22 思わせぶりなことを言いたいお年頃

 とにかく明るいあのお方のギャグに言及してしまったことは非常に申し訳なく思うのだが、つまりそれくらい俺は不安で仕方がないということを伝えたかったのだ。


 だって桐島は家に入るや否や、詩に向かって「あなた、今日は何色?」とか質問するんだもん。


 もちろん俺の幼なじみは普通だから「色?なんの?」という普通の返事をする。

 ただなぜだろうか、その返事がまとも過ぎてカマトトぶっているように見えてしまうのは、きっと俺が変態に目が慣れ過ぎたせいだろう。


「そういえば柚葉ちゃん、私のプレゼント使ってくれてる?」

「うん、イリアお姉ちゃんとサイズ一緒だったしちょうどよかった。ありがと!」


 これは多分ヒモパンの話だ。

 柚葉のやつ、あんなはしたないものをもう穿いたのか?お兄ちゃん悲しいよ……


「それと志門君、今日の誤字で見つかった幼馴染をしゃぶる件だけど」

「あれはお前の例えだろ!」


 ダメだ、ついに妄想と現実がごっちゃになってやがる。

 早く何とかしないと。


「ええと、詩はこのあとどうするんだ?」

「うん、せっかくだから柚葉とカレー作ってたんだ。二人の分もあるしみんなで食べよ」

「あら、主人公の幼なじみが作ったカレーを食べる突然現れた謎の銀髪美少女とはなかなか萌える展開よね。ふふ、早速いただいちゃおうかな」


 自称銀髪美少女な変態は嬉しそうに席に座る。

 ていうかそこ、俺の席なんだけど。


「楽しみね、カレー」

「お前も何か手伝えよ」

「私は客人よ?あなたがやりなさいよ」

「図々しいなマジで。帰れよ」

「はぅっ!もっと言って」

「……居ていいよもう」


 居てもいいから、頼むから変な質問をしないでくれ。


「青川さん、ところでさっきの質問だけど何色だった?」

「あ、私は水色よ。桐島さんは?」

「私はピンク。縁起がいいわね」


 とまぁ俺の願いなど簡単に打ち破られる。

 詩のパンツの色は水色、なのか……


「柚葉ちゃん、あとでつけてるところ見せてくれる?」

「もちろんです!食べたら部屋から持ってきますね」


 なんとこの場で妹のヒモパン鑑賞会をする、だと?

 くそっ、あんなに純粋で可愛かった妹まで、ただの変態に成り下がってしまうとは……


 ……ちょっと見てはみたいけど。


「さぁできたわよ。みんなどうぞ」


 詩がカレーを運んできてみんなで「いただきます」。


 いつもは二人だった食卓が今日は賑やかでバラエティに富んでいる。

 それはなにも幼なじみに妹に変態というメンツを言っているだけではない。

 詩がサラダやおかずをたくさん作ってくれて豪勢な食事にありつけたからである。


「おいしいわねどれも。青川さん、あなたが全部これを?」

「ええ、柚葉が手伝ってくれたのもあるけど。たまにはね」


 昔から詩は、忙しい両親の代わりに時々こうして食事を作ってくれている。

 柚葉だって詩に家事全般は習っているはずだ。


 それだというのに詩ではなくなぜこの変態に憧れてしまったのか。

 まぁ、近すぎるとその良さがボケてしまうというのはよくある話だが。


「ところで桐島さんと司はどうやって仲良くなったの?」

 

