20 美人は得だが徳は特にない
雑学、というかうんちくにもなるのか怪しいことだが以前聞いた話を少し。
美人とそうでない女性の生涯年収はいくら変わるのか、などというかなり踏み込んだことをどこかの誰かが調べたそうだ。
その結果が正しいかどうか。そもそもその結果に至る過程が正しいかどうかというところではあるが、実際に美人か否かで生涯における収入は実に四千万円以上変わるというデータが出たらしい。
これは男からご馳走される回数や、ホステスの人の人気なども踏まえてのものらしく収入という言い方が正確ではないが、そのくらい美人が得だという調査結果が出たということだ。
真偽のほどは定かでない。
はっきり言って偏見に満ちた内容だとは思うが。
ただ、美人は得だということは間違いないだろうと、俺もそこだけは同意する。
「桐島、ちょっといいか」
と数学の中島先生が部室に入ってきて桐島を呼び出した。
彼の顔を見ると無修正やら不純異性行為について色々ツッコみたくなるのだが、真剣な面持ちの彼はそんな不純な様子は一切見せず廊下で桐島に問う。
「お前、成田に暴力をふるったのか?」
誰かが話したのか、それとも本人が駆け込んだのか。どちらにせよ先刻の屋上での一件が既に先生の耳に入った様子。
「お前、暴力は無条件で停学だぞ?」
と中島が続ける。
さすがにやりすぎだろうと思っていたが、やはりやりすぎた。
こういう目に見える問題については先生方は対応も早い。
「先生、私」
桐島が口を開く。
どう弁明するつもりか。俺は部室のドアを数センチ開けて彼女の様子を覗き見る。
「私、パンツを奪われて脅迫されたんです」
と桐島。
実にはっきりと、躊躇なく表情を一切変えず先生に詰め寄るように話す。
「それで彼は私のパンツを穿いて、更に予備のものも食べて勝手に喉に詰まらせて……先生、私怖かった!」
と嘘つきの口がなめらかに動く。
更に中島にわざとらしく胸を当てて、上目遣いで彼を誘惑する。
「お、落ち着け桐島……あ、ああ。お前の言ってることは最も、だ。うん、明日成田を厳重注意しよう」
と流される中島。
結局美人な女子生徒に泣きつかれるとこうなるもの。
やっぱり美人は得だし卑怯だし。
「先生、ありがとうございます」
「そ、そういえば桐島。この後、時間あるか?」
変態の色香に惑わされて変態教師が一人発情している。
そんな様子を見て変態女子が一言。
「先生の秘密、知ってますから」
と言われて変態教師は崩れ落ちる。
なんだこの光景は……
そんな中島を置いて変態が部室に戻ってきた。
「ふう、噂がまわるのは早いわね」
「おまえ、とんでもない奴だな」
「何が?」
「いや……」
結局この問題は誰がどうあがこうと桐島に軍配が上がる形で終幕。
翌日とも言わず今日この瞬間から成田は学校のスターではなく空のお星さまになりましたとさ。めでたしめでたし。
じゃなくて
「お前、なんで俺があいつにいじめられてるって知ってたんだよ?」
「だって、私を庇ってくれたじゃない。あの後すぐ、ただでさえ空気だったあなたと同じ空気を吸うのさえ嫌だみたいな雰囲気がクラス中に蔓延してたわ」
「そんな空気だったんですか……」
同じ空気を吸うのも嫌、というのは結構くるものがあるな……
「でも、私はちゃんとあなたの正義感を見ていたわよ。ありがと」
「あ、ああ」
なんだこいつ。ちょっと可愛いところがあるじゃないか。
俺に助けられたことを覚えてくれていて、それに対して恩返しをしようだなんて随分と健気な一面を見せられたら、そりゃ俺だってほっこりしてしまうさ。
うん、こいつは変態だけど悪い奴ではないのかも。
「でも、その後ジロジロ私の方を見ていたのは気持ち悪かったわ」
「気づいてたんなら言えや!」
……やっぱり悪い奴だ、口が悪い。
「さてと、それより部活の予算申請の用紙を書いてくれる?」
「そうだったな。いくらくらいが妥当なんだ?」
「二億よ」
「何買うつもりだよ!」
「あなたの人生よ」
「怖いよ!」
いやいや、俺って二億円なの?
うん、喜んでいいのかな?
「とりあえず十万円あれば備品は全て揃うわね」
「うーん、本棚と椅子とパソコン一台ってところか」
「あと、ヒモパンを一枚失ったからそれも」
「やっぱりお前のかあれは!」
朝の謎がすんなり解けた。
ちなみにパンツは経費に含まれません!
