21 弘法にも筆の誤りがあるのなら変態なんて誤ちだらけ

 久しぶりに我が幼馴染である青川詩について語るわけだが、以前彼女の初恋エピソードをつらつらと回想した際に誤りがあったことをまずお詫びする。


 なに、誤りとはいっても誤字脱字の類ではなく単純に俺の誤解だ。

 

 はっきり言えばあいつは成田の事を好きではなかったという。

 なんだそれはと言いたくなる気持ちは存分にわかるが、そうではないという情報を多々いただいた以上は訂正せざるを得ない。


 成田失神事件の日―——その後変態が部費の一部を焼肉に変換してしまった日の翌日に、学校中で成田についての悪口を耳にする。


「成田君ってこれでフラれるの二回目だろ?だっせーよな」

「ああ、一回目は青川さんだよな確か?結局美人どころには見向きもされねーんだな」

「しっかしまぁ昨日のはひどかったな。あれは変態だよ。今日は先生に呼び出されてるらしいぜ」


 とまぁ掌を返すのが早いのも世の常というものか。

 昨日までスネ夫軍団の一員だった奴らが皆、こぞって成田の悪口を言っている。

 そんな中で気になったのが詩のこと。どうやら成田は彼女にフラれたそうなのだ。


 ……となると詩の初恋とは一体何だったのだという話。

 結局のところ噂は所詮噂ということか。そんなものを鵜呑みにして彼女に対して変な気遣いをしていた俺も、噂好きのこいつらと大差ない人間ということ、だな。


「司、なんか大変なことになってるね」


 と昼休みの教室で声をかけてくるのは詩。ちなみに今日も桐島は沈黙を守っている。


「ああ、成田が酷いことになってたみたいだけど」

「うん、私も写真見たけど変態じゃん。あーあ、かっこよかったのになぁ」


 とか言うものだからまた真実が遠のく。

 こいつは果たして本当に成田の事を好きではなかったのだろうか?


「なぁ、詩は成田のこと、いいと思ってたのか?」

「うーん、そりゃかっこいいとは思ってたけどね。なんでそんなことを司が気にするの?」

「え、いやなんとなくだよ」

「ふーん。あ、わかった自分だけ幸せだから恵まれない幼馴染に気を遣ってくれてるのかな?ふふっ、司ったらやっさしー」

「そんなんじゃないって。ていうか勝手に人の幸せを決めるな」


 ほんとその通り、勝手に人を変態とくっつけてハッピーエンドにしないでいただきたい。

 もしこの世界がギャルゲーだとして、桐島ルートに突入したらその時点でバッドエンドだ。


「私の事は心配ないから大丈夫。それより早く桐島さんに告白しなよ」

「誰がするかよ。勝手に人の好きな人を決めるな」

「じゃあ、司は好きな人とかいないの?」

「え?」


 一度話したことがあるかもしれないが、俺は詩と恋バナというものをめったにしない。

 互いの好きな人とか、気になる男女とか先生とかそんな色恋沙汰は恥ずかしいのか口にしたことがなかった。だからこうして改めて聞かれるとどう答えてよいかわからないのだ。


「それこそどうしたんだよいきなり」

「別にー。なんとなくよ。で、どうなの?」

「いないよ。いないから誰にも告白しない」

「ふーん、そっか。」


 と言って詩は。さっさと女子グループの方に行ってしまった。

 なんだったんだあいつ。やっぱり成田の事を聞かれるのは気まずいのかな。


 なんて心配する間もくれないのが桐島イリア。 

 詩がいなくなるとササッと俺の方に寄ってくる。


「ねぇ、ちょっといいかしら」

「なんだよ、ここで話せばいいだろ?」

「教室でパンツを見せろというの?変態」

「学校でパンツを見せようとするな変態!」


 何考えてんのと注意すると「冗談よ」と言って彼女が俺を外に連れ出す。


 そして人の少ない校舎の隅まで移動すると、桐島が足を止める。


「なんだよ一体」

「教室では言いにくいことなの……」

「……んん?」


 よく見ると彼女は赤面し、両手を前で絡ませてもじもじ。

 俯き加減で唇を噛み、足は内股に折られてとても恥ずかしそうだ。


 え、なにこれ告白でもされるのか?