 詩が突然質問をする。

 まぁ、気になるところと言えばそうだがきっかけは彼女のノーパンを目撃したことからだし、初めて会話したのはパンツを口にツッコまれたあと。

 もし彼女と付き合ったりすればこのエピソードが馴れ初めになるわけで、そんなことはあり得ないと思っていてもなぜかぞっとしてしまう。


「志門君とは見せつ見られつ覗かれつつも覗かせる仲よ」

「お前うまいこと言ってるようだけど全部お前が見せてるだけじゃねえかそれ!」

「あら、実際そうじゃない。だってお風呂も」

「わーっ!」


 こいつはあけすけに全てを語りかねない。

 やはり油断ならないやつだ。


「司、今私は桐島さんに聞いてるんだから黙っててよ」

「おにい、まじうっさいから部屋行ってろ」

「……」


 さすがに変態を放置したまま部屋に行くことはできなかったが、発言権を取り上げられたので黙って会話を聞きながら細々と飯を食べる羽目になる。


「で、桐島さん。どうなの?」

「そうね、私は彼のあるところに惹かれて仲良くなりたいと思ったの。今では部活も同じだし本当に楽しいわ、ねぇ志門君」

「……」


 あるところ?匂いだろそれ。

 それに俺は幼馴染と妹から喋るなと言われてるから何を聞かれても答えん。


「おにいのどんなところがいいの?教えて教えて」

「一緒にいて安心するというか、優しいのよね彼って。なんか落ち着くのよ」


 俺の匂いってそういう感じなのか?

 アロマ効果というやつだろうか。クンクンッ……わからん。


「そういえば青川さん。今日水色って言ってたの見せてくれる?」


 変態がついに俺の幼なじみのパンツに興味を持ち始めたので、基本的人権を持ち出して奪われた発言権を取り戻す。


「おい何聞いてるんだよ変態」

「変態?いいがかりはやめてほしいわ。そうだ、柚葉ちゃんもそろそろ見せてくれる?」

「はーい、部屋から取ってくる」


 今度は妹がストリップショーに備えるため部屋に戻った。


 今から幼馴染と妹のパンツ鑑賞会、だと?俺は一体どんな変態になってしまうんだ。


 いや、でもやっぱりちょっとは見たいような……

 い、いやいやダメダメ!


「おいやめさせろ」

「さっきから何言ってるの?」

「お前な、幼馴染と妹のパンツを見させられる男の気持ちになってみろ」

「パンツ?」

「え、パンツ、じゃないの?」


 ふと、幼馴染を見た。すると携帯の画面をこちらに向けている。


「今日の運勢……あなたは水色?」


 どうやら、占いだったようだ。


「おにい、見て見てこれだよ!」

「おい柚葉、なんてはしたない……あれ?」


 柚葉は腕に何か巻いていた。時計?


「これ、イリアお姉ちゃんがくれた時計。ピッタリなんだよベルト細いし軽くって」

「ああ、細いのはベルトですか……」


 あれ、あれれ?

 会話の最中にパンツのことばっかり思い浮かべていた変態は、どうやら俺だったようだ。

 なんだ、本当の敵は自分だったんだ。うん、使い方が違うけどそうだったんだ。


「あら、あなたまさか幼馴染や妹さんのパンツ鑑賞会でも妄想してたの?とんだ変態ね」

「今日に関しては何も言えません……」


 結局柚葉や詩に少し怒られた。

 「この変態」というバッシングは、今日は俺が甘んじて受けることになった。


 変態の汚名をかぶせられた俺は一人で洗い物をさせられて、その後桐島を家まで送るという罰ゲームまで課せられる。


「おにい、ちゃんと送るのよ」

「……今日に関しては何も言えん」


 口惜しや。こんな変態な誤解をしてしまうとは一生の不覚。


 家がすぐそこの詩はさっさと帰ってしまい、俺は変態を連れて夜道を歩くことになる。


「今日はご馳走様。楽しかったわ」

「俺は楽しくない。ていうか絶対わかっててやってただろ」

「まさか。あなたが幼馴染や妹のパンツを妄想しながら会話していたなんて一切、全く、これっぽっちも思ってなかったわ」

「むかつく……」


 完全にしてやられたのだ。

 もともと俺なんかより数倍頭がいい変態だから、俺を罠に嵌めることなど造作もない、というわけか。


「でもあなたについて述べた感想は本当よ」

「え、それって」

「さぁ、なんのことかしらね」


 今日は意味深なことばかりを言いたがる桐島だった。

 やがて、しばらく行ったところで「ここでいいわ」と彼女が言う。


「お見送りありがとう。また明日ね」

「あ、ああ。」

「あ、そうそう」


 さっさと行こうとする桐島が振り返る。

 俺は、どうせまたくだらない下ネタかパンツでも投げつけてくるのだろうと、夜道の街灯に照らされる彼女を呆れるように見ていた。


 そう、油断していた。

 

 しかし彼女は俺の目を見て下ネタでもなんでもないことを言う。


「今日は月が綺麗ね」

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