「あー、また柚葉に怒られるじゃんか……」
「あのパンツは私が彼女にあげたのよ。最近の流行だから」
「なんてことしてるんだこの変態!」
「ひゃあぁぁんっ!今の、最、高……」
「……くそっ!」
結局どこまで行こうと変態は変態。
彼女に対しての認識を改めるのはまだ保留だな。
というわけで部活の申請用紙を持って今度は国語の立花先生のところへ。
ここでもまた美人が顔を覗かせる。
「先生、どうしても部活の備品にこれだけいるんです……ダメ、ですか?」
と桐島が。上目遣いで先生を誘惑。
即、お金が出てきた。
なんだよそれ、という話だが続きは一応ある。
変態に欲情して変態っぽく息を切らす立花先生は「この後時間はあるか?」と変態を誘惑。
すると変態は一言「変態はお断りです」と言って変態に変態しかけた変態のなりそこないががっくり。
それを見て変態はケタケタと笑いながら金を持ってさっさと行ってしまう。
とまぁ今日だけで何回変態と言ったことか。
数えてもいいけど不毛なので俺はしない、したい人は勝手にどうぞ、だ。
「さて、お金も手に入ったしどこに飲みに行く?」
「わけのわからんことを言うな詐欺師め」
「あなたの本の帯の方がよっぽど詐欺よ。『天才高校生作家 ツカサ先生のデビュー作!』ってあれ自分で書いたの?」
「やめろ恥ずかしい!」
自分で書くか!担当者を散々止めたけどごり押しされたんだよ……
「ていうかお前、帯は初回限定版しかついてないだろ。なんで知ってるんだ」
「持ってるからよ。買ったもの」
「え、まじで?」
「まじよ。私、あなたのファンだもの」
とはっきり桐島に言われる。
そして俺は照れる。
そんな俺を見ても何かおかしいことでも言った?という様子で桐島は続ける。
「ちなみに昨日あなたの小説全部呼んだわ。でもやっぱり私というモデルがしっかりしているデビュー作が一番ね。ヒロインが私そっくりですっごく可愛いから」
「もう喋るな!」
作品分析はよくできていて、それなのに自己分析がさっぱりなそれでいて俺のファンだと語る変態同級生と二人で学校を出てから、買い物は翌日ということにして家に帰った。
きちんと玄関のカギを閉めてから俺は自室に戻りパソコンの電源を入れる。
するとタムッチ先生からメールが来ていた。
『彼女さんと忙しいと思うので打ち合わせは一日おきでいいですよ♪』
とまぁいらぬ気遣い。
なんでみんな俺と変態の仲を取り持とうとするのか。
と思っていたら郵便が。
タムッチ先生からの原稿だ。
やっと届いたそれを大事そうに部屋に持ち帰る。
少し休憩した後、中を確認しようと思ったところで柚葉に夕飯の支度が出来たと呼び出された。
「おにい、今日は焼肉だよー。早く―」
「はーい」
おお、今日は焼肉か。
久しぶりの贅沢だな。うん、今日はいっぱいお肉を食べて思いきり寝るぞ!
「お待たせ」
「遅いわよ志門君。もう焼けてるわ」
「ああ……ああ!?」
なぜか我が家の食卓に変態がいる。
柚葉と二人で肉を焼きながらきゃいきゃいしているが、まぎれもなくそれは桐島の姿だった。
「お前何してるんだよ」
「おにい失礼だよ、イリアお姉ちゃんがお肉持ってきてくれたんだからね!」
「ああ、そうなのか……ん?」
さて、今の会話に違和感はいくつあっただろうか。
まず『イリアお姉ちゃん』という呼称からだ。
いつからそんなに親しくなった?妹よ、貴様まさか肉で魂まで売ってしまったのか?
「志門君。今日はあなたのリベンジ成功記念だから奮発したわ。いっぱい食べましょ」
と桐島が笑う。
さてさてもう一つの違和感だ。どうしてこいつは今日こんなに太っ腹なのだ?
単純に金持ちなのか気まぐれなのかとも考えたが違う。こいつは今日、結構お金を持っているのだ。
「お前、部費はどうした」
「え、持ってるわよ」
「見せろ」
「ちゃんと領収書はもらってるわよ」
「やっぱりか!」
バカちんがー!部費で焼肉したらダメでしょが―!
「お前、いくら使ったんだ?」
「一万円」
「柚葉、食うな!」
「おにいうっさい!さっさと座れや」
「は、はい……」
結局部費の十分の一を消費したお肉はとても美味でした。
そして翌日、部費の補填を中島先生に頼みに言った桐島は見事に、昨日胃袋に消えた一万円にプラスもう一万円をゲットしてきた。
彼女は茫然とする俺に
「ちゃんと弁償すると言って泣きついたら先生が勝手に出してくれたのよ」
と、必死でもない言い訳をしていた。
まぁ、今日の出来事から得た教訓は。
やはり美人は得だということであった。
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