33 そこに山があるなら
今日は記念すべき日である。
何を大袈裟なと言うかもしれないが、俺にとってはそれくらい重要な案件が待っている。
今日はタムッチ先生とのご対面だ。
彼女は作家業界ではこれ以上ないほどの美人だとの噂が絶えない。
しかし基本的に顔出しNGであり彼女の素顔を見られるのはごく僅かの人間とあり、今日俺もその一人になるのだと思うと妙に誇らしいのだ。
ようやく業界人の仲間入りができるような、そんな錯覚に陥るほどに彼女の素顔とは秘匿性の高いものなのである。
「いってきます」
「おにい、えらくはりきってるけどどうしたの?」
「いや、今日は大事な用事がな」
「あ、わかった。イリアお姉ちゃんとデートだ」
「んなわけないだろ」
玄関先で素っ頓狂なボケをかます妹をいなしてから、俺は希望を胸に待ち合わせ場所に向かう。
今日は変態にも邪魔されないように昨日のうちに詩に協力を要請してある。
まぁ、詩に桐島以外の女性と会うということは言いづらく適当に嘘をついたが、大事な用事があるから今日は桐島の相手をしてやってくれと話すと快く依頼を受けてくれたというわけで。
持つべきものはやはり理解ある幼馴染。
いやはや助かった。
今日はあの変態の妨害が入ることなく、タムッチ先生と……
よっしゃ―テンション上がってきたー!
一人でニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら小走りで駅前に向かう男子高校生がそこにいた。
というか俺だった。
「ええと。確か時計塔のところって……あ、あれかな?」
待ち合わせ場所に指定された駅前の時計塔の下に、サングラスをかけた女性が一人腕を組んで立っていた。
どこかで見たことがあるような気がするのだけど、気のせいか?
ううむ、しかし色っぽい。あのおっぱいバルンバルンしちょる。
それにヒールのせいか足も長く見える。
スタイルいいなぁ。
多分、チラチラではなくジロジロと彼女を見ていたのだろう。
向こうも視線を感じてか、こっちを見てくる。
「あ、もしかしてツカサ先生ですか?」
やはりどこかで聞いたような声がしたのだがそれは当然だ。
なにせ毎晩のようにテレビ電話で話をしている仲だ。
やっぱり彼女がタムッチ先生か。
「はい、タムッチ先生ですか?」
「そうです!今日はよろしくお願いしますね」
軽く頭を下げる彼女の胸がプルンと弾む。
しかし俺が悪いわけではない。その胸の谷間を強調するような服を着ている彼女に問題がある。
ううむ。これはいい。あの胸で溺死したい。
「どうしたんですか?」
「え、いやいやなんでもないですよ!ささ、喫茶店でも行きましょう」
俺はダイナマイトボディのセクシーお姉さんを連れて駅前を闊歩する。
道行く大人の男性が皆、彼女の魅惑のボディの虜になっていくのがわかる。
ううむ、こんな美女を連れて歩くのはなんとも優越感。
しかしなぜこれほどまでにセクシーなのに顔出しNGなんだ?
