34 進撃の変態

 男のロマンとは何か、俺は今真剣にその意味について考察している。


 誰も登ったことのない山に挑戦し、その高みからの景色をみること。

 誰も超えたことのない海を渡り、見知らぬ大陸にたどり着くこと。


 そんなハラハラドキドキで、未知なものに人は憧れる。

 そう、俺は男だ。だからロマンを求める生き物なのだ。


 つまりは、未知の領域であるあのバルンバルンと揺れる胸に飛び込み、未知の感触にまみれたいと願うのもまた、自然なことであると言える。


 断じてエロではない。

 これはむしろ知的好奇心ですらある。


 やはり物書きとして、一つでも多くの経験を持っていることが他の作家とは一線を画すために必須であると言える。


 だから俺はあの胸をどうにかして触りたいのである。


 否、揉みたいまである。


「ツカサ先生、おっぱい好きなんですね」


 と言われたことで、こんな俺のゴミのような思考が完全に読まれていると確信した。

 あまりにも凝視しすぎたようだ。

 

「い、いえ」

「そんな、別に怒ってませんよ。男の人ってみんな好きですもんね」

「ま、まぁ……」

「触ってみたいですか?」

「え?」


 一度諦めかけた夢が、再び俺の元に戻ってきた。

 よもやよもやだ。向こうからその質問が来るなんてなんという僥倖。

 この機を逃すわけにはいかない。


「い、いいんです、か?」

「うーん、でもタダってわけにはいかないですよねー」

「じゃ、じゃあ何をすれば」

「少し私に付き合ってください」


 鼻息を荒くする俺に、口角をあげて彼女が言う。

 もう俺の視界はおっぱいにまみれ、思考はおっぱいに占領されているので当然答えは「はい、喜んで」。


 居酒屋の店員ばりに威勢よく返事をすると、彼女がスッと席を立つ。


「ここだと静かすぎるし人もいるので、場所を変えましょう」

「え、ええ」



 俺は一体なにをしているのだろう。

 今日はタムッチ先生との楽しい食事会だったはず。

 一緒に作品の今後についてを語り合ったり、俺の作品のアドバイスをもらったりして和気あいあいとして、それからいい雰囲気になってそれで……


 そんな夢のようなプランニングは、俺の煩悩によってすべて消えた。

 いや、あの煩悩増幅マシーンである二つのお山のせいで俺は狂ってしまったのだ。


 だからその報いを受けているのだろう。


 今、俺は監禁されている。


「……ってどうなってんのこれ!?え、待って待って!こわいこわいこわい!」


 どこかの建物、だろうか。薄暗くて周りには何もない。

 俺は手足を縛られて椅子に括りつけられている。

 身動きは取れず、俺の叫び声だけが静かにこだまする。


 ……たしか、喫茶店を出た後でタムッチ先生が裏路地に俺を誘ってきて、おっぱいに目がいってたのが最後の記憶、だけど。


「え、タムッチ先生は!?大丈夫ですかー?」

「私はここですよー」


 なんと、目の前から携帯の明かりで足元を照らしながらタムッチ先生が……

 あれ、この子確か。


「ひ、ひなちゃん?」

「ツカサ先生私の名前覚えててくれたんですね♪嬉しい!」

「え、ええと……タムッチ先生は?」

「だから私です。私がタムッチ先生ですよ!」

「う、うそ……」


 俺はその事実を確認するためにまず胸元を見た。

 もちろんそこにあるほくろの位置だとかそんな都合の良い目印はないが、俺ほどのおっぱい好きになればその形を見ればすぐに判別ができる。


 ……本物だ。間違いないこの子、タムッチ先生だ。

 あの胸は。プルンプルンと話すたびに弾むあの胸は唯一無二の彼女のウエポン。


 そう、名付けるならプルリンコとでも言おうか。

 あの兵器は間違いなくタムッチ先生のものに違いない。


「と、年下だったの?」

「はい。だってツカサ先生って大人っぽい女性が好みですから隠してました」

「じゃ、じゃあこれも君の仕業?」

「はい、もちろんです!好きすぎて監禁いちゃいました、えへへ」


 えへへじゃねえよという前にツッコみたいところがいくつもある。


 まず一つ。なぜこの子も右手にパンツをもっているんだ?

 穿けよ。頼むから穿いてくれ。ていうか俺の周りの奴はパンツの用途がわかってないのか?


 それにもう一つ。なんでソックスが片一方しかないんだ?

 左足のはどこ行った。脱いだのか?履き忘れたのか?いやどっちでもいいけど足めっちゃ綺麗だな!


