14 パン通力のおかげなのか?

 三本の矢は折れにくいとか、三人寄れば文殊の知恵とか、居候三杯目にはそっと出し、とかとか。


 諺にはとにかく三がつくものが多い。

 理由は三という数字の二面性、多く見えたり少なく見えたりするそれと、もう一つは縁起のいい数字として昔から好まれているからだそう。


 三種の神器とか、三世界とか、三三九度や七五三にまで三という数字が登場する。


 つまり何が言いたいのかというと、同級生女子のパンツも三枚揃えば何か起きるのではないか、ということだ。


 俺は今、自分のベッドにその三枚の布を三種の神器の如く並べてみた。

 しかし七つの球を集めて飛び出す龍神様はおろか煙一つ出てはこない。


 さてどうしよう、これを捨てるのは少し気乗りしない。

 いや、別に捨てるのが惜しいとかそういう理由ではない。

 もし捨てているところを誰かに、それこそ妹なんかに見られて軽蔑されるのが嫌なのだ。


 じゃあ隠すと言っても、日に日に数を増すそれはいずれ収納に困ることとなる。

 一体彼女が何枚のストックを有しているかは知る由もないが、おそらくパンツの供給は続く。


 だからどうしたものかと、三枚のそれをジッと見つめながら首を捻る休日の朝だった。


「おにい、起きてる?」

「あ、待って待って!」


 柚葉の声が聞こえて俺は慌ててパンツを布団の中に隠した。


 しかし思春期の男子の部屋に、妹はなんの躊躇もなく入ってくる。


「……何隠したの?」

「い、いや……それよりノックくらいしろよ」

「エロ本とか読むのいいけど朝からはやめてよね。健全な高校生男子のくせに」

「は、はい……」


 柚葉のやつ、ほんと二人暮らしになってからしっかりしてきたよな。うん、お兄ちゃんは嬉しいよ。


 頼りになる妹がいるのは心強い。

 おかげで我が家の生活は守られているわけだし。

 だからこうした兄妹間のトラブルだって、微笑ましいエピソードだよ。


「あ、リビングに桐島さんきてるから」

「……なぜ通した?」

「またまたー、おにいが呼んだんでしょ?待ってるからさっさと支度しなよ」

「……」


 全く頼りにならない妹によって我が家のセキュリティは崩壊した。


 はぁ……変態が待ち受けているとわかるだけでこうも体が重くなるのか。

 くそっ、休日くらいゆっくりさせろよ。


 などと呟いても仕方がなく、柚葉がジッと見てくるから仕方なく着替えて下に降りる。


「あら、遅かったわね」

「いや、朝から何しに……」


 何しに来たんだと言おうとしたところで俺の言葉は止まる。

 何故か。リビングのソファには見たことのないほど可憐な美女が慎まやかに腰掛けていたからだ。


 白いブラウスに紺色のロングスカートを纏うその姿は銀髪とも相まって、まるでどこかのお城に住むお嬢様のよう。


 彼女が美人だということは百も承知だが、それでも初めて見る私服姿、しかもエロさや変態加減は微塵もなく、なんとも清楚で美麗なその様子に俺はつい見蕩れてしまった。


「どうしたの?」

「い、いや……」

「ああ、なるほど」


 桐島がニヤリと。

 まずい、俺がこいつの私服姿に見蕩れていたなんてバレたら何を言われるか……


「あ、あのだな」

「いいわ、わかってるわよ。私の下着を透視しようと目を凝らしていたのでしょ」

「……違う」


 断じて違う。そして違っててよかったのになんか釈然としない。


 俺のことをどんな変態だと思っているのだこいつは。

 

「さて、今日はお買い物よ」

「何か買いたいものでもあるのか?」

「ええ、あなたを買いたいわ」

「怖いよ!」

「冗談よ、どうせなら飼うわ」

「なんかひどくなった!」


 俺はたとえ何億円積まれたとしてもだ、変態に買われるのも飼われるのもごめんだ。


 この変態はまだ何か言おうとしていたが、これ以上自宅のリビングに卑猥なワードを残したくはないので、さっさと出かけることにした。


 柚葉はついてきたそうにしていたが、桐島が「今度二人でお買い物行こうね」という甘い言葉をかけたことで大人しくなったから一安心。


 いや、それはそれで不安だな。


「まずはショッピングモールに行くわよ」


 家を出てすぐに桐島が遠くを指差しながら言う。


「あのさ、もし俺がパンツに気づかなかったらどうするつもりだったんだよ」

「あら、あなたに備わったパンツセンサーなら必ず私のパンツを見つけると確信していたわ」

「人に変な装置をつけるな!」


 確信してたのか。どんな信頼だ。


「だって、あなたの連絡先知らないんだもん」

「まぁ、教えてないから当然だな」

「パンツだと何かと不便だから教えてくれる?」

「どんな理由だよ。それに必要ない」

「じゃあ明日からポストにパンツ投函してやる」

「わかった、教えるから待て」


 普通なら冗談として捨て置くが、こいつが言うと笑えない。

 メッセージの書かれたパンツが家のポストに投函なんて、考えただけでもゾッとしない。


 ていうか毎朝郵便ポストをチェックするのは柚葉だ。

 彼女が俺宛のメッセージ入りパンツを見つけたりしたら……言うまでもない。


「ラインでいいのか?」

「ええ、お願い」


 こうして俺は桐島と連絡先を交換する羽目になった。

 ただ、これにより自宅の桐島パンツがこれ以上増える恐れがなくなるのであれば、安い買い物、いや身売りだったのかもしれない。


「これで今度から実際にパンツを渡さなくても画像だけで済むわね」

「普通にメッセージ送れよ!」


 代わりに、卑猥な画像が俺の写真フォルダに増えることになりそうではあった。


「もうすぐ着くわね。まずは私の買い物から付き合ってくれる?」

「いいけど、結局何を買うんだ?」

「パンツよ。あなたのせいで替えがないの」

「人聞きの悪いこと言うなや!」


 いきなり。同級生と女性の下着コーナーを一緒に見て回るという随分ハードルの高いところから俺たちのショッピングはスタートする。


 ではスタートがあるのなら、果たしてゴールはどこなのか。


 なんてことを、彼女がこれから買う予定のパンツが入った買い物カゴをぶら下げながら思う。

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