19 可愛く言われてもダメです

 その日、柚葉が戻ってきたのは夜の十時過ぎ。

 まずまず遅い時間まで中学生を連れまわしてどういうつもりだと、桐島の奴に文句を言ってやろうと玄関に出ると柚葉が一人立っていた。


 どうやらあいつは玄関前で柚葉を見送ってさっさと帰ってしまったらしい。

 それはそれで、逆に夜道を女子高生が一人帰ることになって大丈夫なのかと多少は心配してみたが、よく考えればあいつの方が変質者なので問題はないという結論に至る。


「柚葉、何もなかったか?」

「何言ってるのおにい、桐島さんに最近の女子の流行りとかいっぱい教えてもらってたんだよ。おにいこそこんな時間まで起きてて、もしかして桐島さんを待ってたの?」

「……親の心子知らず、というやつだな」


 結局柚葉は何もなかったようなので安心はした。

 その後桐島から特に連絡もなく、翌日からの学校に備えてすぐに寝ることにしたのだが、翌朝またしても嫌なものを見てしまう。


 朝、洗濯籠に自分の寝巻を放り込んでいると、女子のパンツがあった。

 

 しかも、ヒモだ。

 ヒモのパンツが我が家に迷い込んでいた。


「おにい、さっさと着替えて飯食べてよ」

「あ、ああ」


 とはいえ実の妹に「あのヒモパンはお前のか?」などと訊ける兄がどこにいようか。

 いや、実際は結構いるのかもしれないが俺にそんな度胸はない。


 だから悶々としたまま、学校にいくこととなった。


「おはよう司」


 と詩。

 一人で登校していたところ、今日は変態ではなく幼馴染と合流できた。


「おはよう詩。なんか土日は疲れたよ」

「桐島さんとのデートで緊張して?」

「ああ、それもあるけ……なんで知ってるんだ?」


 以前、詩は俺のことを何でも知っていると、確かにそう解説した。

 しかし、それはあくまで俺のことを誰よりも知っているという説明の例えに過ぎない。


 なぜ、話してもいないことを彼女が知っている?


「昨日柚葉ちゃんと桐島さんがファミレスで話してるところにばったり会ってさ。三人で話してたら聞いちゃった。いいなー、私もデートとかしたいなー」

「あ、そういうことですか……」


 柚葉よ、そういうことは先に言っておいてくれないかな……


「桐島から何を聞いたか知らんがあれはデートじゃない」

「でも、桐島さんすっごく楽しそうに語ってたよ?あれって絶対司のこと好きだって」

「好きなのは俺の匂いだよ……」

「え?」

「なんでもない」


 せっかく幼馴染と久々に登校出来たというのに話題はやはり変態女子のことばかり。

 今日は姿こそ見せないが十分に存在感を示すあの変態のせいでやはり悶々とした朝を過ごすこととなる。


 やがて教室に着くとクラスがいつもより騒がしい気がした。

 俺に話しかけてくるやつはいないが詩は別。

 

 早速彼女に数名の女子が群がってきて


「今日の放課後、成田君が桐島さんに告白するらしいよ!」


 と告げた。


 告げてしまった、と言うべきか。


 なにせ詩は成田のことが好き、だったのだ。

 今もそうかと言われれば、あの日以前も以降もこの件について一度も話をしたことがなかったので知る由もないが、それでも自分が好きだった、しかも恋が成就しなかった相手が同級生の他の女子を好きだと聞かされれば、普通の女子なら傷つくだろう。


 そんな配慮まで俺にあったかと言えばノーだが、しかし進んで俺の方からその話を詩にするつもりは全くなかったわけで。

 だからこれを聞かされた時の詩の様子が心配になった。


「そうなんだぁ。でも、大丈夫なのかな?」


 と話す詩。

 特に動揺している様子もなく、淡々と女子の会話に混ざっていく。


 もう、詩の中では成田の事は終わった話ということか。

 それなら俺も少しは心が軽くなるのだが。


 結局朝からクラスの話題はそれ一色。

 渦中の人である成田はそれでいて得意げな様子を見せていた。

 

 一方の桐島は遅れて教室に入ると、そんな話題も耳に届いているはずなのに淡々と俺の処女作を席で読んでいた。


 今日は桐島が俺の方を見てくることも、パンツを見せてくることもしない。

 何かあったのかと心配になるのも変だが不安にはなる。


 嵐の前の静けさ、とでも言うべきか。どうも桐島の様子がおかしいように思える。


 最も、クラスでは嫌われ者で無口を通している彼女が席で沈黙していることを気に掛けるのは俺一人。

 他の連中は彼女を見ながら時々放課後の話をする程度で時間が過ぎていく。


 そして放課後、成田が桐島のところへ行く。


「ちょっといいか」


 と声をかけると桐島も静かに頷く。

 威勢よく出て行く成田とその後ろを遠慮気味について行く桐島。


 ついさっきまでは、なんて無謀なことをするのだと心の中で成田の事を笑っていた俺だが、あの雰囲気を見ると、もしやまんざらでもないのでは、と思ってしまう。


 まさか。あの変態が学校のスターと付き合う?