 最後に。なんで高宮ひなたでタムッチ先生なんだ!?


 ……いや、そんなことよりだ。


「な、何をする気なんだ?」

「うーん、とりあえず先生が桐島さんにやられたことと同じことしたいなーって」

「な、なんのことか俺にはさっぱり……」

「パンツ食べてもらってー、被ってもらってー、ノーパンの私を凝視してもらってからー、うふふっ。最後までいえなーい♪」


 俺の知っているタムッチ先生は、とても丁寧な話し方でいつも和やかで冷静でそれでいて愛らしい、そんな女性だった。


 しかし、目の前にいるのは完全にヤンデレミックスの変態だった。


「お、俺のタムッチ先生の理想像が……」

「あはは、ツカサ先生がショック受けてるの見るとゾックゾクします♪あー、もうたまりません!」


 桐島もそうだけど、どうして変態という種族は俺の前でパンツを脱ぎたがるのか。

 スッと彼女は穿いているものをスカートの中から降ろした。


 つまり、手持ちのパンツが二枚になった。


「先生、私先生が大好きなんです。だからあの女にやられたことと同じことを私にもさせてください」

「い、嫌だって!お願いだからほどいて!」

「ダメですよ。共作を発表した仲じゃないですか。そうだ、どうせならもう一つ共同で作りますかー?」

「な、なんのことを言ってるのかさっぱりです……」

「えー、わかってるくせにー。とりあえずー、これ咥えとけ」

「むごっ!」


 俺はパンツを食わされた。

 人生で、二度目のその味はやはり息苦しいの一言だ。


「もごごっ!」

「あはははは。先生、私は先生がいつまでたっても会おうって言ってくれなくて寂しかったんです—。その上いい感じの女子をつくって、それが変態な女の子だなんて妬いちゃうじゃないですか。でも、先生は私色に染めてあげますから安心してください」

「もごーっ!」

「大丈夫です。痛いのは最初だけですから」

「ごーっ!」


 俺は叫んだ。

 もうパンツが口の中でモサモサと生き物のように俺の口の中の水分を奪っていく中で叫んだ。


 すると、奥にあるドアがバタンと開く。


「あら、私以外のパンツを食べるなんて浮気者ね。お仕置きが必要だわ」


 変態に急襲された俺を助けに来たのもまた変態。

 しかしなぜだろう。今は心底ほっとしている。


「もが、もがが」

「うるさいわね変態」

「むごー!」


 お前が言うなと言いたかったが言えなかった。

 そして桐島がタムッチ先生と対峙する。


「随分積極的ね。でも私が来たからにはそうはいかないわよ」

「桐島さんこそ、どうしてここがわかったんですか?」

「甘いわね。私、彼にGPSつけてるから」


 得意げに。携帯の画面を桐島は見せる。

 そこには地図と、点滅する点が写っていた。


 ……え、いつどこにつけたんだこいつ!?


「なるほど、油断しました。じゃあ、私を訴えますか?」

「いいえ、面白いのでこのまま彼を貸してくれたら特別に許してあげるわ」

「……いやと言ったら?」

「あなたのデビュー作を全国に配布するわ」

「!?」


 タムッチ先生がひるんだ?

 デビュー作とは一体?彼女の作品に出されて困る作品なんてあったか?


「あなたのコミケデビュー作にしてたった三部しか売れなかったあの名作を見られると困るでしょう」

「な、なんであなたが持ってるの?」

「買ったからよ。私、あなたのファンだもの」

「……負けを認めます」


 なせか。この瞬間変態同士の骨肉の争いに突如終止符が打たれた。

 軍配が上がったのは銀髪の変態。一方で敗れた巨乳の変態は悔しそうに捨て台詞を吐く。


「お、覚えててくださいね!私、先生のこと諦めませんから!」


 そう言ってタムッチ先生は消えた。

 まぁそんな捨て台詞を吐く前にパンツを穿けという話だが。


 しかしもう息が続かない。意識が……


「さてと、志門君助けてほしい?」

「もがもがっ!」(うんうん!)

「え、パンツの入れ替えを所望する?ちょっと待ってね今脱ぐから」

「もががーっ!」(ちがーう!)

