰っていった彼女が少し不気味だった。


 今日は小説を読んで以降パンツと口にしなかったし、パンツを口にしようともしなかった。


 それに違和感を覚えるというのも随分ズレた話ではあるが、それでもやはり気味が悪い。後味も悪い。


 まぁ、いくらやつが変態だとしても、四六時中フルスロットルで走り続けるわけではない、というわけか。


 やれやれ、明日からも部活が続くのがおっくうになってきたよ。

 ため息を吐きながらカバンの中にあるUSBを取り出そうとすると、何か布切れが入っている。


 パンツだった。


 いつの間に俺のカバンに忍び込んだのか、いや忍ばせたのかは知らないが、どう見ても女性のパンツにしか見えない形状のものが俺のカバンにいた。


 そしてお決まりのメッセージも、きちんと添えてある。


『明日のお昼、お買い物に行かない?』


 だからなんで文通みたいにパンツに書かれたメッセージでやり取りするんだよ。

 いや、これはもはやパン通という新しい連絡手段としてデジタルな世の中にアナログの良さを知らしめる絶好の……やめよう、くだらない。


 しかしパンツに書かれていたメッセージによって、あることを思いだした。

 明日は休日である。


 休日に男子と女子がお買い物、となればそれはもしや……デート?

 俺は女子からの初めてのデートの誘いをこんな卑猥な形で受けたというのか?


 だったら俺は受理しない。


 やだ、ぜったいやだ。


 将来、俺が有名になった時のインタビューで、「ツカサ先生が、初めて女性にお誘いされた時の思い出は?」なんて質問に対して「彼女のパンツにメッセージが書かれていたんです。今では素敵な思い出です」なんて答えろというのか?


 ……何が素敵な思い出だ、ただの痴的なトラウマじゃないか。


 ああ、これでパンツが三枚になってしまった。

 そろそろ桐島パンツ専用の棚でも買おうかな……



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る