 ……そうなれば俺は、あいつから解放されて晴れて元通りの生活に戻れるわけだが果たして結果はいかに。


 みなと同様にその恋の行方が気になってしまい、野次馬どもに交じって俺も屋上付近まできてしまった。


「おい、どうなってると思う?」

「いくら桐島でも成田君の告白は受けるだろ」

「あーあ、いいよな成田。あんな美人とやりたい放題かー」


 という下世話な男子どもの会話が屋上前の階段で飛び交う。

 一応この学校の暗黙のルールとして、屋上に呼び出して告白する時はクラスの連中が前で待機して、出てきた二人を祝福するということになっている。


 なんだよそのくだらない出来レースは。と言いたくなるほどに、屋上に呼び出せた段階でほぼ告白は成功しているということ、だそう。


 ということは桐島も……


 なぜか俺まで緊張してきた。

 こんなに緊張することなんて、俺の本が出版されて本屋に並んだあの日以来だ。


 何かを祈るように俺もジッと屋上の階段を見つめていた。

 すると、ギィッと音を立てて扉が開く。


 桐島だ。


「……」


 ものすごい目で野次馬を睨みつける。

 その瞬間、ざわついていた群衆が一気にシンと静まり返る。


「どきなさい」


 と桐島が言う。そして野次馬が二つに分断されてその真ん中を優雅に桐島が歩いていく。

 やがてその群衆の後ろにいる俺を見つけると「部活いくわよ」と声をかけてくる。


 そして何事もなかったかのようにクラスの連中を置いて俺と桐島は部室へ向かう。


「な、なぁお前」

「告白されたわよ。好きなんですって私の事」

「そ、それで?」

「ふふふっ、どうしたと思う?」


 部室に向かう途中、嬉しそうに話す桐島は俺に訊いてくる。


「……付き合った、のか?」

「んー?私が成田君と付き合ったか気になる?」

「い、一応部活のメンツとして、だな」

「あの人、志門君のこといじめてるのよね。だからお付き合いではなくてお仕置きしておいてあげたわよ」

「え?」


 この時は、まだ桐島の発言の真意がわかってはいなかったがすぐにそれを理解することとなる。


 屋上からなかなか戻らない成田を心配になったクラスメイト達が痺れを切らして屋上に向かうと、そこにはパンツを口にツッコまれた成田が目をひん剥いて倒れていたそう。


 そしてすっぽんぽんで女子のパンツを穿かされていたらしく、そのパンツには「ボクハフラレマチタ、テヘ♥」と書かれていたとかなんとか。


 というのも桐島の携帯にしっかりその画像がおさめられていたのでどんな状況だったかは俺も見てしまったわけで。


「これ、大丈夫なのか……」

「好きな女子のパンツを穿けたのだから本望でしょ」

「無念だと思うけど……」

「何よ、あなたのにっくき相手を失墜させてやったのにお褒めの言葉もないの?」


 と桐島。

 俺を見ながら部室の椅子に座る。


「ま、まぁ。せいせいはしたけど、明日からまたなんかやられるんじゃ」

「それはないわよ。だって、この写真は私が永久保存するからあの男は一生私の奴隷ね」

「うわぁ……で、でもよく成田みたいな大男を倒せたな?」

「ええ、たまたまスタンガン持ってたから」

「わお!」


 もうふざけてお道化るしかなかった。

 どうして女子高生がスタンガンをたまたま持っていることがあり得ようか。

 

 やっぱりこいつ怖いよ……


「ふふっ。とにかく私にお礼の一つくらいは言ってもばちは当たらないわよ」

「……ありがとう」

「あ、ちなみにあいつに使ったパンツは新品だから安心して。私の使用済みを使っていいのは、あ・な・た・だ・け!」

「嬉しくないわ!」


 可愛く言われてもダメなものはダメだということがよくわかった。

 

 しかしそんな波乱に満ちた?放課後のイベントの余波はもう少し続くようである。

 


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