「冗談よ、はい」


 本当に死にそうになっていた一歩手前で、俺の口の中にある異物を桐島が取り払ってくれた。


「ぶはっ!はぁ、はぁ、死ぬかと思った……」

「大袈裟ね。彼女のパンツが死ぬほど嬉しいとかちょっと妬いちゃう」

「そうじゃねえよ!ていうか、その、助けてくれたんだよな?」

「そうよ」

「あ、ありがとう。それで、この縄もほどいてくれるとすごく嬉しいのだけど」

「そうね。でも条件を付けるわ」


 この変態が何もなしに俺を助けてくれるとは思っちゃいない。

 当然、これをチャンスと見て「付き合ってくれたら」とか「パンツ嗅いでほしい」とかを要求してくるのはどんな状況下であっても想像に難くない。


「な、なにを求める?」

「詩ちゃんとさんぴ」

「ダメ!!ここで死ぬわそれなら!」


 とんでもなかった。

 やっぱりこいつアホだろ。


「嘘よ。私と一日だけデートしてくれないかしら」

「デート?いや、買い物とかならこの前だって行っただろ」

「恋人として。一日だけでいいから、どうかしら?」

「……まぁ、一日だけならいい、けど」

「決まりね。じゃあほどいてあげる。スルスルスル」

「おい、どさくさに紛れて変なところを触るな!」

「スルンとな。あ、大きい」

「ポケットから手を突っ込むな!」


 ちょっとエッチな触られ方をしたせいで、うっかり変態のテクニックにより勃ちそうになったのはここだけの話。


 しかし、まさかタムッチ先生がドSなヤンデレの変態だったとは衝撃だ。

 

 しかも年下……最近の中学生は何食べてるんだ?


「タムッチ先生のパンツ、どうだったの」

「知らん。覚えてない」

「今度はあれくらいじゃ済まないかもね」

「二度と会うか」

「それは無理よ。あなた、彼女との共作を出版社に持っていったばかりでしょ?」

「あ……」


 そうだった。

 しかもあれ、どうやら連載されそうな雰囲気だったし。

 どうしよう、今更取り下げなんてできないぞ……


「彼女の狙いはそこね。随分と用意周到な変態だわ」

「お前が言うな」

「私は天衣無縫の変態よ」

「救いようがないな!」


 タムッチ先生との縁は切れそうにない。

 その事実が重くのしかかる中で、俺はまずこの完全無欠の変態を自称する桐島と、なぜか恋人デートをすることになった。


「はぁ……。あ、そういえば詩は?今日一緒じゃなかったのか」

「ええ、一緒だったけど帰らせたわ。タムッチ先生は彼女には刺激が強いから」

「ううむ、そこだけは感謝するよ」

「でも、柚葉ちゃんには声かけたのだけど予定が合わなかったわ」

「妹をなんだと思ってるんだ!」


 柚葉がたまたま予定を入れてくれていてよかった。

 親友のあんな姿を見たら、柚葉の奴気絶して寝込んでしまうに違いない。


 ……待て、あの子は柚葉の親友なのか。

 じゃあ、またうちに来るということか?


「案外、この後家に帰ったらタムッチ先生が「おかえりお兄さん」とか言って出迎える展開になりそうね」

「フラグを立てないでくれ、そんな気がしたから!」


 さて、よくフラグが立つとかフラグを回収するとか言うけれど、これって実はプログラム分野での言葉だったって知ってました?


 ゲームとかでの分岐シーンでフラグが立っているか否かで展開が変わることなんかから派生して、現在ではおなじみな使われ方をしてるんだけど。


 さて、俺の物語にはこのフラグは立ってしまったのだろうか。

 もちろん俺は神様ではないので、それを確認するためには一度帰宅する必要があるのだが。


「ただいま」

「おかえりなさいお兄さん!お邪魔してます」


 いた。しっかりと立てたフラグが回収された模様。

 先ほど変態と別れて家に一人で帰ったはずなのに、新種の変態が家に紛れ込んでいた。


「たむ……ひなちゃん、なんで?」

「えー、今日は柚葉と約束があったんですよー。なのでお気遣いなく」

「あ、ああ」


 お気遣いなくと言われたのだから気は遣わない。

 逃げるように部屋に戻る。


 しかしすぐに、知らない番号から電話が鳴る。


「も、もしもし」

「ツカサ先生、あとで部屋にお邪魔しますね」


 ブチっと切られた。

 まずい、非常にまずい。


 なぜ番号を知っているかとかはもう詮索無用。柚葉からでも聞こうと思えばすぐだ。


 そんなだから柚葉に助けを求めても無駄だろう。

 詩も同様だ。あいつはこの手の話になるとポンコツになる。


 ……俺は悩みに悩んである結論を出した。


 桐島イリアという変態を家に呼ぶ。それしか俺が助かる方法はない。

 あいつが勝手に来たことはもちろん何度もあるわけだけど。


 今日俺は、自ら進んであの変態を召喚する。



 

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