「あの、桐島、さん?」

「あのね、志門君……」

「は、はい?」


 あれ、あれれ?

 なんかこっちまで緊張してきちゃったな……

 俺は照れる変態女子に今から何かを告げられるわけで、その内容次第では俺は何をどう答えるのだ?


 い、いかん何言ってるか日本語がぐちゃぐちゃになっている……


「志門君」

「は、はい!」

「あなたの小説に誤字を発見してしまったの……」

「……へ?」


 桐島はすぐに俺の本を取り出してあるページを開いて俺に見せる。

 そのページの一行が赤の蛍光ペンで印をつけられている。


「ここ、「死ぬな」が「死なぬ」になってるわよ。吹いちゃったわ」

「ラノベに蛍光ペン引くなよ!」

「だっておかしくてつい」


 と言って今度は桐島が笑う。


 よく見てみると、そのシーンは自殺しようとするヒロインが「私、死ぬわ」と言って屋上から飛び降りようとするシーン。そこで主人公が「死ぬな!」というはずが「死なぬ!」となっているのだから改めて読んだ俺も吹き出してしまった。


「ぷっ……これは、ダメだ」

「でしょ、これはあんまりだわ。編集に文句言わないといけないわよ」

「あはは、いかん自分の本なのに腹痛い……」

「ふふ、ふふふ、あはは」


 とまあ校舎の隅で二人で大爆笑。

 もちろん放課後すぐに会社に電話したところ「え、こういう笑いじゃないの?」と言われたのでミスではなく意思疎通がとれていなかっただけの様子。


 これ、完全にミスなんだけど結果として笑いになるからいいのかな?

 うーん……これがコメディってやつなのか?


 結局告白でもなんでもなかったただの誤字報告はこんな形で幕となる。


 そして放課後。


「さて、今日はあなたのウェブに掲載してある小説の誤字脱字チェックしてから買い物よ」

「結構自分では気づかないからなぁ」


 といった具合に部室で桐島と二人。

 昨日使ってしまったはずなのになぜか増えた部費を持って買い物に行くのだが、その前にどうしてもこれをしたいと彼女が言う。


「誤字なんて探してどうするだ?」

「誤字の面白さに気づいてしまったのよ」

「そんなに都合よく面白いものがあるかな」

「例えば『幼馴染を刺す』が『幼馴染を挿す』になるだけで随分変態っぽくなるじゃない?」

「どんな状況だよ!ラブコメで幼馴染を刺すか!」

「それにそれに『幼馴染と喋る』が『幼馴染としゃぶる』になると」

「もういいって!幼なじみに恨みでもあるのかお前」


 とまぁこんな致命的な誤字はなかったが、なんだかんだ誤字はあったので助かっという話。


 そしてようやく備品を買うために二人でまずホームセンターに向かう。

 もちろんスケベではない椅子と組み立て式の棚を買ってから今日は帰宅。


 となったのだけれど今日も彼女は家に来る。


「これくらい一人でいけるから帰っていいぞ」

「一人でイケるからなんて随分なエゴイストね」

「冒頭五文字どこ行ったよ!」

「宝刀?ああ、あなたの股間についてる粗末なものをそんな言い方するなんて」

「粗末というな見たことないだろ」

「あるわよ昨日風呂覗いたから」

「だから怖いって!」


 とかとか話していると結局俺の家の前へ。

 柚葉が出迎えてくれたせいでそのまま変態まで中に連れ込むことに。


 やれやれだ。

 なんか最近やたらと三人でいることが多いけど、柚葉が心配に


「おかえり。あ、二人とも一緒なんだ」

「ああ、詩か。……え、なんでいるの?」

「さっきまで柚葉のお友達の勉強見てたのよ」

「なーる」


 とまぁこんなテンションでいないと気が持たない。

 学校でならまだしも家はまずい家は。


 なにせ桐島は俺の家に来るたびにガラスの靴の如くパンツを落としていくのだから。

 いっそ穿いていない方が安心だ。落とすパンツがないから。


 ああ、あのギャグが頭をよぎる。


『安心してください、はいてますよ』か。

 

 すみません、やっぱりそれ、笑えなくなっちゃいました。



 


 

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