「タムッチ先生は、どうして顔を出さないんですか?」
「ええと、あまり人前に出るのが得意ではなくて。でも、ツカサ先生の前には出ちゃいましたけど、ね♪」
歩きながら、隣でえへへと笑う彼女に思わず鼻の下が伸びる。
ああ、そのサングラスの下の表情も見てみたい。
すっかり彼女の色気の虜の一人になり果てた俺は、いつぞやの休日に桐島と行った喫茶店に入る。
常連を気取っていたが、あの日桐島にコーヒー雑学を見せつけられてから足が遠のいていた。
カランカランと入り口の重い扉を開けると、マスターが笑顔で出迎えてくれた。
そしてさりげなくメニューを置くと、今日は何も言わずに去っていく。
多分、前と違う女性を連れている俺に対しての配慮だろう。
そういう気づかいができる店だから俺は好きなのだ。
「おしゃれなところですね」
「ええ、たまに来るんです。それより室内でもサングラスはつけてるんですか?」
「え、ええ。まだ人前にあまり慣れなくて。気を悪くしました?」
「いえいえ、こうして会えただけでも嬉しいので」
そんな会話の間ずっと俺の視線は彼女の大きなふくらみを見つめ続ける。
さりげなさも何もなく、ガン見である。
なぜか今のうちに拝んでおかなければもったいないとすら思わせる魅力がそこにはある。
だから変態の汚名を受けようとも俺はあの胸を見る、絶対だ。
「あの、ここのおすすめは?」
「ええと、ここはコナコーヒーってのを使っててそれが美味しいんですよ。なんでもホワイトハウスの晩餐会で出されるものと同じとか」
「へぇ、ツカサ先生ってお詳しいんですね。すごいなぁ」
「いえいえそれほどでも」
まぁ、美味しいというのは俺にはよくわからなかったけど。コーヒー通の桐島が絶賛してたから多分うまいのだろう。
それにこの豆知識も桐島の受け売り。
相当ダサいことをしている自覚はあるが、まぁたまにはあの変態にも役に立ってもらわないとな。
「じゃあコーヒー二つ」
注文をしたその時だった。
カランカランと入り口が開いて客が入ってきた。
……詩と桐島!?
「どうしたんですか先生?」
「え、いやいやなんでもないですよ。お昼前なのにお客さんが来るんだなって」
「そうですね。ここって涼しいし穴場だから常連さんが多いんですよきっと」
俺は少し顔を伏せ気味に桐島達の動向を見守ると、ちょうど俺たちの席から死角になる場所に座ったようで、ホッとする。
よかった、偶然だな。
ようやく視線を癒しの谷である彼女の胸に戻すと、タムッチ先生がこっちを見ながら笑顔で一言。
「おっぱい、お好きなんですね」
◆
「いたいた、やっぱり司のやつ浮気してたんだ」
ちょっとだけ。司の幼馴染である青川詩がここからの語り部を担当する。
昨日のバーベキューの最中に珍しく司がお願いごとをしてきたものだから怪しいと思っていたけど、まさか他の女性と遊んでるなんで最低!
「でも、恋人って雰囲気じゃないわよ」
「ダメよイリアちゃん、ああいうのを許してたら調子に乗るんだから」
「そうね。彼のあのだらしない顔を見る限りはそう思うわ」
「私注意してくるね」
「待って、しばらく見守りましょう」
イリアちゃんは寛大だな。
それに大人っぽい落ち着きもあって品もある。
さらにというか今更だけど誰もが羨む美人でもある。
この子なら、司を任せてもいいなって勝手に思ったのが最初だけど今は二人がうまくいってほしいと心底願っている。
それが司のためであり、私の為である。
「まぁイリアちゃんがそう話すのならちょっと様子見ね。でも、司ったらコーヒーなんか飲めるの?」
「まずそうに飲んでたわ。ほら、今も渋い顔してる」
この席は、向こうからは見えないけどこっちからは司の様子がよく見える絶好の場所である。
でも、イリアちゃんも一回来ただけだと聞いていたのによくこんな席をすぐに見つけられるものだと私は感心した。
「でも、相手の女性は誰だろ?どこかで見たことあるような気もするけど」
「どうやら仕事仲間の人のようね。ほら、彼って小説書いてるでしょ」
「ああ、そっちの関係かぁ。でも怪しいなぁ。嘘ついて会いにいくなんて絶対下心があるに違いないわよ」
「ええ、互いにね」
「え?」
「いえ、なんでも」
なんか含みのある言い方だ。
もしかして向こうの女性が司を狙ってる?
……それはないわね。司って陰キャラだし話は面白いけどかしこくもないし友達いないし。
そんなあいつを好きになるやつなんてそうそういない。
うん、せいぜい桐島さんくらい、だよね、今は。
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