15 その例え、ナンセンス

 男女で休日に買い物に出かけること、これすなわちデートであると言えよう。

 実際ウィキペディアにだって、デートの具体例に食事や買い物も含まれている。

 

 ただ、それらの行為そのものではなく、それを通じて感情を深めることを主目的とするそうなので、そう言う意味では今日のこれはデートではないともいえる。


「志門君、このパンツなんかあなたの好みなじゃない?」


 などと大声で。はっきり俺を見ながら隣で話をする変態のせいで、俺は随分と好奇の目にさらされた。


 絆が深まるどころか俺の傷が深くなっていくだけだ。

 だからやはりこれはデートではない。


「俺、外で待ってていいかな……」

「外で舞う?ずいぶんな奇行に走るのね」

「どういう状況だよ。ていうか女子の下着コーナーはさすがに恥ずかしい」

「あら、あんなに私のパンツ持ってるのに?」

「まるで俺が自主的に集めてるみたいな言い方するな」


 などと言いながらようやく彼女のパンツ選びは終わった。

 購入したのは五枚。これがいずれ俺のものになるのかどうかは、知らない。


「さてと、次は志門君のお買い物に付き合うわよ。お昼まで時間あるし」

「とはいってもなぁ。そうだ、本屋寄ってもいいか?」

「本屋?ええ、いかにも読書部らしい選択ね」


 そこはいかにも小説家らしい、と言ってほしかった気もするが、まあいい。

 二人で向かったのはモールの中にある大きな書店。

 いつもここで小説を買うのだが、頻繁に立ち寄るのには理由がある。

 

「あ、あった」


 そう、自分の本が置いてあるか、そして売れているかを確認するためだ。

 他の本に埋もれていたり、目立たないところにあるとそっと自分の著書の配置を少しだけ前に出す。


 きっと店員からすれば迷惑な行為なので涙ぐましい努力なんて言ったりはしないが、それでも売れない作家のささやかな抵抗くらいは咎めないでいただきたい。


 最も、そんなことで売れるのであれば本屋に賄賂でも送って最前列で販売してもらえばいいわけで。

 俺の本はきちんと所定の位置に戻されて所定の数がきっちり置かれている。


 つまり、売れてない。


「売れ残ってるわね」

「はっきり言わないで……」

「あなたの本、読めば面白いのに」

「え?」


 桐島が。 

 とてつもなく嬉しいことを言ってくれた。


 作家にとっての一番の喜びとは何か。

 やはりどれだけの冊数が売れるかに尽きるがそれでもだ、こうして実際に読んでくれた人間からの賞賛は作り手にとってこれ以上ないご褒美である。


「まるで私と同じね。付き合えばよさがわかるのに売れ残ってる」

「……」


 余計な例えだった。

 書店に積まれた俺の作品は、こともあろうか変態と同じだと言われた。


 これ以上ない屈辱である。


「あのな、お前が売れ残ってるのは自業自得だ」

「そんなことを言えば世間のニーズに沿わない内容のものを意気揚々と出版したんだし、あなたも自業自得よ」

「傷つくからそれ以上言わないでください……」


 どうもこの女、口がたつ。

 口とはいってもへらず口が。


 しかしまぁ、売れ残ってる自覚があってそれをよしとしている分、無駄な抵抗を続ける俺なんかよりもこいつの方がよほど潔いのかもしれない。


「それで、自分の本を買うの?」

「いや、そんなことしても意味ないし」

「じゃあ私が一冊買うわ」

「え、でもお前持ってるじゃんか」

「保存用としてよ」


 また、嬉しいことを言ってくれる。

 保存用と観賞用に二冊同じものを買うなんて、よほどその作品が好きでなければまぁしない。


 つまり、それだけの価値があると言われているのと同じ。そりゃ嬉しくもなる。


「桐島……」

「今持ってる分は実戦用に回すわ」

「何に使うつもりだ!」

「あら、女の子の実戦なんて一つしか」

「言わんでいい!」


 俺の本、そんなエッチなシーンあったか?

 いや、キスすら終盤まで引っ張るようなピュアな作品だぞ。


「とにかく、これは買うわね。よかったわね、あなたのせいで世に生み出された報われない作品がたった一冊だけでも救われて」

「俺は傷つけられないと本も買ってもらえないのか?」

「まぁこれが最後の一冊になるのだから記念にサインくらいくれるかしら?」

「勝手に決めるな!」


 傷つけられた。だから本を買ってくれた。

 さっきから傷ばかりつけられている俺だが、それでも目の前で俺の本が人の手に渡る瞬間を見れたのだからまぁよしとする。


 涙ぐましい努力とは呼ばないものと、自己犠牲により成果を得た俺は、引き続き桐島と買い物を続ける。


「あとは何を買うんだ?」

「そうね、あなたに盗られた時用の予備のパンツを」

「盗らないからそれはいらない」

「そっか、あなたは盗撮の方が趣味よね」

「勝手に人の趣味を決めるな」


 勝手に盗撮魔にされかけたが。しかしこいつとの買い物は続く。


「私、ぬいぐるみが好きなのよ。可愛いでしょ」

「自分でその趣味を可愛いというやつに初めて会ったよ」

「じゃあ志門君の初めては私ね。今日は姦通記念日にしましょうか」

「初めてというワードだけでそこまで話を飛躍するな!」

「ああんもうっ、大声出してもっと」

「しまった……」


 ええいめんどくさい。

 と言いながらもなぜ俺はこいつと買い物を続けているのだ。

 ていうかさっさと買うものがあるなら買えよ。

 それになんだよ姦通記念日って。やっぱりその日は赤飯なのか?


「早くしないと昼になる。さっさとしろ」

「命令口調ってジンジンくるわね」

「ハヤク。カッテクダサイ」

「わかったわよ」


 と言って向かったのは下着コーナー。いやなんで。


「パンツを買うわ」

「さっき買っただろ」

「あれは保存用」

「パンツにそんなニーズあるのか!?」

「さっき買ったあなたの本と同じね」


 まさかこの短時間で俺のデビュー作が変態と、そのパンツと同義だと罵られることになろうとは夢にも思わなかった。


「すみません、試着室はどこですか」


 と言って桐島が。

 試着室でパンツを穿く。


 試着した服の購入を決めた客が、「タグだけ外してください」と言ってそのまま着て帰るなんて光景はままある。

 

 しかし、パンツを穿かずに買い物にきた客が「すみません、タグ外したんで穿いて帰ります」という光景を見た人物は、俺とここの店員以外誰もいないだろう。


 いやいやひとついいか?


 今日は、パンツ穿いてなかったのかこいつ。


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